戦いは、壮絶なるものだった。ドラゴンたちの親玉である神竜からは、いまだかつて感じた事のない恐怖を感じる。何しろ強く、鱗が分厚いのか一般的な魔法が一切通用しない。強力な一撃が艦隊を襲う。あまり近づきすぎると危険なため、少し離れた場所からでしか攻撃が出来ず、遠隔攻撃と魔法で何とか倒そうと試みている。少し離れた場所でレッドローズにて応戦するベアトリクスの姿を見ていると、流石は大陸一の剣士だと謳われているだけはある、そう感じられずにはいられない。
「我々も負けていられないわよ」
「はい!」
名前の暗黒剣、そしてシェスカの聖剣でジタンたちの為、血路を切り開いていく。もう30体は倒しただろうか、流石のシェスカたちにも焦りの色が見え始める。
「……う…」
「名前……!」
敵の鉤爪を受け、足から血があふれ出す。後衛部隊の白魔道士兵がすぐさま回復にあたるが、回復を終えるまでゆっくりしている時間はない。何しろ、敵は待ってくれないのだから。
「すみません、将軍……油断していました」
「……危なくなったら、すぐに下がりなさい」
「―――まだ、まだ行けます…!」
「……そう、ならいいけれども」
シェスカは心配だった。お互い、あの戦争での傷が完全に癒えていないからだ。いくら魔法が便利でも、今まで負った深い傷の数々を考えれば無茶をすればするほど肉体は痛む。所詮白魔法は大雑把に骨や肉をくっつける荒治療に過ぎない。白魔法は肉体の回復力を高め、痛みを緩和してくれる便利な魔法だが時にそれは肉体の感覚を麻痺させ、気付いた時には既に遅く……なんていう事にもなりかねない程、戦う者にとって刃の剣でもあるのだ。
「あッ、いててて、あいつ、俺にブラインかけやがった!」
「混乱してるんだろ、おい後援部隊、なにぼさっとしてるんだ!」
「ったく~~あ、あと俺たちにもエーテルをくれ、そろそろ魔力が尽きそうだ」
戦闘中、通信機からデルタたちの声が聞こえてきた。デルタ達は別の艦隊から攻撃魔法でドラゴンたちを蹴散らしているようだが、時々こうしてエーテルを要求する声が聞こえてくることから、彼らの隊も随分と魔力を消費しているようだ。
ヒルダガルデ3号では、甲板に出ている部隊が何とか応戦しているものの、一体いつまでこれが続くやら。ほかのリンドブルムの兵士たちにも、焦りの色が見え始める。次から次へと湧き出てくるドラゴンたちに、流石のブルメシア竜騎士団も随分と苦戦を強いられているようだ。
「危ない避けろ!」
「―――うああああッ」
「もう、しっかりしてください隊長!」
向こうも危機一髪だったようだ。副官に叱られる二人の声が耳に入る。
「向こうも苦戦しているみたいね……将軍、これ、いつまで続くのですか」
「さぁわからない、あの親玉が倒せない限りは、ね」
「―――プリヴィア両将軍、緊急事態だ、先陣を切っていたヴィルトガンスが落ちた!」
「何ですって!?」
前を見ると、神竜が口から炎を吐き1機のヴィルトガンスが落下していく様子が目に入った。あのヴィルトガンスが落とされるなんて。剣を握る手に汗がにじむ。
「下で待機している救護班は直ちに負傷した兵の救助へ向かえ!」
「御意!」
通信機から緊迫したシド大公の命令が聞こえる。下には強力な魔物が潜んでいるが、もしもの為にと3ヵ国共同で白魔法に長けた救援チームを組織しているので、負傷者が出ても安心だ。ただ、死んでしまった場合はさすがに助けることはできないが。
「ブルメシアの竜騎士部隊も撤退中!一時、後退せよ!」
状況は最悪な方向へと進んでいく。このままでは、ジタン達が次の戦いに挑むことができない。ここを突破しない限り、クジャの元にたどり着くことはできないのだから。
「―――シェスカ・プリヴィア、只今より神
先方で神竜と戦っている部隊が壊滅したと聞き、親子はブルメシアの竜騎士率いるドラゴンの背に乗り、苦戦を強いられている神竜の元へ駈ける。
「クライムハザード!」
強力な剣技をぶつけるものの、はじかれてしまいその固い鱗には傷一つつける事が出来なかった。攻撃をすると、奴はカウンターを仕掛けてくるのでかなり厄介な上に、体力は底なし。
「……こうなれば……」
