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追憶の日/11

<ご機嫌斜め>

ああそうかい、みんな死んだのね。ドクターは特に興味のなさそうな声でそういうが、これ、結構大ニュースな気がするんだけれども。名前は定期健診の為、久方ぶりに病院を訪れていた。最近は安定してきているからと特にドクターに呼び出されなくなったが、あれから半年が過ぎたので来なさい、と言われ今に至る。この人は本当に人が死のうが生きようがどうでもいいようで、氷神との戦いがどれだけ悲惨なものだったのかを伝えても手元のカルテを眺めながら、ああそう、と棒読みで返してくる。

「自分の興味ない事には興味持たないタイプでしょ」
「名前、もう健診は終わっているのだからさっさと部屋から出なさい」
「うわ、冷たい、久しぶりにドクターとおしゃべりしようと思ってのど飴沢山舐めてきたのに…」
「さっさと出ないと魔導兵呼ぶぞ」
「それだけは勘弁ッ」

あの人たち、苦手なんだよなあ。ドクターの部屋から出て廊下を歩きながら名前は1人呟く。あの氷神の一件から、ドクターは何やらとても忙しい様子でいつもじっくり見ていた健診もものの10分で終わってしまった。わたし、手とか足とか千切れてもくっついちゃう変な体質だけどその辺大丈夫なのかな。軍から支給されたブーツを見つめ、名前はため息を吐く。

「本当に軍の支給品ってダサい……中世みたいなファッションダサい……あ~あ~オルティシエいきたいなあ~」

オルティシエに行って、最新の流行服なんか買っちゃって!?と1人テンションの高い名前はその直後、この廊下の先にいる人物と思いっきりぶつかり、一気に現実に呼び戻された。

「イタタ…誰だよほんとに…」
「―――貴様か」
「やっほーレイヴス」

聞こえてきた、機嫌の悪いそうな低い声が誰かなんてすぐに理解した。ここは軍関係者もよく行き来するので、彼がここに居ても何ら不思議ではない。名前はフレンドリーに手を差し伸べるが、その手が虚しく宙に浮く。

「触るな穢れる」
「酷ッ」

会うたびに汚物を見るような視線を向けてくるのはやめてほしい。だが、なんとなく、彼に嫌われている理由は自覚していた。彼はこういうのが苦手、というよりここで心を開くつもりはないのだろう。それなのに、ずけずけと土足でやってくる名前に対して、嫌悪感が出てしまうのはどうしようもない事だった。

「やあやあお元気?」
「あぁ?」
「…相変わらずご機嫌斜めだね」

やはり、なれ合うつもりはないようだ。まるで人を殺せそうな視線を背に受けつつ、名前はグラレアへ戻っていった。そういえば今日は宰相からすんごく面倒な仕事を押し付け…いや、仰せつかっていたんだっけ。軍より支給されたパッドを取り出し、本日のスケジュールを確認する。

「うん、午後は全部宰相の用事だわ…」

氷神の一件から、宰相の仕事を押し付…仰せつかるようになった名前は、一日の殆どを宰相と過ごしていた。と、言うより以外に生真面目な宰相の仕事ぶりが結構めん……細かい事柄の確認に時間を要する為、必然と宰相と過ごす時間が増えたという訳だ。おまけに勉強も見てもらっているので、もはや一緒にいない時間の方が少ないだろう。適当に見えて、結構色々と細かくてめんど……繊細な宰相へのお茶出しですら神経をすり減らす程。噂によると、宰相のあのファッションは着るまでにかなり時間を要するようで、着せているメイドは彼に角度など色々と文句を言われるのだとか。その話を聞いた時、ああ、メイドじゃなくて本当に良かった、と思ったのはここだけの話。

