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滑降/01

<水都マティウス>

「―――であるからして、我々は此処を攻める…」

ここ、水中都市国家マティウスの中心部、マティウス城では朝から作戦会議が行われていた。これから起こるであろう、大きな戦争に備えて。

「国の防衛はどういたしましょう?」

「問題はない…ベン殿が既に手をまわしている」

「そうでしたか…では、問題は無いようですね」

この国の警備は全て、クラーケンという魔物に任せてある。そのクラーケンに指示をするのがこの国のトップ3に入る人物、ベン・クラーケン。彼の得意とする生物研究の賜物もあってか、他国がここに侵略してきたことは一度もない。だが、これから起こるであろう戦争ではそれが懸念されているのだ。

「クルト王子…よろしいですか?」

「…何だ」

この国のトップ2であるクルト王子、その名の通りマティウスの王、グスタフ国王の息子だ。齢は22だが、流石は国王の息子なだけあってかカリスマ性抜群の男である。彼を補佐しているのが大将軍アッサム。アッサムは王子より年上で、昔から王子の世話係を務めていた。

「ベン殿が新開発した例の兵器は導入予定でしたか?」

「あぁそれか…私も国王には申し出たが、実験も兼ねて導入するそうだ。」

「…左様でしたか、ですが、もしも例の兵器が暴れ出しましたら、どのように対処をすれば…」

「ふん、その心配には及ばないだろう…ベン殿の秘密兵器がある。まだ皆には伝えてなかったが、アレの実験が成功したそうだ…例の兵器が暴れ出した奴に始末させればいいだけのこと。」

「奴…とは…」

「後日お前たちに見せてやろう。では、部隊の編成を再確認する――――」

と、その時重たい扉が開き、1人の少女が現れた。長い水色の髪が特徴的な少女は、会議室に静寂をもたらす。

「―――後日紹介するつもりではいたが…先にベン殿が手をまわしてくれたようだ。彼女が本日から私の補佐官の1人になる…」

名前・クラウンだ。

その名を聞き、兵士たちはどよめく。こんなに小さな少女が?戦地へ行くと言うのか?しかも、クラウンの名を持つ子…ということは、この子はベンの娘ということになる。ベンに娘などいただろうか。アッサムは大勢の男たちに視線を向けられ、居心地悪そうにしている少女を見つめる。あの子がそんなこと、できるのだろうか。ベン殿の行動は自分なんぞの者がどうこう言えた立場ではないが…

「一体、何をお考えで…」

「っふ、アッサムよ…この娘はただの娘ではない…ベン殿の最高傑作だ…」

人を作品として扱うのに、アッサムの良心は痛んだ。10歳ちょっとの少女に、ベン殿は何をしたというのだろうか。もしかしたら、彼女はこの国最大の犠牲者なのかもしれない。

「これこれ…名前、こんなところにいたのかい」

「これはベン殿…」

「すまないね、うちの娘が迷惑をかけたようで―――」

長い黒髪を一つに結び、無精ひげを生やしたこの男こそこの国の中枢と言っても過言ではない、クラウン家の当主、ベン・クラウンだ。彼らクラウン家がいたからこそこの国は誰にも侵略されることなく、帝国に次ぐ最強の国として君臨している。恐ろしくもあり、偉大なるお方だ。

「いいえ、そのようなことはありません。ちょうど、皆に今回の作戦を伝えていたところでしたので。」

「ほう、例の?」

「はい、明後日出軍予定です。」

「グスタフから聞いた通りだな…そうそう、例の生物兵器、名前を決めたんだよ―――」

この国の君主を呼び捨てで呼べるのは恐らく、この国ではこの人だけだろう。それだけ彼に実力があるということ。この国では実力がすべてだ。地位も名誉も金も、実力で全て手に入る。この国建設以来から続く伝統のようなものだ。

「死を恐れぬ生物兵器―――ゾディアーク、どうだ、かっこいいだろう?」

「ゾディアークですか、それは素晴らしい名をお付けになりましたね。」

「はは、王子に気に入ってもらえて何よりだ…さて、奴らの動かし方だが…奴らは王子の言葉で自由自在に働いてくれるだろう。奴らは水の中でも死なないし、ヤリや銃で首が吹っ飛ばされようが死なん。しかし、こいつらには少し弱点がある…火に弱い。少し時間が足りなくてそこらへんの克服ができなかった。」

首を吹っ飛ばされても死なない…まるでクラーケンのようだ。所謂ゾンビ兵と言ったところか。どうやって作ったのかなんて、恐ろしくて聞きたくもない。ベン殿の研究所はこの国のどこかにあり、王とクラウン家の者しか入ることを許されないこの国一番の謎だ。王子ですら、そこに入ることは禁じられているのだからな…。

「一応絶対命令には従うようにしてあるけれども、何かあった時は…って、王子はこのこと聞いてたよね?」

「はい。」

「じゃ、名前とゾディアークをよろしくね。あー、もし名前が言うことを聞かなかったら僕に連絡頂戴。」

そう言い残すと、ベンは名前を連れて帰っていく。アッサムは彼女が父親に手を引かれて帰る間際、彼女と目が合う。

『ばいばい』

「―――…」

普通の子供ではないか。あんな小さい子供に、ベン殿は―――――自分の娘だというのに、何故彼女を戦地へ?何とも思わないのだろうか…。名前の視線が、昔死んでいった娘のそれと重なる。

