<上司>
集会が終わり、ケフカ様の後についていこうとしたとき先ほどの上司に呼び止められた。表情はとても深刻だ、嫌だ、そんな顔をしないでったら。
「…雑用係は今のところお前だけだ、ケフカ様のご機嫌を損ねるような真似だけはするなよ」
「……つまりただの雑用係じゃないと」
「あぁ、この隊の中でも最も過酷な職だ……ここだけの話、ケフカ様のご機嫌を損ねて死んでいった者たちは数多くいる。お前が来る前にいた奴もすぐ首にされ、処刑されたよ」
「……うわぁ」
おれ、まじでそんな職についちゃったの?ジョブチェンジは可能ですか?できれば遊び人希望です。
「それっていつ頃の話で…?」
「2ヶ月ほど前のことだ」
「ケフカ様が直接手を下したんですか?」
「違う……それはティナ・ブランフォードが行った」
あぁ、これで合点がつく。あの日おれが掃除したのはおれの先輩だったんだ。と、思うとすんげぇ恐ろしい事をしていたんだなと思う。まさか掃除していた相手と同じ立場になろうとは。これはきっと、その人の呪いだろう…やべぇ、おれ呪い殺される……オワタ……
「……だから、せいぜい気をつけろよ」
「わかり……ました……」
「あまり気を落とすなよ、まぁ……任は過酷であれ、それなりに名誉なことなんだ、陛下のお傍にもいられるし、直接命を受けることだってある」
「……ははは……そりゃ、すごいですね」
「笑い事じゃないぞ」
「……ははは」
これを、笑わずにはいられないだろ。人っていうのはとんでもない状態になるとただ笑うことしかできなくなるんだとか。これは人間の防衛本能らしい。防衛本能をフルに発揮したおれは重たい足取りでケフカ様が怒らないうちに足早へ後を追う。そうか、おれの部屋って………ケフカ様の隣の部屋…じゃん…?おれオワタ、おれの安眠オワタ、つーか、永眠?
「何をぼさっとしているんです、そんなにこの部屋が珍しいですか」
「えっと……その、まぁ……珍しい品々があって…」
「ふん、これは趣味でしてねぇ、奇麗でしょう?」
豪華な棚に並べられたそれを見ておれは生唾を飲み込んだ。これって人の目玉…じゃん、なん…だと…?
「ははは…その、この目玉って…」
「私に反抗した者たちの目玉ですよ、あいつらの最後は醜いものでしたが、目玉だけは奇麗だったんで取っておいてあるんですよ、爽快でしょう?私に刃向えばどうなるか分かっていると言うのに……最後の姿は目玉だけですからね、ホワーッホッホッホ…笑いが止まらん!」
とんだ趣味をお持ちで。おれは自分の頬が引きつるのを感じた。駄目だ駄目だ、ここでご機嫌を取らなくては……
「ははは……その…えっと……はい、おれもこうなっちゃうんですか…?」
「刃向う気ですか?刃向えばそうなりますねぇ…あ、でもお前は貴重なモルモットですから、そうはなりませんよ、安心なさい」
「…そんな、刃向いませんって、ジョークがきつすぎますよ……ははは……」
「私はジョークが大っきらいです」
おっと、おれ死亡フラグ?もう死ぬの?おとん、おかん…もうすぐそっちに行くからね……待っててね……
「喉が渇きましたねぇ」
つまり、茶を用意せぇと。おれは場所を把握していないそこで慌てながらもなんとか茶を用意した。行商人だったから、こういうのは得意なんだよね。時々その町のお偉いさんに茶をもてなしてたりしてたから。
「……なんだ、こういう才能もあったんですねぇ」
「ははは……ありがとうございます、行商人してたんでこういうのは慣れてて」
「お前の事なんてどうでもいい、うん、美味しいお茶ですね……」
おれ、もう挫けそう。助けて誰か、助けてレオ将軍。
「何をぼさっと立っているんですか、早くこの書類を処理しなさい」
「えっと……この山を…?」
「あたりまえでしょう、前の雑用係が死んでからは一切手をつけていませんでしたからねぇ」
拷問大会、はじまるよー☆
おれ死んじゃいそう。もう書類に目を通してケフカ様に言われた通りそれをまとめ上げて行く作業をもう3時間も行っているが、一向に山は減って行かない。むしろ、おれが来たことをいいことに更に増え続ける山。事務仕事ってさ、案外力を使うんだよこれが。レオ隊のきっつい演習が生易しく感じるぜ……しかも、次々に現れる奴らの話をちゃんと聞いていないのか、後からおれに聞いてくるケフカ様。お願いだから人の話は聞いてよ、おれ、これで手いっぱいなんだからさ。そんな訳でどこかの国の聖徳太子のような状態になっているおれ。駄目だ、心がくじけた。
2人の心配なんてしてる暇さえ与えてくれないケフカ様。ほんと、この人の部下になったこともないような奴らが愚痴るなんてお門違いだ。一度雑用係になってみればいい、そうすれば、よくわかるはずだ。あいつらのはただの子供の言分。
おれが山を片づけやってくる人達の話に耳を傾けている間も、ケフカはゆったりと椅子に座り紅茶をすすりながら読書タイム。おい、おまえ仕事しろよな。しかも茶のお代わりよこせだの、茶菓子を用意しろだの。それってメイドの仕事じゃねぇの?
