Skip to content

追憶の日/12

<テネブラエ>

突然の事に、名前は慌てて荷造りを始めたが、出発まであと15分しかない、まずい。と汗だくになりながらも必要最低限度の荷物を詰め込み、出発直前に無事揚陸艇に乗り込むことができた。名前がぜえぜえと息を切らしている中、隣ではアーデンが涼しい顔で椅子に腰を下ろしている。まあ、この人クラスだとメイドがすべて準備をするので慌てる事もないのだろうけれども。それに急ぎの仕事はさっきわたしが終わらせていたからね!!感謝しろよ!!名前はじっとりと宰相に視線を向ける。

「ああ、面倒くさいなあ」
「…どこに向かうんですか」
「―――テネブラエ」

吐き捨てるように呟くアーデンに、名前は彼がこの土地をあまり好いていない事が想像できた。テネブラエと言えば、レイヴスの生まれ故郷だと聞いており、彼の妹であるルナフレーナ・ノックス・フルーレがいる場所。写真では見た事があるが、一度も行った事は無い。

「テネ、テネブラエ?あ、あぁ…でも突然ですねえ、何か起きたんですか?」
「神凪になるんだってさ」

神凪とは、この星の神と直接言葉を交わし、その力で世界の浄化とやらを担っている存在の事で、宰相はなぜかあまり神凪に好感を抱いていない様子で、この話題が出たりするといつも不機嫌なオーラが滲み出てくる程だ。名前も神凪がどういうのかを具体的には知らないので、好きか嫌いかと言われたらどうとも答えられない。

「神凪…それって、もしかしてレイヴスの妹が?」
「そういう事」
「会ってみたかったんっすよね~」
「よかったね」

棒読みの返答に、名前は苦笑する。本当にテネブラエに行きたくないんだろうなあ。だが、神凪とはニフルハイム帝国の宰相であるアーデンが出向わなければならない人物なのだろう。

「はいはい、宰相、テネブラエでわたしは何をすればいいんでしょーか」
「神凪の就任式があるからそれの警護」
「就任式の警護…わあ、軍人らしい仕事久しぶりだなあ~」

勿論、嫌味を込めて言ったつもりだが、自分の世界に籠っているアーデンの耳に入る事は無かった。
揚陸艇で空を進むこと数時間、テネブラエにたどり着いてまず出迎えにやってきたテネブラエの人たちと、彼らに囲まれるようにして現れた少女が今回の神凪の巫女なのだろう。揚陸艇の上から営業スマイルで降り立った宰相はこつ、こつとブーツを鳴らしながらテネブラエを踏み進んで行き、そして、腰を小さくかがめる少女の前に立つ。

「お久しぶりですね」
「あぁ、ルナフレーナ様、ご機嫌麗しゅう」

全然顔がご機嫌麗しゅう、の顔ではない。名前はアーデンのすぐ近くで不機嫌オーラを感じながらその様子をうかがう。

「そうだ、久しぶりに兄君とお話をしたいでしょう?」

ちらりと合図を送ると、隣の揚陸艇から白い軍服を纏ったレイヴスが降りてきた。ここ数年で着々と地位を上げている彼だが、誰かに媚び諂う姿は見た事も聞いたことも無かったので、その腕でのし上がってきたのだろう。まあ、神凪の一族っていうだけでかなりチートなんだが。
人の良さそうな笑みを浮かべ、兄、レイヴスを指さすアーデンにルナフレーナはお心遣い感謝いたします、と恭しく男に礼を述べた。
それから、宮殿に到着し宰相ご一行は貴賓室へ案内され、ルナフレーナと別れた。ルナフレーナと別れる際、ちらりとこちらを見られたような気がしたが、それよりも表面には出ていないが絶対に人を殺すレベルで不機嫌な宰相からこの後どうやって距離を置いて避難をするべきかという事で名前の頭はいっぱいいっぱいだった。
最高にピリピリしている宰相を部屋に置き(というより一人になりたいからと追い出された)名前はテネブラエをうろちょろするべく1人宮殿を出る。日も落ち、すっかり暗くなったテネブラエに人気は殆ど無く、そよそよと風で揺れる草花があるだけ。

