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追憶の日/06

<肉体の変化>

自分の肉体の変化に、些か無頓着すぎるのでは?と思いはしたが、結果オーライな所が多いので、結局どんなにケガをしてもどうでもよくなってしまう。ドクターも名前がどんなケガをしようともいつもの調子だし、あの男は相変わらず突然現れては消えるし。そんなこんなで、あっという間に一年が過ぎたそんなある日。ニフルハイムを揺るがす大事件が起こった。

その日、名前は待ちに待った休日を楽しんでいた。好きな作家の新刊が出たばかりだったので、この日はすべての時間をこの小説に捧げるつもりでいた。軍からのアラームが鳴るまでは。

「―――氷神が目覚め、現在、ボルプ地方では多数の犠牲者が出ております」

緊迫した内容をラジオは伝える。それを聞きながら、名前は目的地までまだ距離があるというのにすでに空気はビリビリと刺すように冷たく、向かっている先からとてつもない気配を感じていた。刺すように冷たい空気からは、まるで底知れぬ殺気のようなものを感じ、揚陸艇の中名前は震える。

「氷神を鎮める為、現在、軍は氷神討伐へ向かっており、ボルプ地方で住人の避難活動を行っております―――」

対象地域の住民の方は速やかに非難をしてください。と、そこでニュースは途切れる。途切れるというよりは吹雪の影響で電波が悪くなったために、ラジオの電波が受信できなくなってしまったようだ。名前は身を寄せ合う同期達を横目に、吹雪が吹き荒れる薄暗い空を眺めた。

「…かなり死にそう」
「―――こんな時に、なんてことを言うんだ」

小声でつぶやいたつもりだったが、ラジオが止まり静かになった揚陸艇内で思いのほか声が響いてしまったようだ。他の士官生が名前の呟きに怒りを露にしたが、名前のいう事は事実。

「だって、この殺気じゃ死ぬよ…君たち、わかる?この先に何がいるのか」
「氷神、だろう」
「神様だよ?神様と戦うなんて…はあ、そんなの勤務内容に入ってなかった…」

あーあ、と気怠く呟く名前に士官生たちは肩を震わせる。彼らは彼女の事が昔から気に食わなかった。先の演習で唯一の生き残りとして軍上層部にはたいそう気に入られた名前の事が。今回、氷神が目覚めた場所がボルプ地方で名前たち士官生たちの学校が近くにもあり、臨時で彼らもこの作戦に参加する事となった。まだ経験の少ない士官生を投入するということは、それだけ戦況が悪いという状況。魔導兵たちに命令を下す上官クラスがかなり被害を受け、軍内は混乱を極めている様子だ。ともかくすぐに出立命令が下された名前たちは、詳細をまだ聞いていない。わかっていることは、今の状況がかなりまずいという事ぐらいだろうか。

「―――君は、先の演習で生き残ったから、さぞ自信が付いていんだろうな」
「ん~、そんなこともないよ、ケガをしたら普通に痛いし…」
「初陣である俺たちをおちょくっているのか!?」
「落ち着きなって!」
「これが落ち着いていられるか!」

きっと、彼らも無意識のうちに感じ取っているのだろう。これから向かう先で待ち受けている、大いなる存在の気配を。まあ神様と戦うんだものね、このイオスで神話として受け継がれてきた、氷神と戦うなんて恐ろしくてたまらないんだろうなあ。と、名前はどこか他人事のようにも感じていた。

「……あんまり体力使わないほうがいいよ、これからうーんと使うんだからさ」
「貴様…ッ」
「落ち着こう、こいつは嫌いだが、確かにコイツのいう通りだ…」

現地で、功績を手に入れよう。と苛立つ仲間を励ます同期たちに名前はまるで可哀相な小動物を眺めるかのような眼差しで見つめた。この人たちは、果してこの戦いで生き残れるんだろうか。今からこんな調子じゃ、真っ先に死にそうだな、彼は。がたがたと揺れる揚陸艇内で、名前は小さくため息を漏らす。

そして、彼女たちを乗せた揚陸艇は彼らの配備される前線へと到着した。指揮官を失った魔導兵たちはひとまず固められ、指揮官となる士官生たちを待っており、前線の総指揮官らしき男が名前たちを出迎えた。

「さっさと配置につけ!奴らの扱い方は揚陸艇で説明した通りだ!」
「イエス、サー!」

士官生たちは先ほどの揚陸艇内で魔導兵たちの扱い方を口頭では知らされているが、実際に扱う事はこの日が初めてとなる。本来であれば訓練を重ねようやく扱いこなせる代物ではあるのだが、この状況ではそうもいっていられない。こうしている間に、先に投入された士官生たちは次々と死に、魔導兵たちも次々と破壊されていく。前代未聞の危機に陥った帝国は、国の主戦力をほぼこのボルプ地方に固めた。今ルシスなんかが襲ってきたら、きっと、ひとたまりもないだろう。名前は支給された銃を一応確認し、吹雪吹き荒れる大地を進む。

「ふうん、君らがわたしの魔導兵かあ…」

魔導兵が返事をするはずもなく、無機質な音を立てて名前に敬礼をする。

「どうしようかなあ~……」

近くを見ると、まだ魔導兵の空気に慣れていないのか、一歩一歩と後ずさる士官生が目に入った。名前は一度彼らを目の前で見た事があったので特に怯える事も無く、淡々と彼らに指示を下した。

「やあ、元気?」
「…元気そうに見えます?」

赤毛の、あの男が現れた。これも別に驚くことではない。というより、慣れた。名前は男が指さす方向を静かに眺める。

「うん、とっても…ほかの人たちはみーんな怯えてるっていうのに、神様目の前にして大した度胸だよ」

怖くないの?と笑う男に名前は苦笑する。

「そりゃ怖いですよ~、神様ですよ?」
「あまり怖がっているようには見えないけど」
「そうっすか」
「どうするつもり」
「うーん、考え中、神様となんて戦ったこと、なかったし」
「だよね~」

この男の顔色からは余裕すら感じる。目の前で魔導アーマーに囲まれた氷神を眺めながら、名前はこの男の余裕はどこから来るものなのだろうか、と考えた。

「あ~、氷神っていうぐらいだから、炎には弱そうじゃないっすかね」
「そうかもね」

魔導アーマーから放たれる炎には少し苦し気な表情を浮かべているようにも見える氷神に名前は神様の弱点となるヒントを得た。しかし、もしかすると初めからこの男は知っていたのではないだろうか。不敵に笑う男を横目に、名前はこの男が一体何者なのだろうかと思考を巡らせる。考えたところで、答えは見つからないけれども。

 

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Published in追憶の日