<最高傑作>
生まれて初めての外は想像していたよりも凄まじかった。なんたって、次々に人が死んでいくのだから。外とはこんなにも残酷な世界だったのか。名前は赤く染まる大地を無表情で見下ろす。
でも、殺さなければ自分が死ぬ。戦場とはそういうものなんだな。外に出て、生まれて初めて知った理。何のために戦うのかよくわかっていなかったが、父の命令は絶対だ。王子に呼ばれた場所まで向かうのに、既に17人は殺している。
「ようやく来たか、遅かったが…手こずっていたのか?ベン殿の最高傑作とまで言われているお前が。」
「ごめんなさい、少しだけ手間取ってしまいました…」
「まぁいい…見たところ大した傷もなさそうだしな。このまま戦いを続けていても埒が明かんのでひとまず撤退することにした。だが、ゾディアーク部隊の一部がまだ帰還していない…そこで、お前を遣わすことにした。」
クルト王子は足元に転がる亡骸を蹴飛ばし、名前に命を下す。
「―――恐らく、一部のゾディアーク兵が捕まっている、それと複数の人間の部下が。奴らが我が国の秘密を漏らさない保証はない…奴らを……」
1人残らず始末して来い。
「…はい。」
仲間なのに、殺してしまうの?マティウスの秘密が漏れたら、何かまずいのかな?
名前は少し考えたが、王子の命令は父の命令でもある。大人の命令にはちゃんと言うことを聞きなさいときつく言われていたので、名前は考えを止め彼らの捜索を始めた。
捜索を始めて2時間が過ぎた頃、敵兵からマティウス軍の捕虜がいる場所を聞き出しそちらへ向かう。もちろんその敵兵は言われた通り殺しておいた。
どの人も驚くんだよね、どうしてなんだろ。
「―――ねぇ、うちの軍の人達そこに捕まってるんでしょ?」
彼らが捕まっていたのは敵地のど真ん中、ほかのマティウス軍は既にそこから撤退しているようでマティウス軍とは違う軍服が大勢いる。
「…何だこの娘は!」
「王…この娘でしょう、例の不思議な力を使う娘は…!」
大勢の男に囲まれているこの男が、帝国の皇帝か。名前は敵に囲まれているというのに、状況を冷静に把握する。囲まれるようにしてゾディアーク部隊10名と一般兵4名がとらわれていた。彼らは名前の登場に喜びの表情を向けるが、次の瞬間絶望の色に染まる。
「―――ッギャアアアアア」
「…な、何だと!?」
名前から放たれた黒い炎はマティウス軍の者たちを次々焼き殺していく。何故、どうして、助けてくれ、と兵の悲鳴が聞こえてくるが、今の名前にとっての重要事項は任務を無事達成するということ。そんな突然の名前の行動に敵兵も身動きが取れずにいる。
「…ごめんね、王子様からの命令なんだ。我が国の秘密を漏らさないためなんだって。」
「―――ッ」
ゾディアーク兵は悲鳴を上げることもできず消えて行く。最後に残った一般兵は敵兵の足にすがり、助けてくれと嗚咽を漏らす。不思議な光景だなぁ、さっきまで敵同士だったのに。無情の炎が男を包むと跡形もなく消えて行った。
「…貴様はッ何者だ!先ほどの術は一体…!」
「あなたはここの皇帝ね?知りたかったら自分の弟に聞いたらどうなの?」
「…っく、グスタフか…!」
ガストラ皇帝とグスタフ王は異母兄弟だと聞く。兄弟同士で戦うなんて嫌だなぁ、わたしだったら、絶対にそんなことしたくない。名前は研究所に未だ閉じ込められている弟カイザーに思いを馳せる。もう仕事も終わったし、早く帰ろう。早く帰って、カイザーに色々お話をしてあげなくちゃね。
背を向ける名前を止めようとする者は誰もいなかった。この時、ガストラは思った。弟に技術力で負けてしまったと、あの弟に追い越されてしまったと。あいつに勝つためには今以上の力が必要だ。あの娘が使っていた不思議な力、もしや魔導の力ではないだろうか。
この戦争がきっかけで、ガストラは今や失われた幻獣の研究に没頭するようになる。
戦地から帰ってきた名前には特に外傷もなく、この話が一部の兵士に広まり幼くして彼女はこの国一の戦士だと噂されるようになった。1人で危険な任務を完璧にこなした上に、生還してきた恩賞としてマティウス国王グスタフは名前に特別な地位を与えた。
地位を与えられても、何が変わるのかよくわからずただ、名前はその儀式を静かに受けていた。儀式が終わり、名前は血ぬれた服を脱ぎ捨ていつもの白い服に袖を通す。体を洗うことも忘れ、弟のいる研究所に向かって駆ける。
この研究所は通称マティウスの闇と呼ばれていて、この国一番の謎でもある。この研究所に入れる者は王族とクラウン家の他おらず、ましてやその場所を知る者も他にはいない。名前はまだ、自分がどのような存在なのか分からずにいた。
「―――カイザー!」
「姉さん…!」
5つ年下の弟は、現在も研究所を出ることを許されていない。他にも兄弟がいたのだが、生き残っているのは名前とカイザーだけだ。兄弟たちの死を何度も見ているので、名前達にとって死とはとても身近な存在で、恐れるべきものではなかった。死ねばそこで話が終わる、それだけのことだ。
「あれ、カイザー瞳の色変わった?」
「うん、おとうさまがオレに力を与えてくださったんだ!試しにオレに魔法をぶつけてみてよ!」
「え…でも死んじゃうよ?」
「死なないんだよ、これが!おとうさまが言ってたんだ!」
おとうさまが言ってたのならば、と名前は弟に魔法をぶつける。これで弟が死んでしまったら、どうしようとは考えたがここは父と弟を信じてやってみよう。
「―――ね?」
