Skip to content

追憶の日/10

<妹>

軍部内での被害は、まず魔導兵を指揮する人員が今回の戦いで殆ど死んだ事による深刻なる人手不足。二つ目は、士官生が名前以外全員死んだ事による、次世代の芽をほぼ摘まれてしまった事。三つ目は、ここから立て直すまでに時間を要する事。今このタイミングでルシスに襲撃されれば、かなりの痛手を負わせられることとなる。その為、軍部内はピリピリとした空気に包まれ、連日連夜、軍会議室では将軍たちの怒号が響き渡っていた。
そんなある日、士官生では唯一の生き残りである名前は、レイヴスと共に地下施設にやってきていた。一応、軍人なので名前には士官学校と同じようなスケジュールで動くようにと命令が下されている。
地下へと続くエレベーターの中では、押しつぶされてしまいそうな沈黙が続き、終始無言のまま地下施設にたどり着いた。レイヴスは元々無口なのか、必要な事以外は名前と口を聞こうともしなかった。だが、宰相の命令には逆らえないのか、彼に言われた通り名前を軍事訓練施設へと連れてきてくれた。名前的にはゆっくりとのんびりと過ごしたいグラレアライフではあるが、それを許さない男がいるので、重たい腰をなんとか持ち上げた、という訳だ。

「機械音うるさいなあ、グラレアって、ねえ、そう思わない?」
「耳が良いのか、まるで犬だな」
「犬?」

ぶつけるように言い放つレイヴスを名前は特に気にせず、ゴウゴウと騒々しい機械を指さして悪態をつく。

「はあ~、こんな場所で戦わなくちゃならないんだったら、大自然に囲まれた学校のほうが全然良かった~~」
「さっさと始めろ」
「のわっ!?」

と、容赦なく剣と叩きつけてくるレイヴスに名前は慌ててその場から後ずさる。タイミングを間違えていれば今頃肩のあたりをざっくりと切られていただろう。レイヴスとの演習は、士官学校の士官生同士とは比べ物にならない程苛烈なものだった。流石はフルーレ家、と言ったところだろうか。いくらほぼ不死身の名前でも、彼との演習では幾度も深いケガを負ってしまった。
帝都に来て、あっという間に半年が過ぎ、名前は15歳になった。その頃になると、軍部内も少しは落ち着きを取り戻したようで、すれ違う軍人たちの表情も随分と和らいだような気がする。相変わらず奇妙な関係が続いているレイヴスとは、必要最低限度以外の会話は交わさず、夕食の時もアーデンと3人の何とも言えない時間が繰り返されていた。最近気が付いたが、アーデンと名前の会話を、まるで窺っているかのような素振りをちらりとレイヴスが見せる時があるが、彼は何か企んでいるのだろうか。勿論、そんなことにあの宰相が気が付かないはずが無い。

「宰相、レイヴスって闇が深そうっすね」

毎週恒例の、アーデン宰相による個人授業中、名前は思い切ってあの件を質問してみることにした。別に彼と仲良くなりたくて彼の事を聞きたいわけではない。単純に、上の階の人間が気になる感覚だ。

「そりゃ深いだろうねえ、何しろ妹を人質に取られているんだから」

彼の妹は、ルナフレーナ・ノックス・フルーレ。今は、帝国の監視下の元、彼女の生まれ故郷テネブラエにいるらしい。兄レイヴスはその代わり帝都グラレアに身を置くという事で彼女がテネブラエにいられる訳だが、その辺の話を名前はよく知らない。

「レイヴスの妹かあ…会ってみたいなあ…」
「テネブラエにいるよ」
「はい、行きたいです!」
「却下」
「えぇ~~ッ」

この施設内では割と自由に行動を許されている名前ではあるが、それ以外は許可されておらず、詳しく事情を聞こうとしてもドクターストップの一点張り。そもそも何故ドクターがその辺を口出すのかがいまいちわからないが、軍属である以上命令には逆らえない。

「いい子にしてたら、連れて行ってあげるよ」
「えっ、まじっすか!」

やったぜ!とテーブルの下でガッツポーズをする名前に、アーデンは呆れたように笑う。

「まあ、それは君がそれまでいい子にお勉強できたら、の話だけど…」
「うっ…そうっすね…」

アーデンの言うお勉強には、色々な事が含まれている。軍人としての訓練もそうだし、一般常識などの勉強も含む。それだけではなく、食事のマナーから何から何まで、もう色々だ。何故ここまでいろんなことを叩き込まれるのだろうか、と疑問には思った事があるが、覚えておいて損はないのかもしれない、と前向きに考えるようにしている。
その為、名前の一日のスケジュールはほぼぎゅうぎゅう詰めに詰め込まれており、今日もクタクタになりながらも夕食の時間を迎えた。この夕食の時間も手厳しくマナー講座があり、ここに来て半年が過ぎ、ようやく名前は音を立てずに食事をすることができるようになった。少しでも音を立てれば目の前の宰相がそれはもう恐ろしい笑みを浮かべてこちらを見つめてくるので、名前がまるで躾けられている子犬のような気持ちでこの半年を過ごしたのは言うまでもない。

