<士官生として>
ああ、本当に簡単だ。士官生になり半年が過ぎた頃、訓練の内容があまりにも簡単すぎて同期達にはサボっていると陰口を言われるようになった。いや、だって簡単だし。そう言うと同期達が癪に思うのか、訓練で相手役をするとき向こう側が正真正銘、殺す気でやってくるのでこの世は世知辛いなあと思う。不思議な事に、退院をした後もドクターは定期的にやってきては名前の体調を記録していった。ちなみに、名前がドクターに検診を受けていることを他の士官生たちは知らない。
「ドクター、わたしまだ治ってないの?」
「いや、むしろ順調だよ、しかし何があるかわからないからね」
「ふうん…」
と、いつものように名前の話を受け流しながら、ドクターは名前の腕から手慣れた動きで400CC程血を抜き取る。
「一緒にいる士官生たちは元気かね」
「元気かな?うーん、どうだろ、わたしのこと妬んでるみたいなんだよねえ」
「ほう」
「退院してから、なんだか以前より体は軽くなったし、すんごい崖から落ちても体は何ともないし、岩は手で砕けるし……だから訓練が簡単で簡単で」
この学校はボルプ地方のグロス渓谷付近にある為、訓練でよくグロス渓谷に行くことがある。ごつごつとした岩肌が広がるグロス渓谷での訓練は、毎年死者が出るという。ついこの間、同期が1人大けがをして病院に運ばれたところだ。名前は先週の出来事を思い出す。
「ふむ、他に変化はないか」
「特に無いかな~?あ、でもケガしなくなったかも!」
「ケガをしない?」
「そうそう、傷がね、できるとスゥーっと治るの、すごくない?」
「…なら順調という訳だな、さ、もう検診は終わりだ、早く訓練に戻りなさい」
「はーい」
ドクターと別れ、名前は再び同期の待つ教室へと戻った。ちなみに、士官生と言えども体を動かす事ばかりではない。一般の少年少女同様、中学・高校の授業を受けなくてはならないのだ。
正直、試験はウルトラ面倒くさい。身体を動かすことは得意だが、頭を使うことはあまり得意ではない。むしろ苦手な方だと思う。
士官生たちにとってはここに来て半年ぶりの休日を迎えたある日、名前はキャンプ用品を鞄に背負い、1人荒野を歩いていた。大自然最高。入院、そして退院、からの士官学校入学によりほぼ自由な時間のない名前にとって、久方ぶりの自由な時間だ。この休日をいかに有意義に使おうか悩んだ結果、旅に出ることにした。
1週間の休暇で、殆どの士官生たちは家族の待つ家に帰っている。殆どがお金持ちのボンボンばかりなので、奴らが帰ってきたらお家自慢がまた始まるんだろうな、と考えながら名前は荒野を進む。途中野獣が襲ってきたが訓練を積み重ねているお蔭か、順調に倒し、食材までも手に入れた。
「今日はシチューかなあ」
「へえ、俺に作ってくれるの」
「うお、びっくりした~~~、気配に気が付かないなんて…」
振り返ると、半年前名前を士官学校まで運んでくれたあのド派手なオープンカーの男が涼し気な表情で立っていた。退院してからいろんな気配に敏感になった名前ではあるが、この男の気配だけには気がつけなかった。もしかしたら、この男は只者ではないのかもしれない。名前はじろじろと男を見上げる。
「気配に敏感なんだ」
「まあね、退院してからずっとそんな感じだったんだけど…あんた、只者じゃないね」
「そんなことないよ、俺はただの一般人だから」
「…というか、なんでここに?」
「すごい偶然だね、散歩中に出会うなんて」
偶然なんだろうか。とても偶然には思えない。まあ、いいか。この男が何者であるのかは別によしとしよう。名前は重たいリュックを背負いなおし、再び荒野を進む。勿論隣にはあの男が。
「君、士官生の中でも異質なんでしょ」
「どーしてそれ知ってるの」
「だって噂になってるし…」
「……へー、どうせ禄でもない噂でしょ…」
「本当は怪物なんでしょ」
「あー、それもよく聞く、もう怪物でもなんでもいいよ」
よく言われる陰口の一つだ。別にそれでメンタルが傷つくこともないし、名前にとっては痛くも痒くもなかった。
