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追憶の日/08

<気になるあの子>

神は逆らってはならない存在だと教え込まされているフルーレ家の人間である彼にとって、彼女はとても異質な存在だった。そして何より、その未知なる力を扱う彼女が、あの男の手駒の一つであることが恐ろしい。妹を守るため帝国にわが身を引き渡し、軍人となったレイヴスは神凪の一族故か、普通の人間よりも強く、特別な力が扱えた。それはこの軍の中で自分だけだと信じていたが、今日この日、彼は名前という未知なる存在と出会ってしまい、彼の考えは覆された。

「ごくろうさま」
「はあ…死ぬかと思った…」
「死なないから安心しなよ」
「いや、死ぬって…」

戦いは、帝国軍の勝利で幕を閉じた。が、被害は甚大なるもので、帝都グラレア周辺は氷神が大暴れした影響で大地は凍てつき、生き物の住めない不毛の土地へと変わり果ててしまった。
揚陸艇内で、名前は男からの労いの言葉を受けながら、大きくため息を漏らす。

「宰相殿、間もなくグラレアに到着いたします、陛下も閣下のご到着を心待ちしておられるでしょう」
「あーはいはい、そういうの、いらないから…じゃ、君はこれからしばらくはグラレアでの生活になるからよろしく」
「…は、はあ―――」

聞き間違えでなければ、今、この男は確かに宰相殿と呼ばれ、それに対して返事をした。この国の宰相と言えば、かなりの高齢で滅多に表に出てこないと噂で耳にしていたが、こんなにも若いとは思いもしなかった。いや、そうじゃなくて…。

「―――はあ?宰相!?」
「あれ、言ってなかったっけ、俺、ここの宰相なんだよね」
「言ってない言ってない!微塵も聞いてない!」

宰相と言えば、帝国で実質政治を取り仕切っている立場ではないか。そんな男と知り合いだったとは。名前は目を白黒とさせながら男を見やる。今まで割と無礼な態度を取っていたが、お給料が無くなる、なんてことはないだろうか。それだけが不安だ。

「閣下、何ですかこの小娘は」
「ああこの子?士官生じゃ、唯一の生き残りって所かな」
「ほう、それは大した者ですな」
「俺が随分前から目を付けていた子だから、まあ間違いないとは思ってたけど…さあ、名前、グラレアについたらとりあえず彼と部屋で待機してて」
「彼って…」
「向こう側にいるハンサム君だよ」

と、宰相の指さす向こう側では銀髪の少年が静かに空を眺めていた。

「ハンサム君って名前なんですか?」
「彼はレイヴス・ノックス・フルーレ…、フルーレ家と言えば、知ってるでしょ」
「まあ…え?あの神凪の一族の人なんですか!?」
「君、さっきまで死闘してたのに本当に元気だよね」
「いやいや、元気な訳じゃなくて、驚いてるんですって!」

ああ、そういえば彼にもあまりいい態度はとっていなかった。むしろ、気が合わない、ムカツクとさえ思った程だ。

「何を驚いているのさ」
「いや驚きますって普通に…宰相って普通最前線に来るものなの?というか、神話の一族が神様と戦っちゃっていいんすか?」
「いいんじゃない?別に俺は無理強いしている訳じゃないよ」

ねえ、と静かな声色でレイヴスに投げかけるものの、彼は男と視線を合わせることなく無言のまま。

「無理強いしてるんじゃないっすかそれ…」
「そう見える?」
「ええまあ…」
「そうだ、彼女の戦いを見て、君は何を感じた?」
「―――」

これにも無視を決め込んでいるレイヴスに、宰相は名前に向かい、肩を竦める。

「人間かどうか疑われてますよわたし」
「はは、そうだろうねえ、そんな事だとは思ってた」
「別に人間じゃなかったとしてもわたしはわたしだし…別にいいんですけどねえ…ただ」

小説の新刊が気になって、早く寮に戻りたいんですけど。と呟くと、宰相は突然笑いだす。一体何が面白いんだか。名前は腹を抱えて笑う宰相を見上げる。

「面白いなあ、君、やっぱ見ていて飽きないわ…あ、そうそう、君のいた寮だけどね、氷神に破壊されてるから小説も何も無いよ」
「―――えッ!?」
「今回頑張ってくれたご褒美に、ちゃんとそれも用意してあげるよ」

そういえば、襲撃された地域はボルプ地方のグロス渓谷…グロス渓谷は寮の近くにあり…。そこで、ようやく名前はハッとする。

「道理で寒かったわけだわ…」
「結構頭緩いよね、君」
「緩くてすみませんねえ…」
「いやあ、お蔭でグラレアまで退屈せずに済んだよ」

椅子に座る名前の頭に男は手を乗せ、まるでペットのように頭をわしわしと撫でたところで俺は降りるから、と揚陸艇を出て行った。そんな彼の背を見送りながら、船内に取り残されたレイヴスと名前は互いを見やり、無言のまま廊下を揚陸艇を出る。
この時、レイヴスは考えていた。あの宰相が、あのアーデンが腹を抱えて笑っている姿をこの目で見る日が来るとは、と。人をまるで下等生物かのように扱うあの男が、珍しく興味を持つあの少女の事が気になった。

 

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Published in追憶の日