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追憶の日/05

<死の演習 その2>

ああ、今日本当に帰れるのかな…。彼女は目の前に現れた巨大なシガイを前に、絶望の表情を浮かべた。今まで小さいのとは何度か戦ったことはあるが、こんな巨大で腕が沢山生えた蛇のようなシガイとは戦ったことが無い。周りには士官生だったであろうモノが飛び散っていて異臭が立ち込めていた。そんな中、こちらの様子を眺めている人物に気が付く。ああ、あれはいつぞやの男だ。名前は視線だけを男に向けた。

「やあ久しぶり」
「どーも…ところでなんでこんなところに?視察?」
「まあそんな所…早く終わらせてくれるかな、俺、こう見えてすんごく忙しいんだよね…」

だから、君たちの演習の視察なんて時間が勿体ないんだから。と呟く男に名前は顔を顰める。

「だったら帰ればいいでしょ」
「帰れたら楽なんだけどね、一応、君の事見るように言われているし」
「へえ大変ねえ…え?」
「君のドクターから言われてるんだよね…結果はもうわかってるけど、一応」

何故ここでドクターの名前が出てくるのかはわからないが、目の前のシガイが迫ってきている為これ以上雑談をする余裕は無かった。名前は襲い掛かるシガイにハンマーを叩き込む。

「硬ッ!うわッ!」

怒り狂う巨大な蛇女に吹き飛ばされ、洞窟のごつごつとした岩肌にめり込む。周りを見れば見る程この演習でどれだけ人が死んだのかを実感する。

「手伝ってくれないんすか!?」
「手伝うと思う?」
「―――いや、全然思いません」
「じゃ、早く片付けてよ」
「ぐぬぬ…」

あの赤毛め…。いや、今は目の前の敵に集中しよう。名前はハンマーとロングソードを交互に扱い、硬い敵の鱗を剥していく。と、その時、腹に冷たい何かが当たるのを感じ、恐る恐る腹部を見るとシガイの投げた刃が見事に突き刺さっていた。

「うそ…マジか……」

脂汗がぶわりと滲み、目の前がぼやけていく。腹を貫いている刃が気の遠くなる程の痛みを齎している為、名前は立つことができず近くの岩に寄りかかった。こんな痛み、今まで感じた事も無かった。故郷がシガイに襲われた時は、あまり記憶が無かった上に治療中は麻酔が効いているので痛みなど感じる筈もなく。今までの演習で死を感じた事は一度も無かったが、名前は今日ここで、確かな死を感じた。

「ぐう…めっちゃ痛い……」
「―――はやくその刃、抜けば?」
「…あー、そうかよ」

と、今まで動かなかった赤毛の男がこちらに近づいてきたかと思いきや、肩をぐっと掴まれ、そして腹に刺さった刃を遠慮なしに勢いよく引き抜く。突然の事に目を白黒とさせる暇もなく、あまりの激痛に意識を手放しそうになったが、男はそれを許してはくれなかった。首を掴み、男は名前の耳元で子供をあやす時のような優しい声色で囁く。

「これぐらいじゃ死なないんだからさあ、しっかりしてよね」
「―――し、なない…?」
「ああ、大丈夫、死なない、というより死ねないと言えばいいかな……ほら、よく御覧、傷も塞がってきている」

血で汚れた士官生の制服を捲り上げられ、白い腹が露になる。男は感触を楽しむかのように、名前のヘソあたりから手のひらでツツ、と先ほど攻撃を受けた部分を撫で上げた。
あの病院を退院してからというもの、どんな傷でもあっという間に治癒させていた名前ではあるがここまで大きな傷は負った事が無かったので、流石にこれは治せないだろうと感じていた。しかし、男に撫でられた腹部を見る限りすでに傷は殆ど完治しており、うっすらと残っている傷跡すら、もうすぐで消えてしまいそうだ。

「さあ、戦っておいで、君ならあれぐらいの敵何ともないんだからさあ」
「…」

男に掴まれた首がまだヒリヒリと熱を持っているかのようだ。名前はひとまず呼吸を整え、目の前のシガイに意識を集中させる。先ほどの激痛もまるで嘘だったかのように引き、あのお蔭か、敵と躊躇なく戦う事が出来そうだ。
そして、シガイとの戦いは、無事終えた。途中から意識が飛んでいたような気もするが、まあ勝てたのでよしとしよう。男の背に負ぶわれながら、名前の手は力なく揺れる。

「なんか…すんませんね…」
「これで貸し4つだから」
「……へ、へい…」

一体、どこで貸しがカウントされているのかは不明だが、無事ここを出られたのは間違いなくこの男のお蔭なので、名前は素直に受け入れることにした。洞窟を出た頃には既に日も落ち、不気味なほど白い月が顔をのぞかせている。それでも、不思議な事に道中シガイに襲われる事も無く、無事揚陸艇までたどり着くことができた。

「あの、お名前お伺いしても?」
「…近々、知ることになるんじゃない?まあ、今は早く足の骨をくっつけることに専念しなよ」
「……へ、へい…」

先ほどの戦いで足がちぎれてしまった名前は、男のアイディアで離れ離れになってしまった足をくっつけることとなったが、そんなことでくっつく筈がないじゃないか、とその時までは思っていた。だが、腹の傷を治癒してみせたのを思い出し、まさかね…と恐る恐る足をくっつけてみれば、まるでそれが別の生き物のように名前の千切れた足にくっついていった。わたしゃ、ぬいぐるみか。と、この時ばかりは自分の体質の異様さを改めて実感させられた。しかし、足の骨はまだ完全にくっついている訳ではなく、転べば間違いなく足が折れる。例えどんなケガをしたところで治癒したとしても、痛い事には変わりない。人間じゃなかったとしても、痛みは感じる。安全な場所までたどり着くと、けが人を運ぶ担架に乗せられ、名前は巨大な揚陸艇に運ばれた。

「あー、ベスティア?」

誰かから通信が入ったようで、小さな通信機を片手に男は気怠そうに答える。

「今ようやく終わったんだけどさあ、やっぱり全滅だったよ―――あ、あれね、残ったよ、ああ、やっぱりまだ安定はしていないようだった、はいはい、引き続きよろしくね」
「…」

ベスティアと呼ばれた人物との通信を半ば無理やり切り、オーバーなリアクションでやれやれ、と肩を竦めてみせる。

「いくら准将だからって、勝手に演習内容変更されるとこっちも色々と計画狂うんだよねえ」
「大変っすね…」
「もーびっくりしたよ、名簿に無かった名前が加わってるんだからさあ、あーほんと朝書類確認サボらなくてよかった」
「…は、はあ…」

軍のお偉いさんなんだろう、という予感はしていたが、もしかしたらこの男はそれ以上の地位についているのかもしれない。人の地位などどうでもよかったが、お給料が出ている根源は気になるものだ。

「そうそう、今日はこのまま病院へ戻って、ドクターに足を診てもらってね」
「あ、ども…」

その日、軍の報告書では対象の士官生32名は演習で全滅、とだけ記された。彼らの死体がその後何に使われるかなど名前は知る由もなく、魔導兵たちによって運び出された彼らの亡骸が積まれた揚陸艇にちらりと視線を向け、世の無情さを実感する。

「あの、そういえばどうしてわたし、大けがしても自分で治しちゃえるんですかね?」
「ふふ、気になるならドクターにでも聞いてみなよ」
「…教えてくれるかな」
「さあどうだろう、でも軍人として便利な身体だと思うよ」

だって、他の人は足なんて千切れたらそのままでしょ。と笑う男に、そりゃそうだわ、と名前も笑った。

 

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Published in追憶の日