「あっ、魔導兵が詰まってるんだっけあれ…」
「ああそうだね」
上空を過ぎ去る揚陸艇を見上げる。士官学校では、この国の主戦力でありこの国独自の軍事力でもある魔導兵たちに命令を下す立場となる事を最終目的とし、軍略や戦術を学んでいる。まだ半年しか経っていない名前は、直接魔導兵と関わる事は無いが、あと1年もすれば実践を経験することとなり、嫌でも魔導兵と関わることとなる。
「魔導兵ってさ、機械なんでしょ」
「そうだけど」
「どう思う」
「どうって…」
突然男に魔導兵について問われ、名前は悩む。
「うーん…まだ直接見た事が無いからなあ」
「見たい」
「へ?」
「見せてあげるよ」
ついておいで、と手招きする男に名前は顔を顰める。何なのだろう、この男。そういえば、まだ名前を教えて貰っていなかった。が、ここまで来るともはや名前などどうでもよくなってきてしまい、結局名前も知らない男に名前はついていく。
男に連れられてやってきたのは、魔導兵たちが定期的に見張りをしている施設の入口。士官生である名前たちは魔導兵を従えさせることができるようチップが埋め込まれているので、彼らが襲ってくる事は無い。魔導兵のすぐ近くまでやってくると、男は魔導兵を指さした。
「これが魔導兵ね」
「へえ…」
一見、鎧を纏っているようにみえるがすべて機械で出来ている。ルシスの場合、生身の人間が主戦力なのだからつくづくニフルハイム帝国の人間でよかったと思う。
「君らは彼らを従える立場になるわけだけど、自信ある」
「うーん、今はなんとも…命令ってどうやってするのさ」
「そりゃ簡単、まずチップを担当のIDに登録するだろう、それで魔導兵たちは勝手に認識してくれるよ」
「へえ、便利だねえ」
「でしょ」
そもそも、何でそんなことをこの男が知っているのか。軍関係者なんだろう、とは読んでいたがそれで間違いないだろう。名前は男の説明を聞きながら、ある事に気が付いた。
「ねえ、あの奥のでっかい機械はもしかして魔導アーマーってやつ?」
「お目が高いねお客さん」
「何だそのノリは」
「そうそう、魔導アーマー…乗ってみる」
「いや、別に…」
まるでどこかの通販番組のようなやりとりに名前は吹き出す。名前が見つけたのは、倉庫の奥に見えた巨大な鉄の塊…あれもまたこの国の主戦力、魔導アーマーだ。間違いなく硬そうなボディを名前がじろじろと眺めていると、興味があるのかと勘違いされ、男に腕を引っ張られる。
「じゃあ特別にご案内しよう」
「別にいいって言ったのに」
「怖いの」
「別にそういう訳じゃないけど…あー、ほんとあんた面倒くさい性格してるよね」
「ありがとう」
「褒めてないし」
車の事と然り、人の話を聞かない事然り。完全に自分のペースに人を巻き込むタイプの人間だ。男に引っ張られながら倉庫までやってくると、すぐ目の前は魔導アーマー。魔導アーマーたちは操縦者がいない限り動く事は無い。名前は魔導アーマーの足をコンコン、と叩くと冷たい鉄の音が返ってきた。
「…だから何だっていう話だけど…へえ、本当に鉄なんだ」
「ねえ、この魔導アーマー1台作るのにいくらかかると思ってるの?君がコンコンしたところ、へこんでいるんだけど」
「え、あらやだ」
別にワザとじゃない。ちょーっとこれの強度が気になったのでちょーっと強めにコンコンしただけだ。
「お給料から引いておくね」
「え!?ちょっとそれは勘弁!」
「見せてあげるとは言ったけど、へこませていいとは言ってないよ」
「それ本気で言ってるの?」
「本気本気、大本気」
こいつ、本当に何者なんだろう。結局この日は男が突然現れたことにより大自然キャンプが翌日スタートとなってしまった。
ちなみに、翌月の給与明細には本当に備品破損という名目でそれなりの給与が差し引かれていた。次のあの男にあったら文句を言わなくては。しかし、眠れば嫌な事もどうでもよくなる性格の名前はそのことをすっかり忘れ、給与明細を捨ててしまった。