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剣の記憶/01

<就職氷河期>

我が家は行商人だったから、まぁ、職には困らなかった訳でして。そんで、俺は就職難のこの時代をなんとか乗り切ったつもりでいた。だが、現実は甘くなかった。おれは遅い子だったからな…まぁ、両親もそれなりの年齢だった訳で…先におかん、次におとん…と、そして残れされた倅。そう、おれのことだよ!

「アデルバート!」

「はい」

「何故警備を怠った?」

「…すんません、ちょっとその…昨日までの任務がハードだったんで…それでちょっと」

「いい年した男がいい訳か、情けない」

「…えっと」

「罰として、城内の掃除を言い渡す」

おいおい、小学校かよ…まぁいいけど。

両親の借金もそうなんだけど、行商人って家っていう家が無いんだよ。だからさ、おれには行き場が無いわけ、親が死ねば路頭に迷うだけ。しかもこのご時世…まったくさぁ、世の中ってもんは、鬼畜だよなぁ。

「アデルバート!」

「は、はいいいっ、今行きます!」

こんなおれでも、働き口はあると言えばある。とりあえずハロワでなんでもいいから高収入、全寮制の職場を探した。そしたら、案内された場所がここだったよね。ほんと、まさか軍人になるとは思ってもみなかった。ハロワのお姉さん、おれ、頑張れる自信がねぇよ、まだ入隊して1カ月だけどさ。

しかも帝国だぜ?やべぇよな、ここ、戦争ばかりしてやがるんだぜ?頭が来るっていやがるぜ。だが、そんなところしか働き口の無いおれも相当狂ってるのかもしれない。

上司にバケツとモップを渡され、おれは同僚達が警備しているそこを水掃除だ…冷やかしの声が聞こえてくるが、きっと気のせいだ、そうでありたい。

「…おいお前、掃除してるんならこっちの掃除を手伝ってくれ」

「はい~」

同僚に呼ばれ、そこへ向かうおれ。あーあ、あいつも不運だな、と通りすがりに言われたが、どのことに関して不運だと言っているのだろうか。陰険な上司に声をかけられたことか?それともおれ、そのものか?

案内された部屋は正直フローラルの香りとか言い難い匂いが充満していた。なんていうか、これ、血の匂いですか?

「えーっと、掃除ってのは…まさか?」

「あたりまえだ、ちゃんとやっておけよ」

一体ここで何があったんですか、なんて小心者のおれには聞けない。聞かなくても、なんとなくわかる。まだ一カ月しか経っていないが、ここのことは何となく把握しているつもりだ。正直あんま把握したくなかったんだけど、教えられるんだよね、ここで生き延びるためにはって。

部屋の片隅には肉片が飛び散り、何かが引きずられた跡がある。もしかして罪人を処刑したとかそんなんですか?

部屋を出て行く途中、男ばかりのむさくるしい帝国内では物珍しい少女の姿が見えた。シミ一つないきれいな頬が返り血で汚れていてなんだか複雑な心境になる。あの子、いつからここにいるんだろう。

「何をぼさっとしているんだ」

「えっと、はいすみません…ちょっと気になって」

「…あぁあの娘か、お前のような下級兵が気にすることではない、それに、あの娘の力に比べればお前なんてミジンコ同然だからな」

さいですか…おれってやっぱり、そんな雑魚に思われてるのね……事実なんだけど。おれはなるべく肉片を見ないように床に水をかけ、モップでこすり始めた。が、まだ例の上司がそこに立っている。別の兵士とあの少女の事について話し合っているようだ。

「あの娘、顔色変えず殺したな」

「あぁ、あいつにはぞっとするぜ…ガストラ様も何故あんな娘を気にかけていらっしゃるのだろうか」

「それを言えば、ケフカの野郎もだろ?あいつらの使う魔法ってのはどうも好きになれないぜ…」

「魔導研究も順調らしいしな、おかげで最近ケフカに絡まれたりしないからいいんだけどさ」

……まったく、お暇ですね、おれはこんなにも忙しいっていうのに。汚れ仕事は立場の弱い若者に押し付けですか、そうですかそうですか。なんたっておれは雑魚らしいからな。男ならば普通、ここであいつらよりも絶対に強くなって、ぎゃふんと言わせてやる…ってなるんだが、残念ながらおれは年中無気力男だ。そんなものとは程遠い存在。そういやハロワのお姉さんにも言われたな…君には向上心が全くないって。あはは、ありがとうございますって言われたら憐みを含んだ目で見つめられたっけ。あの時は笑ってたけど、正直ちょっと傷ついた。確かに年行った両親に甘やかされて育てられたからさ、甘え続けて結局こうなったよね。一人っ子だからなぁ、おれ。

「お前も気をつけろよ、新米」

「へ?」

突然声をかけられた。おれ、今肉片処理でとっても忙しいんスけど。

「さっきの娘にだ…ここだけの話、あいつと関わってきたやつは大抵ろくな死に方をしない」

「…そうなんすか…」

先輩のありがたいお言葉、感謝しろよ新人、みたいなどやどやした顔で言われてもなぁ。あの子の事はよくわからないけれども、ちょっとかわいそうだなと思った。だってさ、まだ10代の女の子だぜ?冗談きついぜ。

「あの…魔導がどうとかこうとかって…」

「それはお前が気にすることではない、が、いずれ知ることになるだろう…近々、ナルシェを攻めることになるから、お前もその力を目の当たりにできるぞ、あれはすごい力だ…なぁ?」

