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追憶の日/14

<ある種のパーティー>

空を漂う煙をぼんやりと眺めながら、まるで出荷される家畜のような気分で拷問とも言えるコルセットの苦しみに耐えていた。どうしてパーティーなんかに出なくちゃならないのか。事の発端は、あの宰相の気まぐれな一言から。

「どうせパーティー行くんなら、重低音ガンガン効かせて―――へぐぅ…ッ」

思いっきり舌を噛み、痛みで涙が滲んできた。

「ほーんと苦しい」
「仕事なんだからシャキっとしてよね」
「へ、へい…」

椅子で優雅に新聞を読んでいる宰相を横目に、名前は1時間後に行われるパーティーの為に人生初めてのコルセットという苦しみを味わていた。黒いドレスはアーデンの正装に合わせたもので(勝手に決められていた)シックな大人スタイルのドレスになっている。馬子にも衣装という言葉があるように、そこそこ貴族の娘風に仕上がっている名前だったが、すぐ近くの椅子で新聞を広げているアーデンに至ってはもはや王子を通り越してどこぞの国の王様のような風格のある仕上がりで流石と言ったところだろうか。

「宰相は…まぁ、流石っすね~…」
「何?」
「……宰相を通り越して王族じゃないですか、態度が」
「もしかして俺のこと馬鹿にしてる?コルセットもっと縛ってやろうか?」
「あはは~~~冗談ですってば~~~」

ナイフが頬をかすめる。返事のかわりに鋭利な武器を飛ばしてくるのは宰相のコミュニケーション方法なのかもしれない。
そして、ついに城内に入らなければならない時刻はあっという間にやってきてしまった。夜会ってやつには不慣れなので、マナーもクソもなかったが、最低限度だけ直前に叩き込まれ参加することとなった。こうなってしまった元凶でもある某宰相は、興味なさそうに参加者の令嬢たちを見下ろしている。

これが、オトナの社会ってやつ?
よってくるご令嬢の盾として使われた名前は、彼女たちにライバルと勘違いされ、先程からずっと鋭い視線を浴びていた。だけど、戦いのときに感じる殺気に比べたらそよ風みたいなものだ。しかし、火に油を注ぐことは別にする必要もない……はずなのに。

「あー、宰相?ちょいとよろしいですか?」
「何?」
「なぜ抱き寄せられて居るのですか?」
「あぁ、こうしてたら面倒くさい人たちが近づいて来ないだろ」
「そりゃあ、そうですが…」
「何、恥ずかしいわけ?」
「いや、そうじゃなくてせっかくパーティに出席しているのならば食べ物取りに行きたいんですけど」
「色気ないこと言うねぇ」

細身に見えて案外肉体が鍛え上げられているアーデン宰相の腕を振り払えず、結局この夜は目の前のパイやチキンに手をのばすことができなかった。そして翌日、名前は昨晩満足の行く量を食べられなかった為に、そのフラストレーションからか大量に食事を部屋に運ばせ、がっついた。レイヴスからは例のごとく汚物を見るような視線を向けられたが、気にすることなく食事を楽しんだ。

「あ、仕事で帝都に戻んなきゃなんないから、後はよろしく」

突然、アーデンが帝都に戻る事となったらしい。名前的には、これはもしかしてバカンスのチャンスか?!と期待したが、次の瞬間その希望はすべて打ち砕かれる。

「あと、君には別のお仕事があるから」
「え!?」
「レイヴス君とアラケオル基地に向かって」

アラケオル基地といえば、ダスカ地方にある帝国の軍事基地の一つで、すぐそばには六神の内の一人が眠っている巨大な山がある。ルシスとの小競り合いが耐えない今、別に珍しい任務ではなかったが、帝国的に前線とも言える場所なのでそれなりの覚悟を要する。ただし、親も家族もいない名前には関係のないことだったが。

「アラケオル基地って…確かチョコボを飼育している場所が近くにあったような……」
「任務が終わったら別に行ってきてもいいよ」
「え!!ホントですか!やった!!」

珍しく優しいアーデンに、やや不信感を抱きつつも名前はダスカ地方へ向かう揚陸艇に向かっていった。その後姿を、赤毛の男は不敵な笑みを浮かべて見送る。

「かわいそうに、嫌われ者は大変だねぇ」

アーデンは宰相だが、軍のトップはグラウカ将軍だ。彼の指揮のもと、軍は動いている。名前はアーデンのところへ軍部から引き抜かれたとも言えるが、半分は軍属なので軍の命令も聞かなければならないのだ。地位は大佐で、宰相の補佐(というよりは雑用)という、その年齢にしては異例の大出世なので、その分周りからどう思われているかなんてすぐに分かるだろう。アーデン宰相の秘蔵っ子として名を馳せている名前に、今や神凪の兄…その血筋は由緒正しいレイヴス・ノックス・フルーレもまた、周りからはあまりよく思われていない。レイヴスに関しては”監視されている”と言ったほうが正しいのだが、対外的には宰相も腕を認める期待のルーキーということになっている。