ようやく休憩時間をもらい、おれは遅れた昼食を取るために食堂へ向かった。食堂はがらがらで、おかげで一番好きな窓際の席を確保。ここっていつも先輩達が陣取ってるから座れないんだよね。疲れた後のこの時間がまたたまらない。恐らく、ここにいて一番安らげる時間と言えばこれくらいだろう。メインディッシュのビーフシチューを食べ終え、コーヒーで一服していた頃、誰かが隣の席にやってきた。
「失礼するぞ」
「はい、どうぞって……セリス将軍!?」
「……久しぶりだなアデルバート、元気にやっているようじゃないか」
「……元気に見えます?」
「あぁ、少なくとも戦場に行っていないからな」
それは嫌みですか、嫌みなのですか?でも、セリス将軍は確かにあまり元気そうには見えなかった。首や頭、腕には包帯が巻かれていてシップの匂いがした。
この人が戻って来たっていうことは、あの子も戻ってきたのだろうか。
「……その、お疲れ様です」
「……あぁ、今回は少々きつかった、向こうも死に物狂いだからな」
「ですよねー……」
「陛下から聞いたぞ、ケフカの雑用係になったとか、せいぜい死なないように頑張るんだな」
「……あはは、はぁ……ですよね、でも今までおれ殺されかけてましたよ、書類の山を片づけるので……おまけにお茶を用意しなくちゃなんないし茶菓子も調達しなくちゃならないし、来た人の話を聞いておかなくちゃいけないし、それをメモしてケフカ様がいつ聞いてきてもいいようにしなくちゃなんないし……」
迸るおれの愚痴。というかこの人将軍なんだよね、やべぇ人に話しちまったな。だが、セリス将軍の反応は意外だった。
「あぁ、ケフカという男はそういう人間だ。今まで何人もの雑用係が入れ替わってきたが、どれも何日も持たなかった。これからが正念場だ、頑張れよ」
「……あ、ありがとうございます」
「その…ケフカは人を使い捨ての駒としか思っていない、お前はまぁ、魔法剣が使えるからそこまで酷い仕打ちはされないだろうが、だが気をつけろよ、あいつはお前に目をつけている、ティナのようにならないようにしろよ」
「―――あの子、一体どんな目にあわされたんすか?」
「知らないのか、操りの輪だ、あの男が発明した……人の心を支配する道具だ。ティナは数年前にそれをつけられ、今やケフカの操り人形。お前がそうならないとは、言いきれないからな」
なんたって生まれた時から魔法を使えたらしいからな、とセリス将軍。やっぱりあの時あの力を使わない方がよかったのかも。ぺーぺーでいた時の方が幸せだったのかも。そうすりゃ、ある程度金がたまってとんずらこけたかもしれないのに、今じゃそれができないからなぁ。なんとなくだが、おれが逃げたらあの人は絶対に追いかけてきて、とっ捕まえられてその操りの輪ってのをつけられるに違いない。それだけは勘弁願いたい!
「そういえば、ティナって子も戻ってきたんすか?」
「あぁ、今治療中だ」
「……そんなことになってたんですね」
「レオ隊と入れ替わったが、そろそろ潮時だと思う、今回ばかりは兵士たちの疲労が凄まじいからな」
「……あの、ハートとクルセルは元気にしてますか?」
「あの2人は無事だ、友達なのか」
「はい、まぁ…」
「そうか、いい友を持ったな……彼らも、お前の身を按じていたぞ」
「そうっすか……2人が元気そうで良かった」
今、とてつもなく泣きそうになったぞおれ。あいつらも大変なのに、おれのことをおもってくれているなんて……なんていいやつらなんだ!あいつらも頑張ってるんだ、おれもここで弱音を吐いてちゃ駄目だよな。おれにはおれの戦場があって、あいつらにはあいつらの戦場がある。互いの戦場で勤めを果たそうじゃないか。
「あの、話は変わるんスけど、どうしてケフカ様ってメイドを雇ってないんですか?レオ将軍のところにはいたのに……」
あぁ、その話かと突然表情を曇らせたセリス将軍。やっぱり何かあったんだ。
「この話はごく一部の者しか知らない、この話は他言無用だ…聞かなかったことにして聞いておけ、お前のためにもなる」
「は、はぁ…」
聞かなかったことにして聞くってすごく難しい言葉だな、つまり、どういうことだってばよ?
「もう何年も前の話だ、魔導アーマーが完成する前、ケフカもメイドを雇い身の回りの世話をさせていたんだ、だが、ある日ケフカの食事に毒が盛られていた。ケフカはメイドたちを焼き殺した……これで、わたしが言いたいことは分かるな?」
「つまり……それがトラウマだと?」
「トラウマ?違うな、ケフカのせいで罪もない女たちが死んだのだ、これは大事件だ。彼女たちはれっきとした帝国の人間で、陛下に忠誠を誓っていた者たちだった。後で調べ上げ、真の犯人はリターナーのスパイであることが判明した。もちろん、リターナーの居所を吐かせるために拷問したが結局奴は何も語らず無残な死を遂げた」
だから、雑用係が誕生したと、つまりそういうことっすね。
「ケフカの好き嫌いは激しいぞ、お前が選ばれたということはお前がそれなりに気に入られているということだ……だから気をつけろよ」
「……心得ました」
死んでいった先輩達が見つめているあの部屋で仕事をするのは実に居た堪れないのだが、そこが職場なので仕方がないだろう。流石にケフカ様の趣味には口出しできないし。短い昼食を終え、怒涛の書類ラッシュに追われ、その最中も夕食を運び……というか、どういうわけだか、おれも同じ部屋で食事することになったんすよね。あれか、毒が入っていないかまだ心配なんだな。
「―――まったく、どいつもこいつも使えない奴ばかり、屑の屑ばかり!」
「そ、そうですね……」
「実に腹立たしい、無能な奴らがのうのうとしているだなんて、私はこんなに忙しいというのに」
一体、あれのどこが忙しいので?とは流石に言えなかったよね。