「あー、そういえば宰相、なんか妙な噂流れてましたよ~」
「へえ、どんな」

夕食の時間が終わり、アーデンの執務室で名前は彼に頼まれた書類を箱に振り分けている時、ふと、今朝准将たちの会話を思い出し呟く。

「次期神凪に、レイヴスの妹が名乗りを上げたらしいっすね」
「だから何」
「あ、マジなやつなんですね…そしたら、レイヴスが出しゃばるからどうとか~って言われてて…彼、すんごい妬まれ坊やなんですねえ」
「何、彼の事がそんなに気になるの」
「一応、数少ない話し相手ですから」
「へえ話し相手?中々面白いカテゴライズだね」

きっと、彼はそう思っていないだろう。むしろ、迷惑に感じていることは間違いないと断言できる。それでも、この国で名前の数少ない話し相手であり、なんとなく心の底から嫌いになる事ができなかった。

「はあ~、わたしの話し相手、宰相とレイヴスぐらいですもん」
「ドクターを忘れたらかわいそうだよ」
「ドクターは話し相手っていうより、実験動物を前にした科学者、みたいな感じなんで」
「なんだ知ってたんだ」
「へ、何をです」
「―――いいや、別に」

どこか、せせら笑うような言い方をするアーデンに、名前は顔を顰める。こういう時のアーデンは、人を見下しているか、または相手が妙な事を言った時の態度だ。共通して言える事は、相手を思い切り馬鹿にしている、という事。

「宰相って人のこと、その辺に漂う埃程度にしか思ってないでしょう」
「ふふ、他の奴はそうでも君は下僕ぐらいには見ているよ」
「下僕…っすか、まあ予想はしてましたけど」

時々、アーデンは実はどこぞの王族なのではないかと思う事がある。妙に神話に詳しく、表面では飄々とした態度で人当たりもよく、しかし時々見せる無慈悲さと名前の前でのこの傲慢な態度。これはもうどこぞの王様と言ってもなんら不思議ではない。特に、この男は人が苦しんでいる姿を見るのが大好きの様で、こちらが演習などで大けがを負い、もがき苦しんでいるとまるで映画のワンシーンに興奮する劇場の観客のような表情を浮かべているのだから困ったものだ。

「宰相ってフツーからかけ離れてますよねえ」
「普通なんて退屈でしょ」

冷たく、残忍でどこか狂気を孕んだ低い声に名前は無意識のうちに震えていたようで、手元の書類をばさりと落としてしまった。この人は正真正銘、やばい人だ。背筋に嫌な汗を感じながら落としてしまった書類に手をかけた時、ひんやりとした冷たい何かが名前の心臓をぎゅう、と掴んだような気がした。

「何を怯えている」
「……」

アーデンの冷たい手のひらが、名前の肩に、そして首筋をなぞり、顎にそっと触れられる。床に両手を着き、腰を曲げ男を見上げるその姿はまるで罰を与えられた飼い犬のようで、アーデンは冷たく、クツクツと笑った。小さく震える名前の手をそのまま掴み、執務室のデスクに転がす。デスクの上で両腕を掴まれアーデンにのしかかられるような状態のまま、身動きの取れない名前は今まで感じた事のない、冷たい狂気をこの男から感じ、身体の芯から熱が奪われるような感覚に陥る。

「もしかして怖いの?」
「…こ、怖く、なんか」

ああ、この人には敵わないのだろう。名前は神に捧げられた供物のような気持ちでぎゅっと目を瞑り、この地獄のような時間を耐える事しかできなかった。

「本当に見ていて飽きないよね、君って」
「……ど、どうも…」

妙な遊びにつき合わされた…。解放された時、名前は腰が抜けてしまい当分立ち上がれなかった。その姿が面白いのか、腹を抱えて笑う宰相に、名前はやり場のない怒りを感じたものの、この男から感じた薄暗い何かがとても危険なものだと察し頼まれた仕事を終えた名前はすぐさま自室へ帰っていった。

 

<<  TOP  >>

Published in追憶の日