<目覚め>
その日は、珍しくなかなか眠りにつけず、部屋の中をうろうろとしていた気がする。暫くすると、外から人の悲鳴のようなものが聞こえ、気が付いたら窓に妙なモノが張り付いていて、こちらを見下ろしていたのが目に入った。あの日、きっと、死ぬはずだったのかもしれない。
『―――みんな、死んだんだってよ』
『恐ろしいな…』
10歳になった日、彼女の故郷はある日突然消えた。
島中の人間たちがシガイに襲われ死んでいく中、彼女だけが生き残った。人のいなくなった小さな島は封鎖されたらしい。アイスグリーンの瞳を細めながら、ラジオから流れるニュースや噂話を耳にする。
「こんなところにいたのかい、名前」
「うん、だって、ラジオが聞けるの、ここだけなんだもん」
「ここ以外電波入らないからね」
とても可愛らしいとは言い難い、少し大きめの入院服から覗く足は所々包帯が巻かれている。イオスでは珍しいライトブルーの髪は短く切りそろえられ、その頭には何重にも包帯が巻かれている様子からして、彼女がそれなりの怪我をしている事がわかるだろう。
「おっちゃん、暇なの」
「人が折角手が空いた時を見計らってお見舞いに来てあげたっていうのに」
「どうしてわたしなんかを見舞いにくるのさ」
だって、赤の他人だよ。
赤の他人だというのに、こう毎日毎日見舞いにわざわざやってくるなんて。彼女にとっては理解の出来ない事だった。
「当然、だって俺が君を助けたんだから」
「ふうん、そういうものなの?」
「ああ、助けたなら責任をもって応援してあげなくちゃいけないからねえ」
と、黒髪の男は笑い、彼女の頭を撫でた。
「つーか、おっちゃん誰…」
「あしながおじさん」
「―――はあ?」
「さあ子供は早く寝なさい」
「…はいはい」
よくわからない男ではあるが、彼女を身舞う者はこの男以外いなかったので、名前も暇つぶしにこの男とよく話すようになった。今日は少し面倒な仕事があるから、と見舞いの品を置いて病院を去っていく男の背中を見送りながら、名前はもらった本を片手にはにかんだ様に笑う。
「…結構いい奴じゃん」
ベッドに戻り、名前は男から貰った本を早速読んでいた。ファンタジー小説は嫌いではない。むしろ、好きな部類に入る。故郷では島の図書館に入り浸ってよく読んでいたものだ。
「……うーん、眠れないや…」
すでに消灯時間を過ぎた院内は暗闇に包まれている。枕元のライトを灯せば夜中でも本を読むことは可能だが、別に本を読みたい気分でもない。続きは明日じっくり読めばいいのだから。何しろ時間はたっぷりとある。
この病気(ケガだろうか)が完治するまでに、何年かかかるそうだ。名前は島のスクールに通っていたが、長期入院をせざるを得なくなってしまい、再びスクールに通う事は出来そうにない。そもそも、島自体入る事が出来ない為スクールに通う以前の問題ではあったが。そして、家も無くなってしまった今、ここ以外居場所がないのも事実。国で起きた大事件だったので、これから一人で暮らしていくための生活費などは国が保障をしてくれるようなのでその点は安心している。
ああそうだ、今度あの男が見舞いにやってきたら、勉強道具でも頼んでみるか。名前は、我ながらいいアイディアだ、と頷く。
「―――うるさいなあ」
夜中になると下の階からドン、ドンと何かが壁にぶつかる音が聞こえる為、その時間帯までにかなり熟睡していないと眠れぬまま朝を迎える事になる。例によって、今日もまた下の階がうるさく、名前は眉間を抑えた。
「下の病人ってどんな人がいるんだろ…」
ここは病院だと聞かされているが、この階には名前以外入院患者はいないと話を聞いている。そもそも、この病院自体が特殊な場所にあるらしく、帝都グラレアからそこそこ離れた場所にあるらしい。ここの病院の地下からは、大きな機械音のようなものが聞こえてくるが、機械文化が発達しているニフルハイム帝国では当たり前なのかもしれない。ちなみに、名前の故郷は帝国領内の中でも田舎の州だったのでそこまで機械は無かったが。
「本当にうるさいなあ…」
以前、下がうるさいのでクレームを入れに行こうとしたとき、勝手に下のフロアに降りないように、とドクターにきつく叱られてしまった。ナースコールをしても、クレームぐらいでは動いてくれない。
結局その日は、寝不足のまま朝を迎えることとなった。