「そうだな、あれはすごい、というかやばいな」

どんな力ですか一体。

結局上司のとってもくだらない話まで聞かされ、仕事が遅れて別の上司にしかられ、掃除期間が1週間も伸びてしまった。もう最悪、おれ、ここをやめたい。

重労働でもう一歩も動けない身体に鞭打つように、新米兵士には夜、鍛錬する時間が与えられている。いらないよそんな時間、いや、いるんだろうけれども。昼間だけで十分鍛錬されましたよ…一応接客業をしていたおれはここにいる兵士さんたちとはちがって、体力が全然無いわけだよ。まぁ、おれも一応兵士になった訳だからいつまでもこんな状態でいられないんだろうけれども。体力ばかりはなぁ…時間かかるよなぁ。

「おい名前、お前今日もやらかしたんだってな?」

「ははっ、ほんとよくやらかしてくれるよなぁ~関心するわ」

「なら助け舟出してくれたっていいんじゃないの」

「誰が出すかよ、甘えんなって」

こいつらはおれの同期で、同じ寮仲間。寝癖みたいな髪型が特徴のオットー、若干ナルシストっぽい奴がロウェル。いや、こいつは多分ナルシストだ。

「ロウェルだってやらかしたって聞いたけど」

「お前ほどじゃないよ」

「そうそう、なんで分かりやすいところで居眠りなんてこいてたんだよ」

「せめてどっかに隠れて寝りゃいいものの」

「仕方ないじゃん、眠かったんだし、おれの特技、立ちながら寝ることなんだぜ?」

「そんなくだらん特技、披露しなくていいし。披露する場所を間違えている」

「まったく…だからいつまでも昇進できなんだよ」

それ、入隊して一カ月の奴に言うセリフですか?というかお前たちも対してかわらんだろうが。

「さっさと支度をしろ新米!」

は、はい~!

陰湿な上司にしかられ、おれたちは渋々鍛錬場へ向かった。ここでよかったと思うのは、おれが行商人の息子だったというところだろうか。借金の為にある程度は売り払っちまったけど、装備品だけは残しておいた。おかげで剣だけは立派なものを使っている……ろくに使えないけれども。

「―――お前たちで最後か」

「セリス将軍、後は頼みましたよ」

新米にとっての一番の試練は言うまでも無く、入隊して1カ月後に行われる鍛錬の時間だろう。しかもおれたちの班の指揮官はあのセリス将軍だ。泣く子も黙る、あのセリス将軍。戦場はまだ行ったことないが、噂ではこの将軍、常勝将軍とあだ名をつけられているくらいものすごく腕の立つ女将軍で、それはもう恐ろしい戦いの風景なんだとか。この人も例の力を使える人で、ここの皇帝にとても気に入られているのだとか。顔は美人だし、ボインボインだし、服はセクシーだし…これはきっと皇帝の趣味に違いない。

「オットー・クルセルです」

「ロウェル・ハートです」

「名前・アデルバートです」

品定めをしているのか、しばらく熱い視線で見つめられ、沈黙の後おれたちはとんでもない言葉を言い渡された。

「長年戦場を見てきたが、はっきり言おう、お前たちは兵士には向いていない、せいぜい雑務係といったところだ」

おい、顔は美人だけど言うことはきっついな。ナルシストのロウェルがそのお顔を悔しそうに歪めてやがるぜ。色んな意味で爽快だったが、自分も言われているとなると複雑だ。確かに向いてないかもしれないな、うん、そうだ、この際やめればいいんだ。

「…将軍、俺達は故郷のために戦いたいんです!」

「帝国の名誉のため、この身を削る覚悟です!」

「…えっと…」

なんていうか、君たちの熱意が痛いよ、おれにとっては。おれはまともな理由で入隊した訳じゃないからな、彼らと実力の差がでて当たり前なんだけど。言い淀むおれを虎をも射抜かんばかりの表情で見つめてくる将軍。美人なんだけど…女って怖いな。

「お前はどんな理由で志願した」

「おれは…」

ここは正直に話すべきだろうか。同期の2人がはやくしろ、と言わんばかりの視線を向けてくる。わかったよ、話すよ、話せばいいんだろ。

「おれは…その、なんとなくです。この2人とは違って、やる気も違うし、守りたい者もないし。命は惜しいし、争い事はあまり好きじゃないですし…やめられるならやめたいんですけど、行く場もないし、ここにいれば衣食住も困らないしで…」

絶対に呆れられた、そう思ったが意外な言葉が彼女の口から発せられた。

「アデルバートと言ったな…お前のような奴はここに向いてるだろ、せいぜい逃げながら生きながらえるんだな」

「…あ、ありがとうございます…」

おいおい、おれ、べつにいい事何一ついってないぞ?2人ははぁ?みたいな顔してるし……分かるよ、おれも同じ気持ちだ。

「…クルセル、ハート、お前たちの意思は素晴らしいものだが、ここには向かない…無駄死にするだけだ」

ここはそういう場所なんだ、と冷たく言い放つ将軍。

「命を粗末にするな、命を奪っている我々だからこそ…」

「…はい、ですが、俺達は辞める気はありません、その覚悟でここにきました」

「お願いです将軍、俺達を認めてください!」

なんだか青春ドラマを見ているようだ。ここってそんな熱いところだったのか。

Published in剣の記憶