翌々日、アッサムはクルトに呼ばれ、王子の部屋にやって来ていた。

「アッサム、お前を信頼して頼みがある…名前・クラウンを任せたぞ。」

王子には未知の生命体、ゾディアークのことがあるから忙しいのだろう。その証拠に、ゾディアーク関連の書類が机の上で山のように積み重なっている。

「御意」

「彼女は仮にもベン殿の娘だ…任せたぞ。」

「…王子、少しお聞きしたい事が…」

「何だ」

「―――いいえ、少し気になることが。ベン殿にご息女がいたなんて、初めて聞いたものですから…」

「ご息女?いいや違うなアッサム、彼にはもう一人息子がいる。今はまだ外に出られる状態じゃないそうだが、じき会うことになるだろう。他には質問は無いか、私は忙しいんだ。」

「…失礼いたします」

これも初耳だ。娘だけではなく、息子もいたとは……ベン殿の交友関係はよく知らないが、妻がいたという事実は今までにない。愛人がいたとすれば全て繋がるのだが…。だが、ベン殿は何故それを隠していらっしゃったのだろうか。もしかしたら、自分はこれ以上この件に足を踏み入れてはいけないんじゃないか、とアッサムは嫌な予感を感じた。

マティウス軍は日が昇った頃、出立した。と言っても、今まで戦争が無かった国があの帝国とたたかうのだ。兵士たちの士気が落ちているのは言うまでもない。部隊は最前に機械部隊、次に例の生物兵器ゾディアークの部隊、その次にフルアーマー部隊、その中心に王子がいて、その後ろにはアッサムの王家近衛隊、一番後ろに不思議な馬車を引いた隊がいる。この馬車の中身はまだ知らされていない。けれども、いいものでないのは想像がつく。

「…アッサム、これからどこに行くの?」

「帝国のある南の大陸だ。」

アルブルグ・マランダ・ツェンは協力して帝国と立ち向かっているようだが、いつまで持つやら。帝国は所詮一度も戦争をしたこともない国としてマティウスを見ているのか、道中奇襲に合うこともなかった。現在、王子率いるマティウス軍は巨大水中戦艦アクアマリンで敵地へ向かっている。敵のいる大陸までは、あと二日もすれば到着するだろう。

「帝国はどんなところ?」

「…マティウスに肩を並べる程に発達した国だ。」

「そこで、せんそうをするんでしょう?」

「――――あぁ、そうだ。」

12歳の子供が、戦地へ送られるなんてな…。名前は随分おしゃべりな子で、そこら辺にいる子供とあまり大差がないようにも見えるが、彼女はベンの最高傑作でもある。一体どんな力を秘めているんだ。

「わたしは、なにをすればいいの?おとうさまが言ってたの、大人の人の言うことを聞きなさいって。」

「…そうか、ベン殿が。」

「ねぇアッサム、あと何日で帝国につくの?」

「あと二日程度でつく。順調に行けば、だが…」

「そっか」

楽しみだなぁ、と呟く少女を複雑な心境で見つめるアッサム。王子にも忠告された…この娘はただの娘ではない、余計な感情を抱かないことだ、と。けれども、純粋無垢な瞳をみているとどうしても、昔無くなった娘を思い出してしまう。いいや、これはよくない傾向だ…間もなく世界を巻き込む大戦争が始まるというのに、指揮官である自分がこのような状態では。だから、彼女との会話は必要最低限度に抑えるようにしよう。

それから二日後、南の大陸に上陸すると予想していた通りの光景が広がっていた。アッサムは元マランダ国の兵士だった。帝国との小競り合いは昔から見ていたし、帝国がどんなものかをよく知っている。祖国に帰るのは何十年振りだろう、あの美しかった祖国は今どうなっているのだろうか。思いをはせる時もあったが、まさかこうして変わり果てた祖国を見る時が来ようとは。あまりの悲惨さに言葉も出ない。だが、帝国は待ってはくれない。

突如現れた他国の兵士たちに帝国の兵士たちも驚きを隠せないようだ。これは絶妙なタイミングだ、とクルト王子は兵士たちに出撃命令を下す。

「…立ち止まっては、いられないか」

「…どうしたのアッサム?」

「いや…」

荒れ果てた祖国の地を踏みしめ、アッサムは立ち向かう。これは復讐の為でもあり、全てを投げ捨てた自分を拾ってくれたマティウスの為でもあるのだから。

戦況は初めて戦う国にしては、順調だった。しかし、相手が相手なのもあり気を抜くことは許されない。新兵器ゾディアークの弱点が目立ったが、彼らの犠牲のおかげで此方の兵の犠牲は思ったより少ない。流石に3週間を過ぎた頃になると、相手軍も此方の軍もだいぶ疲弊してきた。これ以上戦ったとしても、どうにもならないのではないだろうか。王子はこのことにお気づきだろうか、相手軍と此方の軍の力が同等であることを。

「…いっぱい死んでるね」

「―――」

この子は、この状況をどんな心情で見ているのだろうか。

「…王子様が呼んでる…行ってきます!」

ベン殿が開発した通信システムは画期的だ。首輪式になっているその通信機は、俺も兵士全員装着している。もちろん、その一員であるこの少女も。どうやら王子から召集命令がかかったようだ。例の兵器が暴走をしたのだろうか。

「…気をつけろよ。」

「…?うん。」

どうか、この先彼女に幸があらんことを。

Published in滑降