残ったわずかな力を振り絞り、シェスカはホーリー剣で敵に大打撃を与える。ただの物理攻撃では、あの鱗一つ傷つける事が出来ないと判断したからだ。魔法剣は通常の魔法よりも攻撃力が高く、便利ではあるが消費する魔力が多いので連続して使うと、とても危険ではあるが、お蔭様で随分と敵にダメージを与えることが出来たようだ。
「あッ―――」
しかし、その為に怒り狂った神竜は狙いを名前に定める。名前は神竜の攻撃を避けようとしたが、こんな時に限って恐怖で足が竦んで動かない。爛々とした恐ろしい不気味な瞳ににらみつけられ、戦慄が走る。このままでは死ぬ、そう思ったとたん誰かが名前の背中を押した。
「―――お母様……!」
そこには、しっぽで振り払われた母、シェスカの姿。手を伸ばすが、彼女には届かない。
「名前、生きなさい」
「お……お母様――――ッ」
名前を庇う為、翼で振り払われたシェスカは地面まっさかさまに落下してしまう。シェスカは、ただやさしく微笑みながら目の前から消えていった。叫び声は大砲の音などでかき消され、届きそうにない。この高さだと、間違いなく命はないだろう。悔しさで目頭が熱くなるのを感じる。
すべて、終わらせるんだ。魔力も全く残っていない名前だったが、立ち上がり剣を構え神竜と対峙した時、どういう事か全身から力があふれてきた。憤りに悲しみ、感情が体から噴き出してくる。溢れた感情は電磁波のように体の周りをうねり、覆い尽くす。これはもしかして、トランスというやつでは。
「……う……」
あれから、自分はどうなったのだろうか。そして、ジタン達は、どうなったのか……そこで、名前はあの悲しい出来事を思い出す。
「お母様……」
ぽたり、とシミが広がる。あの時、わたしがしっかりしていればお母様が死ぬことはなかった。母のくれた指輪を握り、名前は咽び泣く。己が非力だったために、母が死んでしまった。
「お母様……うッ……うぅう……」
軍人なのだから、泣いてはいけない。わかってはいたけれども、涙があふれ出てくる。
「―――名前」
その時、温かい何かが頭に触れるのを感じた。
「―――お母様……!」
「よく、がんばりましたね……」
彼女が生きてリンドブルムにたどり着いた時、それはもう驚かれたものだ。偶然、植物がクッションとなり死ななかったそうだが、兵士たちの間では彼女が死んだことになっていたので、デルタ達は思わずゾンビを見るような目で彼女を見てしまったとか。
シェスカは、名前の事を抱きしめる。あの頃よりも大きくなった、我が娘を。こんなに大きくなって、と彼女は涙をこぼす。
「お母様……よかった…よかった……わたし…」
「運よく、生き延びれたわ……そして、名前、生きていてくれて…ありがとう」
「―――お母様、わたし……ッ」
「もう、いいのよ……もう、この世界は平和を取り戻した……あの後、大変だったのよ、イーファの樹が暴れだして……でも、もう落ち着いたから大丈夫」
「暴れ……だした?」
「えぇ……話だと、確かあの樹はこの世界のクリスタルに根を張り、霧を送り込んでいたそうね……でも、もう二度と霧は発生しないでしょう、テラだか何だかわかりませんが、異世界の者がここを脅かすことは、もう二度と起こらないわ」
「戦争は…もう、起きないのね」
「えぇ、わたしたちの代が、それをしっかり伝えれば……」
目を閉じると、ドクン、ドクンと鼓動が心地よくあっという間に眠りについてしまった。その横顔は、とても安らかだ。我が子を抱きながら、シェスカはつぶやく。もう二度と、失わない、と。
この数年間は、怒涛の毎日だった。墓場の前で、名前は天国の父へ手紙を読み上げる。
「わたしが生まれて、いろんな事が起きました。わたしが生まれて、いろんな人と別れました。でも、前に向かって、歩いていけるように頑張っています。この世界でたくさんの友達が出来ました。友達のお蔭で、ここはとても平和になりました……」
そして、最後に名前は父の残したブラッドソードを掲げ、それを額に当てる。
「ここに誓います、わたし、名前・プリヴィアは……これからも、生き抜いて行く事を」
これから何があろうとも、生き抜いてみせる。
「生きるって、大変、だけど……とても楽しいよ」
それが出来なかった、お父様の分までわたしは、生きる。名前はブラッドソードを墓前に置き、その場を後にする。もう、父の力を借りなくとも生きていける、そんな気がしたから。