「―――はいはい、何の御用ですかねえ」
「…貴様、神凪の巫女にその口の利き方…」
「着けてきた来たのはそっちだし、それにレイヴス、君ってばもしかしてシスコン?」
「なっ…」

気配がさっきからずーっとしていたんだよね、と笑う名前に敵意を向けるレイヴス。彼の後ろには一人の少女が心配そうに立っており、彼女こそがこの機会を設けさせた張本人だ。

「…帝国にも、面白い方がいらっしゃるのですね」
「どうも巫女さん、わたしに何の御用っすか」

兄レイヴスに守られながらも前に出てきたルナフレーナに名前はとりあえず手を差し伸べる。

「あー、レイヴスから聞いてると思いますけど、宰相の補佐っていうか雑用の名前です」
「わたくしは、ルナフレーナ・ノックス・フルーレです、お兄様からお話はお伺いしておりました」

何でも、氷神との戦いでご活躍されたとか。意味深な視線を向けてくる彼女に、名前は顔を顰める。この子、何かを探るつもりだ。

「なんか気になる事でも?」
「いえ…その」
「貴様は人間か」

と、突然レイヴスから問われ、更に名前は顔を顰める。人間かどうかなんて、そんなに重要な事なのだろうか。あの戦いで自分は人間ではないのかもしれない、と薄々感じてはいたがそれを誰かにとやかく文句を言われる程何かをしてしまった訳ではない。少し不機嫌さの滲んだ声で名前は答える。

「はあ、人間じゃなかったら何?」
「貴様からは妙な気配を感じる、ここ数年でそれは強くなった、貴様、自分の腹に何を飼っているんだ」
「はいはい、どうせ化け物ですよ、腕だって千切れたってくっついちゃうんだからね、だから何?それでわたし君に迷惑かけた?」
「―――」

ほら、何も言い返せないじゃない。妹に頼まれでもしたのだろう。名前は呼び止める少女の声を無視し、どしどしと足音を立てながら結局部屋に戻ってきてしまった。部屋に戻るなり机に肘を立て、不機嫌そうにワインを飲む宰相とばっちり目が合ってしまい、どうしてお前帰ってきた、と言わんばかりの視線を向けられる。

「もう化け物って言われるの慣れたんですけど、言われすぎて麻痺しているだけで傷ついてるんですよ!?」
「大きな声でうるさいなあ、どうしたんだよ急に」
「はあ~~~疲れた!もう早く就任式終わってグラレア戻りましょう!」
「っふ、あの人に何かされたの?」

と、鼻で笑うアーデンに名前はどしどしと足音を立てて近寄る。

「正しくはあのシスコンの方にですがね?わたしの中の気配がどうとか~って言われたんすよ」
「…へえ、やっぱり神凪の血はすごいね、気がついちゃうんだそれに」
「それにって…え、何なんですかわたしって、宰相知ってるんなら教えてくださいよ!」
「知ってどうする」
「え、だから―――うん、知ったところでどうにもならないですよねえ…」

言われてみればそうかもしれない。正体が明かされたとして、どうこう変わるものでもないだろう。むしろ、知らないほうが幸せだっていう事もある。先ほどの怒りはどこへやら、ぱぱっとすぐさま頭を切り替え、名前は近くのソファに身体を沈め、用意されていた紅茶を口に運ぶ。

「本当に切り替えが早いよね、名前って」
「じゃなきゃグラレアにいられませんって」

はは、板についてきたね。そう呟いたアーデンの横顔がどこか優しげに笑ったように見えた。

<<  TOP  >>

 

Published in追憶の日