「……弱い奴らはよく吠えるから、ね」

足元の青い花が、ぐにゃりと踏み潰された。

夕方になり、空が赤く染め上げられた頃、名前は自分が乗っている揚陸艇が出発するのを一人で待っていた。レイヴスは隣の揚陸艇に乗っていて、一緒に乗ろうよと声をかけてみたが案の定締め出されてしまったので、一人寂しく揚陸艇の中で昼寝をしながら時間を潰していたというわけだ。ふと、誰かがこちらに近づいてくる足音に気がつく。足音からして、いいところのボンボンだ。素養というのは生まれ育った環境から作られるものなので、特に”グラレア”で暮らしているとそれがよく分かる。

「ほら、替えの軍服一式持ってきてやったぞ」
「ーーーああ!!ロキ!!!!あんたってほんとに良いやつだよね!!!」

頭上からどさりと落ちてきた布の塊からはほのかにいい香りがした。

「騒がしい奴だな」
「ロキ~~~!元気だった~~~?」

彼の名前はロキ・トムルト。帝都に住む貴族の一人息子で、一言で言ってしまえばボンボンだ。そんなロキだが、貴族上がりにしては珍しく真面目でまっすぐな性格をしており、着実に経験を積んで今の地位にいる。ちなみに、現在の地位は名前と同じ大佐の位。名前にとっては珍しく普通に接してくれる良き同僚、そして貴重な人物だ。替えの軍服を持ってきたということは、そういうことだ。軍人である名前は、ほぼ毎日軍服で過ごしているが、本格的な戦争の時は”それなり”の服に着替える必要がある。今、軍服が支給されるということは、そういうことだ。

「やめろ、ひっつくな」
「ロキって本当に真面目だよね……ありがとう」
「どうせお前のことだ、なんにも説明されてないんだろ」
「でもおかげでロキたんと会えたよ~~~」
「やめろその呼び方」

貴族出であるロキは士官学校に通う必要はなく、英才教育が帝都で施されていた。故に苦労せずとも将来、将校になることが確約されているのだが、彼のプライドがそれを許さなかったらしい。

「掃討戦だそうだ」
「うわ……テンション下がるね」
「新米の兵士も多く参戦する……それに、新しい魔導兵も」
「ふうん……前博士が言ってたやつかな……新型作ってるって言ってたっけ」

新型の魔導兵は、シヴァ討伐後に開発が進められたもので、今までの魔導兵より数十倍性能がいいらしい。ただし、暴走する恐れがあるためまだまだ改良中だと資料で名前は見たことがある。

「そういえば、ロキは初めて人間と戦うのかな?」
「お前もだろ」
「うーん……そうだねぇ、人を殺すのは初めてになるのかな」
「ビビっているのか」
「……多分」

凶暴なシガイや野獣を相手には今まで何度も戦った事があるが、秘蔵っ子だったというのもあり、名前が対人間で前線に来るのは初めてのことだった。それは若き大佐であるロキも同様で、真面目な彼は名前の様子を見がてら来てくれたというわけだ。

「宰相の秘蔵っ子なんだろ」
「その言い方やめてよ……秘蔵っ子が死ぬほど雑用を任されてこき使われる存在っていう意味ならあってるけど」

極悪非道なアーデン宰相から日々受けるパワハラに名前は耐え続けているが、正直他の人ならば絶対に耐えられないだろうと断言できる。ロキだったら…胃袋に穴が空いて軍を辞めているに違いない。ロキは、名前の正面に腰を下ろしのぞき窓から地上を見下ろした。いつの間にかに出発していたようだ。

「生き残れるかなぁ……」
「最悪の演習で唯一生き残ったやつがいうセリフか?」

ロキの言葉に、名前は笑う。

「宰相も悪い人だよな、わざとお前を連れ回して」
「え?そうなの?」
「気づいてないのか……まぁ、らしいといえばらしいな」

確かに、別についていかなくてもいい場所にも付いてこいと言われることはほぼ毎日と言っても過言ではない。今回みたいに別々で行動するほうが今となってはレアのような気もする。宰相が話を聞くだけなのに、後ろで待機をしなくてはならない。正直、隣の部屋で休んでても別に問題ないのでは……と考えたことは何度もある。一応、護衛官も兼ねているのでそれの意味合いもありそうだが、そもそもアーデン宰相自体がとんでもなくお強いので護衛官なんて必要ないのでは……と最近ではよく思う。他の人は気がついていないのかもしれないが、あのひとは色んな意味で”異質”だ。なんとも言えない”気配”をアーデンから感じることがあった。まるで、何者かが内側からこちらを覗き込んでいいるかのような……皮膚の内側に無数の気配を感じることもある。あの人は一体”何者”なのだろうか。きっと、ロキだったら気になって眠れなくなってしまうだろう。自分自身が異質だったので、そこまで深くは考えていないが、アーデンが突然現れて突然消える現象だけはとても気になっている。

宰相の事は謎が多く、こんなに近くに居てもわからない事ばかりだ。イドラ皇帝ですら把握していないことは多いのではないだろうか……

 

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Published in追憶の日