<死の演習>
なんだか今日は騒がしい。学校にはわずかな教師しか残っておらず、その様子からして何らかの作戦が今日行われているに違いない。学校内はその話題で持ち切りとなり、士官生たちはあらゆる噂話を広めていくので、どれが事実かは不明だ。
「どう思う?」
「いいや、噂だと旧テネブラエ領へ揚陸艇がいくつも向かっていったらしいじゃないか」
ああ、あそこね。行ったことはないけれども。噂話を横目に、名前は手元に積み重なった小説を手に取る。入院生活をしていた頃、黒髪の見知らぬ男(自称あしながおじさん)が良く見舞いの品として小説を持ってきてくれたのが懐かしい。あれから一度もあの男とは会っていないが、元気にしているだろうか。
「駄目だうるさい、集中できない」
がたん、と席を立ち名前は小説を片手に教室を出る。今日は演習も無くほぼ自習状態なので士官生たちは時間を持て余していた。ちなみに、名前が持っているこの本は前回の休日に買い込んだ本たちで最近は演習が忙しく中々本を読む時間が無かった。こんなチャンス、滅多にないだろうと名前はご機嫌な様子でページを開く。
その日は久方ぶりにじっくり時間をかけて小説を楽しむことができたので、随分と機嫌が良く1人食堂で鼻歌を歌っている名前を、士官生たちはまるで不気味な何かを見るような目つきで見ていたとか。
翌朝、毎朝の日課であるランニングを士官学校近くの公園でラジオを聞きながらしていると、テネブラエの訃報が耳に入った。如何やら昨日彼らが噂をしていたのは事実だったようだ。テネブラエは帝国の属州となり、領土はますます広がるばかり。もしかして近々イオスすべてが一つの国になってしまうのではないか、とすら思う。ニフルハイム帝国は、元々古代文明ソルハイムの技術をベースにしているので、国としてかなり発達をしているのは当然だろう。
「―――軍のお偉いさんが視察に来ているそうだよ」
「ええ!?」
「どうしよう~ッ頑張らなくちゃッ」
今日は学校内がざわついているなあ。そんなことを考えながらぼんやりと廊下を歩いていると、誰かとぶつかった。
「いったー…」
「貴様、どこをみて歩いている!」
前方不注意なので、こちらが悪いとは思うがそこまで怒鳴らなくても。名前はすいません、サーと一応謝罪は入れたが、それが男の逆鱗に触れたのか、名前は今日参加予定ではなかった演習に参加しなければならなくなってしまった。
大規模な演習で戦う相手を知らないまま名前を含む30名程の士官生たちは揚陸艇に乗せられ、ボルプ地方でも普段立ち入りが禁じられている場所まで連れられてきた。揚陸艇の中で、士官生たちはこれから戦わされるであろう恐ろしい存在の事など知るはずもなく、これから軍のお偉いさん方にいかに気に入られるか、を熱弁していた。そんな中、名前だけは、ただ1人ぼーっと外を眺めていた。ここに来て半年以上は過ぎたが、周りと馴染めないでいるというよりは一人で過ごす時間が好きなので必然と一人になっているだけではあるが。
「ここから降りろ、演習はもう始まっているのだからな…」
「で、ですがサー、我々は何も内容を聞いていません、まず初めに作戦から―――」
「黙れ!命令に逆らう者は今この場で俺が処分してやろう!」
その言葉に、士官生たちは一瞬シーンと静まり返り、そして慌てた様子で揚陸艇から降り始める。上官は銃を片手に士官生たちを急がせるが、そんな中、名前だけはいつもの調子でそれをただ眺めているだけだった。
「…何させるつもりなんだろ…ここって立ち入り禁止区域だよね…」
この地方での立ち入り禁止区域と言えば、故郷を思い出す。この辺では元々シガイが現れる事なんて日常茶飯事ではあるが、日が昇る昼間の内は出てこない。洞窟など、日の光が差し込まない場所であれば、話は別だが。
「貴様、何ぼさっとしている、殺されたいのか!」
「いや、別に自殺願望はないんですけどね…何するつもりなんですか?」
「貴様ら士官生の知る事ではない」
「あっそうですか…」
まあ、これ以上ここに居ても時間の無駄だったので名前は渋々揚陸艇から降りた。名前が降りた頃には既に揚陸艇は一機も無く、他の士官生たちの姿も消えていた。この演習に参加しているのは数百名いる同期の中でも成績の良いエリートばかり。人数で言えば名前を含めざっと30人程度。気が付いたら彼らの姿は無く1人取り残された名前はぽつんと薄暗い空を眺めながら立ち尽くす。
「あちゃー…取り残されちゃったよ」
しかし、何も問題はない。気配を辿っていけばいいだけの事。名前は精神を集中させ、大勢の気配を感じる方角へ走る。あちこちに生えた茨が邪魔で仕方なかったが、器用にその隙間から隙間へジャンプし、飛び越えていく。暫く走っていると、血特有の鉄臭さを感じ取り名前は顔を顰める。
「やっぱりそれ系だよね…演習だし…」
大勢の気配は、この洞窟の中へと続いていた。時々気配が消えるのでこの中に入る気持ちが次第に失せていく。
「…若干悲鳴のような声も聞こえるし……」
軍の意図は分からないが、演習の内容はなんとなく把握した。この中にいる何らかの存在を倒し、生き残るというのが演習内容なのだろう。嫌でもわかるこの感じに、名前は小さくため息を漏らす。これはきっと、中でかなり人が死ぬパターンな演習だ。
「…仕方がない、行きますか」
既に血で滑る足元に気を配りながら慎重に洞窟を進む。血なまぐさい上に、かつて人だったであろう何かが足元に転がっていたりと中々ホラーな光景が広がる洞窟だ。
「たずげてぐで…ッ」
「―――この先に何かいんのね…」
「じにだぐ、な」
暫く進むと、士官生の姿を確認することができた。が、既に手遅れだったようで名前の目の前で息絶える。原型が残っている分、彼はまだマシだったのだろう。
「じゃ、先に進むとしますか…あ~、本当に進みたくない~…けど、中が気にならない訳でもないんだよね…」
先に進みたくない気持ちと、好奇心が鬩ぎあうものの、結果、好奇心が優勝。
「うん、まあ一応…いつでもやれるようにするか…」
ニフルハイム帝国は銃社会なので、支給される武器は勿論銃がメインだ。しかし、彼女は銃の扱いが下手だったので剣やハンマーを使用する事が多い。今回も、まあまあ嫌な予感はしていたので愛用のハンマーと剣を持ってきてはいる。背中にあるハンマーを手に取ると、嫌な気配を感じる方へ駈けた。