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追憶の日/02

<新たなる一歩>

今日は治療をするからと変なカプセルに入ることとなり、名前は朝早くから治療室にきていた。紫色の不思議な液体がカプセル内を満たすよう入れられていて、この中に本当に入らなければならないのだろうか、とドクターに視線を送る。

「―――」
「早く治したいだろう?早く入りなさい」
「……う、うん」

一度死にかけたんだ、もう何があっても怖くないだろう。鼻をつまみ、液体の中に飛び込む。しかし、飛び込んだ後の記憶が無く、気が付いたらいつものベッドで目覚めた。記憶が無いってなんだか怖い。手のひらをグーパーと広げたり、入院服をめくってお腹などを確認するが特に切った後も何も見つからない。一体、どんな治療だったのだろうか。名前はスリッパに履き替え、パタパタと廊下を歩く。目指すはドクターのいる部屋だ。

「あら、名前、もう歩けるんだ」
「あれ、おっちゃん…」

いつもの男と遭遇した。遭遇というよりは、こちらの病室に向かっている最中だったようだ。

「今ちょっと忙しいの、後でね」
「何、何処行こうとしてるの」
「ドクターの部屋」
「調子わるいの」
「ううん、今日何したのか聞きに」
「何したの」
「よくわからないけど変なカプセルに入ってそこから記憶なくてさ」
「”治療″でしょ、早く良くなりなよ」
「うーん…」
「さ、病室に戻ろう」

今までいろんな治療を受けてきたが、記憶が無くなるのは初めてだったので単純に気になっただけではあるが、治療の一言で片づけられてしまうと何も言い返せない。男に腕を引っ張られながら、結局病室に戻ってくることとなってしまった。病室に戻るなり、帝都グラレアで流行しているカードゲームを持ってきてくれたようで、名前のテンションは一気に上がり、不思議な治療の事など一切気にならなくなる程ゲームに熱中したのは言うまでもない。

それから月日は流れ、名前が13歳になった頃ようやく病院を退院することができた。あれだけ治療を施されたのだから、もう大丈夫だろう。名前は朝のうちに退院手続きを済ませ、小躍りでバスに乗り込む。
3年も入院していたなんて、嘘のような身の軽さに名前の心は弾む。国の保障を受ける代わりに退院後は軍人となり国に勤めるという約束になっている為、これから向かう先は帝国軍士官学校の宿舎だ。一度死にかけたし、家族はいないしで別に名前にとっては軍人になる事自体問題ではない。むしろ、衣食住をしっかりと保障してもらえるのだからラッキーだと感じている程だ。

「何々…っげ、次のバスまで1時間?」

退院の記念に貰った腕時計の針を見て名前はため息を吐く。ああ、次のバスまであと1時間、何をして過ごそうか。あの男から貰った小説はすべて読み終えてしまったので、やる事がない。カードゲームをするにしても一人では退屈だし…。バス停で悩んでいると、突然ド派手な赤いオープンカーが近づいてきて、赤髪の男がこちらに向かって手をひらひらと振ってきた。何だろう、とっても怪しい人だ。おまけにサングラスをしているから表情とかがよくわからなくて余計に怖い。名前は無視を決め込もうとしたが、オープンカーを目の前に停め、男が車から降りてきたので渋々対応することにした。

「なんすか」
「ねえ君、もしかしてこれから士官学校に行くつもりだったりする?」
「まあ、そうっすね…つか、なんでご存知で」
「そりゃそうでしょ、このバス停で待ってる人ってみんな士官学校関係者だけだし…という訳で、俺がそこまで連れて行ってあげるよ」

もしかして、軍関係者なんだろうか。それにしても、恰好からして軍人には見えず…。怪しさ満載だったが、これから1時間も待ち続けるのは疲れるし、荷物も重たかったので男の世話になることにした。

「ああ、言っておくけど俺の愛車に荷物とかぶつけないように」
「…あ、はいはい」

めんどくさそうな男だ。名前は内心しかめっ面をしながら男の車に乗り込む。こんな高級そうな車に乗るのは生まれて初めてだが、喜びも感動も感じなかった。おそらく、それは男が乗車前余計な一言を放ったせいだろう。

「じゃあ、出発」
「…」
「学校まではここから1時間程だったかな」
「へえ…」

走ること10分、乾いた大地を眺めながら名前はぼんやりと考え事をしていたが、突然男に話しかけられ我に返る。

「士官生になって国の為に働くつもりなの」
「別に…国の為とかじゃないし」
「へえ、じゃあなんで士官生になったの」
「話すと長くなるんだよなあ、まあ、色々とあって国に生活保障してもらう代わりに軍人になるって約束してるから、士官生になるのよ」

それを語るには、故郷で大事件が起きた事から説明をしなくてはならない。色々と面倒だったので、名前はかなり省略して要件だけを述べることにした。

「士官生は大変だからね、まあ頑張りなさい」
「大変なの?」
「知らないの」
「うーん、深く考えたことなかった、とりあえず、食べて良ければいいかなって」
「まあそういう生き方も良いと思うよ、生き方は人それぞれだし」
「あはは、だよね~」

がた、と少し大きめの石に乗り上げて車が揺れる。

「そういえば、家族は反対しなかったの」
「家族?いないよそんなの」
「そうなんだ」
「元々孤児だったし」
「あっそう」

それから会話が続く事は無く、眠たくなってきたところで目的地に到着した。名前は男に礼を述べつつ、鞄を車にぶつけたため背中に男の小言を受けながらその場を後にした。本当に面倒くさそうな男だと今でも思う。この時、名前はこの男がこの国の宰相で、後に彼の直属の部下となる事など思いもしないだろう。

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Published in追憶の日