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追憶の日/13

<憂鬱なるテネブラエ>

この気持ちを、うまく言葉で表現は出来ないけれども、あまりいい感情ではない事は言える。

「わたしは、神凪の血を引いています、母と同じように、皆さんに、平和を届けます」

神凪就任式で演説をする彼女を少し離れた場所から眺めながら、名前は考えていた。彼女の言う、闇とは一体何なのか、と。喉に骨が突っかかった時のような、妙な不快感を感じてしまうのは何故だろう。

「…闇って言われてもねえ」

実感が湧かないというか、なんというか。神話に興味はないけれども、闇は消すべき、という考え方は、つまり、悪は消せ、という意味なのだろうか。あの人たちにとっての闇とは一体何なのか…。そこまで考え、ふと、ある視線に気が付き振り向くとそこには不機嫌な宰相の姿が目に入った。
それは、四六時中彼と共にいる名前にしか気が付かないであろう違和感。それに気が付き、名前は眉間にしわを寄せる。

「早くここ出たい~…」

突き刺さるような殺気を感じながら、名前は彼女の演説が早く終われ、と呪詛のように呟いた。
夜になり、煌びやかなドレスに身を包んだ女性たちを眺めながら、名前はある一点を面白そうに見つめていた。それは、美しい女性たちに囲まれている宰相の姿。

「超ウケる…」

一応、名前は護衛としてテネブラエ宮で行われているパーティーに出席をしている。その為、服装はニフルハイム帝国の紋章が施された軍服なので、色気も何もない。
アーデンは、ニフルハイム帝国の宰相であり、このパーティーのメインの客でもあるので黒い正装を纏い、まるでどこかの王族のような華やかさがある彼を、女性たちが放っておくはずがなかった。危険そうなオトコに、女という生き物はどうしても惹きつけられてしまう。それは、強い子孫を残すための女性特有の本能なのだろう。モテる男は大変だねぇ。他人事のようにその光景を眺めながらウェイターからくすねた果物を齧っていると、ふと、ゾクリと背筋を嫌な気配を感じた。

「―――誰だよこんな寒々しい殺気…」

一瞬、時が止まったようにも感じられたが、気のせいだったのだろうか。手元の果物は凍り付き、力を込めて握ればガラスのように砕けて散った。誰だこんな悪趣味な悪戯は。あたりをきょろきょろと見回すが、特に変わった事は無かった。しかし、相変わらず賑やかな音楽と、人々の他愛の話が繰り返されるこの空間で、異変を感じたのは名前だけではなかったようだ。宰相だけがこちらを神妙な顔で見つめており、ふと視線が合うと、周りに群がっている女性たちを下がらせ、ちょいちょいと人差し指で此方に来い、と合図を送ってきた。

「宰相、およびですか」
「大佐、ちょっといいかな」
「もしかして先ほどのアレですかね」
「そうそう、アレ…」

すると、突然ぐいと腕を引っ張られ、まるでキスでもされるのではないだろうかと思う程の至近距離で彼の息遣いを感じながら、名前は彼から小言を囁かれる。

「気を付けて、アレ、神様だから」
「―――かみっ」
「しっ」

人差し指を唇に当てられ、これ以上は言うな、と牽制される。宰相の手って本当にひんやりとしているなあ、などと関係のない事を考えていることがばれたのか、頬っぺたをぐいと伸ばされ間抜けな声が漏れた。

「は、はひ…」
「と、いう訳だから、大人しくしているんだよ」
「…は、はひ…」

妙に親密そうな二人の様子に、彼女たちが嫉妬をしない筈がなかった。何しろ、貴族の娘たちばかりだ。あわよくばニフルハイム帝国の宰相である彼の妻の座、妻の座が無理ならば愛人の座を手に入れようと躍起になっている彼女たちにとって、突如現れた大佐と呼ばれた女にメラメラと対抗心を燃やしてしまうのは仕方のない事だった。ニフルハイム帝国で実質政を仕切っている彼は、皇帝と同等の力を持つ者であり、彼の妻となれば数百の召使いに囲まれ、贅沢三昧の生活、そしてクイーンとも言える最高の地位を手に入れることができる。そこそこいい年なのに、そういった噂を聞いたことのなかった彼女たちにとって、まさに、名前は脅威だった。当の本人は対抗心を燃やされているとは知らず、宰相に無理やり引っ張られた頬をさすりながら先ほど気配のした方向に視線を向けている。

「超だるい」

朝早かったんだよねえ。名前は時計の針が垂直になるのを眺めながら、はぁ、と盛大にため息を漏らした。早く終わらねぇかなあ、このパーティー。先ほどからちょこちょことウェイターから食べ物をくすねているので空腹ではなかったが、暇すぎてつい食べ過ぎてしまった為、眠くなってきてしまったのだ。
宰相の護衛の為にここに居る訳だが、宰相が部屋に戻ろうとしない限りここから出ることも勝手に動くこともできない。ちらりと奥に視線をむければ、相変わらずどこぞの女性たちに囲まれているアーデンの姿に、名前は再びため息を漏らした。ほーんとモテる男って大変…というか面倒臭いなあ。
最初の内はあの事もあったので警戒をしていたが、その後特に何事も無かったかのように平穏な時間が続いていたので、少し警戒を解き、アーデンに隠れて座ったりテーブルのカクテルをくすねたりと退屈しのぎに色々やってはいたが、そろそろやる事も無くなってしまった。

「大佐、宰相がお呼びですよ」
「へ?あぁ、はいはい…」

ついついぼーっとしてしまったようだ。同僚に声をかけられ、名前はコツ、コツと大理石を蹴り上げながら主の元へ向かう。顔は笑ってはいるが、周りにいるこいつら全員殺したらすっきりするんだろうなぁ、と考えているのではないかと思う程彼の内側から不機嫌なオーラを感じ取った名前は、内心苦笑を漏らす。

「明日はドレスで出席しなよ」
「は?」
「この子たちが君のドレス姿、見たいんだってさ」

突然何を言い出すのかと思えば。意外な事を言われ、つい間抜けな表情を浮かべるとそれが面白かったのか、クックックと腹を抑えて笑い出すアーデン。何か裏があるな、この話。しかし、上官直々の命令に軍人としては逆らう訳にはいかないだろう。

「仰せの通りに」
「じゃあ、そういう事だから今夜はこの辺で」

内心、よっしゃとガッツポーズをしたのは言うまでもない。ようやく身体を休めることができる。彼女たちは名残惜しそうに彼に声をかけてくるので、慣れた手つきで彼女たちを引きはがし、アーデンは広間を後にした。名前は背後からまた妙な何かを感じつつも、まぁ別に痛くも痒くもないものだからいいか、と特に気にせず彼と共に広間を後にする。

「今日なんであんなに不機嫌だったんですか」
「―――あぁ?」
「おやすみなさいませ」

アーデンが八つ当たりで投げてきたナイフを慣れた動作で避けると、笑顔で部屋を後にした。

 

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Published in追憶の日