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追憶の日/09

<楽しい食卓>

あの少女の様子からして、何らかの処置が施されていることは間違いないだろう。人ではない何かに己が変化していることに対して、あの少女は何も感じていないのだろうか。自分のすぐ後ろを歩く少女に視線だけを向け、レイヴスは嫌悪の表情を浮かべた。

「化け物だな」

口に出すつもりはなかったが、いつの間にかに考えていた事が口に出ていたようだ。レイヴスが吐き捨てた言葉に、名前は笑う。

「―――それって褒めてる?」
「何故そうなる…」

にやにやと笑いやがって、気色悪い。レイヴスは無意識のうちに早足になる。

「何でも悪い方向に受け取ったらネガティブになっちゃうでしょ」
「奴の意見に同意するわけではないが、貴様の頭は相当緩いようだな」
「もう帝都人ってどうしてこんなに頭ガッチガチなのかしらねえ」

その言葉に、レイヴスは怒りすら感じた。放つ言葉に殺気が滲むのを感じながら、彼は続ける。

「貴様は違うのか」
「わたし?わたしはエスト・ガサ出身なんだよね、だから根っからの帝都人じゃないよ」

エスト・ガサと言えば帝国領内でもかなり田舎の方だ。そして、近年、大量のシガイが湧いて滅んだ島…。住人はみんな死んだと聞かされていたが、生存者がいるなんて初耳だ。レイヴスが特に語れと言った訳でもないのに、名前はぺらぺらと故郷の話を続ける。

「エスト・ガサでは大変だったよ~夜中に突然シガイがあふれてさあ、みんな死んじゃうし」
「貴様は何故生き残った」
「わかんない、その辺覚えてないんだよね…みんな死んだ、っていうのはドクターから聞かされたから知っているだけだし」

軍部の噂で、エスト・ガサの住人はすべて帝国のホルヘクス研究所のヴァーサタイル・ベスティアの元へ運ばれたと耳にしたことがある。まだレイヴスもテネブラエで平和に過ごしていた頃の話なので詳しくは知らない。だが、テネブラエにも、その噂話は流れてきた。エスト・ガサの住人が一人残らず一夜にして消えたニュースを。彼女がそれの生き残りだとしたら、何故帝国は生き残りの存在を隠したのか。もしかすると、この少女は妹を帝国の手から救うための手段になりうる存在なのかもしれない。だとすれば、近づいておいて損はない。ここにたどり着くまで、レイヴスはまるでコンピューターのように瞬間的に計算をし、一瞬で答えを導き出した。

「その、ドクターというのは何者だ」
「お、随分と食いついてくるね~気になる?」
「…話したくなければ別に問わない」
「うーんとね、知らない、ドクターの名前、教えて貰ったこと無かったから」
「…は?」

ますます怪しい。間違いなく、彼女のいうドクターはあの男だろう。とレイヴスは確信する。

「お待ちしておりましたレイヴス様、そして名前様」
「彼女の部屋は」
「こちらでございます」
「―――は、はぁ、どうも…」

まるで貴族の住む部屋だ。案内されたそこは白を基調とした家具が揃えられており、窓からは繁栄を極めた帝都グラレアの姿が顔をのぞかせている。メイドに案内され、名前は早速制服を脱ぎ捨てた。宰相が迎えに来るまで時間があるので、名前は今まで入ったことのないとてつもなく広く、ゴージャスな風呂に体を沈めた。

「これ泳げるよヤッフー!!」

下品ではあるが、バシャバシャと風呂の中で泳ぐ名前をメイドは咎めることなく、無表情で壁の向こう側を見つめていた。必要なこと以外は話してはいけないのか、名前が色々と聞いてもある一定の質問に対しては無言で受け答えをされてしまう。用意された白いマーメイドラインのドレスを着ると、鏡に映る別人のような自分に驚きの声を上げる。

「うっわ、すごい似合う~~~驚愕~~~!」
「騒がしい」
「おっとレイヴス君、どうどう、似合うでしょ?」
「…」

特に感想は無いようで、一瞬名前に視線を向けたがそのまま無言で椅子に腰を下ろす。
アーデンが3人で食事をしよう、などというからこういう事になる。先ほどの軍服ではなく非武装の正装に身を包むレイヴスはどこからどう見てもどこぞの国の王子様にしか見えなかった。名前は彼をまじまじと眺めながら、血筋っていうのは外見にも強く現れるんだろうなあ、などと考える。

「お待たせ、ああ、意外に似合うね名前」
「意外ってなんすか…」

褒められたんだか貶されたんだかよくわからないが、宰相が席に着いたことを確認し名前はレイヴスに習って後から席につく。アーデンはいつもの服ではなく、彼もまた黒い正装を身に纏っている。

「ニフルハイム帝国の勝利に乾杯」

注がれたシャンパンを掲げ、言葉尻が美しくつり上がるように乾杯の言葉を述べる宰相に、一瞬レイヴスは嫌悪の色を見せた。それは、一瞬の出来事だったので名前は気が付かないまま食事を続けたが、あの男だけはそれを見逃さなかった。

「おいひ~~~」
「…そう、それは良かった」

静かな室内に、名前の間抜けな声が響く。

「食堂のごはん、あんまりおいしくなくて…いいなあ、毎日こんな食事を2人はしているんでしょう?」
「今日から君もこの食事だよ」
「え?」
「何しろ、士官学校滅茶苦茶だし、士官生の生き残りは君だけだし、だから君の部屋は暫くさっき案内したあそこね」
「へ…へえ…どうも…」

はい、じゃあ解散。寮に戻ってね、と今更言われても確かに困る話だ。寮が壊れてむしろ良かったのではないか、と思う程名前に与えられた部屋はとても豪華だった。こんな貴族生活を今までしたことが無かったので、はたしてなれる事ができるのだろうか…と少し不安に思う。

「腕試しをしたくなったら地下においで、行き方は彼が知っているから」

と、鼻先でレイヴスを指す宰相に、名前はほーい、と間抜けた声で返事をした。周りに控えているメイドたちは、口には出さなかったが、宰相に対してこの態度をとるのだから、一体どれだけ大物なのだろうか、と静かにくるくると頭を働かせていた。

「勉強は俺が時々見てあげるから、サボらないようにね」
「っげ」
「まさか、ぐうたらと過ごすつもりだった?」
「…イエ、ソウデスヨネ」
「感謝をしなよ、この俺が君の勉強を見てあげるんだからね、それと、一応士官生なんだからそれ相応の態度でいるように」

じゃないと、いくら君でもここではどうなるかわからないよ。とクツクツと笑う宰相。その声には、相手の抗弁を許さぬ響きがあり、名前の背筋が無意識のうちにぴんと張る。

「楽しい夕食だったね、では、ごきげんよう」

優雅な物言いで立ち去る宰相をよそに、名前は不気味な沈黙の中、石のような固い表情でレイヴスに視線を向ける。が、彼が助け舟を出してくれる筈もなく、1人部屋に取り残された名前はそそくさと用意された自室へと戻っていった。この凍り付いた心を溶かすには、新刊を読むほか、手段はない。

 

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Published in追憶の日