そして、いつの間にかに月日は流れ、陰湿な宰相から16歳の誕生日プレゼントと称して山のような書類整理を仰せつかった名前は、しかめっ面で暖炉の火を眺める。

「ああ、これ全部燃やせたらいいのに…」

士官学校も無事修繕が終わり開校されたが、名前はあの宰相のおかげですべての授業をパスし、たった一日だけで士官学校を卒業してしまった。その為、気ままな寮生活を楽しみながら青春の時を刻む…という彼女の夢は潰えた。そして、卒業をした名前は宰相補佐(と言っても、雑用のようなポジションだ)という役職を与えられ、日々大量の書類と格闘をしている。一応軍人ではあるが、一日の仕事の殆どは宰相の仕事の補佐で、最近は外に出る事がめっきり減ってしまった。

「どう、捗ってる」

重たい扉が開かれ、アーデンが現れた。珍しく少しやつれた様子で、宰相の席にどかりと座ると、机に勢いよく足を乗せる。その衝撃で、折角きれいに積んだ書類が落下し、名前の1時間の苦労が水の泡となった。もうため息を吐く元気すらない。名前は虚ろな瞳でアーデンを見上げた。

「―――に、見えます?」
「早く終わらせてよね」
「…はーい」

仕事を手伝う訳でもなく、メイドにコーヒーを運ばせるこの部屋の主を、名前は死んだ魚のような目で見つめる。

「もう疲れちゃったよ」

愚痴を零すアーデンに、それはこっちのセリフだ、と内心つぶやく。

「あの人も人使いが荒くて嫌だなあ」

それもこっちのセリフなのですが。とは言えず、書類の山をにらみつけ、ちらりと視線を男に向ける。メイドが退室すると、部屋には名前とアーデンの2人だけとなった。とりあえず、宰相の崩した書類の山を整頓するか、と手伝いを呼ぼうとしたが突然腕をぐいと強い力で掴まれ止められる。

「他の奴はこの部屋に暫く呼ばないで」
「じゃあわたしも出たほうがいいっすかね」
「お前はここにいて構わないよ」
「あ、そうですか」

1人で考え事でもしたいのだろうか。しかし、一向に解放されない腕をじっと見ていると、ぐいと勢いよく引っ張られ、なんと宰相の上に乗っかる体勢となってしまった。王族かこいつ、と思わせる程の整った顔が目の前に現れ、名前は思わずどきっとする。

「そういえば、見ないうちに変わったよねえ」
「な、なんすか突然」
「ようやく女性らしくなったっていうか…」

珍しく褒めてくれている状況にどう反応したらよいか名前はきょろきょろと視線を泳がせる。というより、この状況は一体どういう事なのだろうか。

「まあこれだけ育てば十分か」
「はあ…」

頬を引っ張られたり、顎を持ち上げられたりとまるでペットのような扱いに名前は顔を顰める。この男の気まぐれは今日に始まったことではない。前もこういう事は何度かあったが、この男、人をいじるだけいじって気が済めばぽいっとどこかへ放り出す。この気分屋にどれ程振り回されてきたことやら。

「今夜グラレアを発つから、多分1週間程は戻ってこれないよ」
「いってらっしゃいませ」
「君もだよ」
「へ?」

ちなみにあと1時間後ね、と呟く宰相に名前は一瞬ぽかんと口を開くが、ようやく状況を把握し声を上げる。

「聞いてない!」
「だって今伝えたんだもん」

だもん、じゃねえよこのクソ宰相…。アーデンにスケジュールを突然変更される事は日常茶飯事だったが、今回は彼もまた突然スケジュール変更が言い渡されたようで、それ故に先ほどから不機嫌だったようだ。俺だってさっきあの爺さんから言われたんだよ?と文句を垂れるアーデンに名前は内心ため息を漏らす。
爺さんって…陛下の事だ…絶対…。この男が言う爺さんは間違いなく陛下…いいのか、宰相がそんな事言って。例え、メイドに聞かれたとしても気付かれないだろうが、わかっている名前はこの忠誠心の無いアーデンが何故宰相になれたのかが不思議でならなかった。

 

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Published in追憶の日