「すごいよ…すごいカイザー!思いっきりぶつけたのに!」
「こらこら、練習施設で魔法を使うことは許しても、ここでは駄目だよ。」
奥から白衣を着たベン・クラウン、彼らの父親が現れた。突然の登場に名前も目を見開き、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさいおとうさま、オレがいけないんだ。オレ…自分の力を試したくって…それで姉さんに頼んだんだ。」
「なんだ、そういうことかい…それならいいけれども、次からはちゃんと練習施設で行うんだよ?」
「はい…!」
「ところで、カイザーに魔法は効かなかっただろう?」
「は、はい…魔法をぶつけたとたん、消えちゃいました…」
「くふふ…そうか、実験は成功したんだな、父さんはうれしいよ…」
カイザーに与えた力は、魔法を無効化する力だった。カイザーには魔導の力が効かないことを研究途中で知ったベンは、カイザーのその体質に改良を加えたのだ。これからも、ずっとあの力を注入し続ければ、彼らは最強の兵器となる。ベンは小さく笑みをこぼす。
「君たちは…実に、自慢の傑作だ…期待しているよ。」
父が笑っている姿が見たくて、名前達はその後必死に辛い実験を耐えた。あまりの痛みで眠れない日が多かったが、その分父は喜んでくれた。父が喜んでくれれば、それでいい。
しかし、ある日国に凶報が入る。その凶報はグスタフを怒らせるには十分だった。
「…何、何故情報が漏れた?」
「も…申し訳ございません!」
別にこの人がばらした訳でもないのに。名前は無表情で縮こまる兵を見つめる。
「―――ベン、奴らに情報が漏れてしまった、君ならどうするべきだと思う?」
「別に泳がせておけばいいんじゃないかな?それに面白くなるだろう?奴らも魔導の研究を極めればこの子たちのような存在が生まれる…魔導研究の結晶とのぶつかり合い…狂気と凶器の衝突―――きっと、歴史に残る戦いになるだろう…」
ベンにとっては、機密情報が漏れたことすら楽しいようだ。予想外の反応に報告しに来たアッサムは戸惑う。その隣にいるクルト王子もぽかんと口を開けている。
「…っふ、流石は我が友…こう言う反応を返してくるとは…わしも予想していなかったぞ。ともかくそういうことだ、分かったのならばさっさとこの部屋から出ていけ。」
「―――っは!」
「では、父上、ベン殿…失礼いたします。今後このような不備が無いよう、部下にはきつく言っておきます。」
「うむ。」
怒ったと思えば突然笑い出す。よくわからないなぁ。
「名前・クラウンとカイザー・クラウンの方は順調か?」
突然声をかけられたが、どうやらベンに話しかけているようだ。
それもそうだよね、王様が直々に声をかけてくるなんて滅多にないから。
「くふふ…順調も何も、最高さ!このまま行けば―――全大陸が我々にひれ伏すだろう。」
「そうだな…我々を止められる者はもはやいないだろう、あの古狸どもは全て処刑しておいたし、な。」
この国には、この国創立以来から王に仕えていた10人の元老院がいた。その元老院達は、現在の王グスタフが君主となってからすぐに全員処刑された。そもそも仲の悪かった帝国とマティウスだったが、前国王が亡命してきたグスタフのカリスマ性に惚れ込み、次期後継ぎとした時から内戦は始まったのだ。しかし、その内戦の最中前国王は病で倒れ、グスタフが新国王となった。国王としては異例の若さだったが、民たちはグスタフのカリスマ性と政治力を認め、グスタフの支持率は常に100%。
反グスタフ勢力はあっという間に処刑されていったが、数名の反グスタフ勢力者達はどこかへ逃亡したと聞いたことがある。噂ではリターナーという組織に流れ込んだとか。しかし、王は所詮弱者勢力などと、と目も向けていない。
その後、何度も帝国と衝突したが勝敗は未だにつかない。第一次戦争から6年が過ぎたある日、名前とカイザーが初めて2人で戦いに出ることになった。名前は最初の戦争以来戦いに出ていなかったので(実験がしばらく続いた為)少しワクワクしていた。名前18歳、カイザー13歳のときである。
「カイザー、ようやく一緒に戦地に出られるね。」
「あぁ、オレこの時をずっと待ってたんだ!」
「へへ、楽しみだね!」
「おう!」
穢れを知らぬこの姉弟たちは、この戦争でも大いに貢献することとなる。今回の配置はアッサムの隊にカイザーが、王子の隊に名前ということに決まった。姉弟が離れ離れになるのは寂しかったが、これは主人である王と父が決めたことだ。
「姉さんは魔法が使えるんだろ?羨ましいなぁ。」
「カイザーは魔法が効かなくても使えないもんね。」
「オレも使えるようになりたいなぁ~~おとうさまに何度も頼んでるんだけど、実験は痛いばかりで特に変化はないんだよなぁ。」
「そうなんだ…わたしは使える魔法が増えたよ。でも、回復魔法は使えないんだ。おとうさまが言うには、わたしの体質には合わないんだって。」
「へぇ、そうなんだ。」
「だから、怪我しないようにね?」
「へへっ、オレ怪我してもすぐ治るからだいじょーぶだよ!」
名前は攻撃魔法に特化していて、魔力回復も早い。その半面、防御力が少し弱いというのが難点だった。その分弟のカイザーは魔法無効化に加え傷や体力の回復も早い。
「じゃ、また後でね」
「おう!」
血の匂いがこびり付いた大地に再び足を踏み入れる。今回はどれくらいの人間を殺せるだろうか。名前は小さく笑みをこぼす。