<その花の名は>
日の昇りきらぬ大地に悲鳴と兵士たちの怒号が地響きとなって、それが合図のように戦いが始まる。ゾディアーク兵は以前よりも格段に力がアップし、炎を受けてもそう簡単には倒れないようにはなった。以前よりもゾディアーク兵の割合が増え、一般兵はその後ろにいるといった感じだ。名前はクルト王子の隣でそれを静かに見つめる。見つめていると、10名程の敵兵がゾディアーク兵に囲まれ悲鳴を上げながら苦しみ悶えている姿を発見した。
「っぷ…あはは、面白いなぁ。」
「―――化け物め」
王子の呟いた言葉は、ゾンビ兵に向けられているのか、はたまたそれを笑いながら見つめている名前に向けられているやら。
「そろそろお前も出陣しろ…」
この化け物が。
王子の声は名前の耳に入ることはなかった。対名前の事も考えたあったのか、敵兵は不思議な盾で名前の魔法を跳ね返す。
流石に6年も過ぎれば、戦いも難しくなるか。けれども、名前はどこからか沸き起こってくる高揚感を抑えることができなかった。
戦況は以前戦った時とあまり変化はなく、相手もそれなりに力を蓄えていたようだ。戦いに熱中していたせいで、王子の隊と離れ離れになってしまった名前は1人、敵陣のど真ん中に取り残されていた。向かってくる彼らを魔法で焼き殺し、血の道を作り上げていく。戦いの最中、通信装置も壊れてしまったためにマティウス軍の誰とも連絡が取れずにいた。カイザーは無事だろうか。
「…お前は…」
「―――あなた、だあれ?」
日も暮れ、夜が訪れようとしていた。兵士たちの声は随分遠くから聞こえてくる。そうか、こんなに離れた場所まで来てしまったのか。不思議な化粧をした男は名前の姿を見つめ、何か思い出したのか突然声を上げる。
「お前は例の…しかし、成長したのか…」
「まぁね、あなた、ところでどこかで会った?」
「忘れたか、お前が我らの陣中に単身で乗り込み、お前の仲間の兵を殺して行った…だが、おかげで我々は重要な情報を得ることができた、お前には感謝をしなくてはな。」
そんなこともあったっけ?でも、昔のことってあまり覚えてないんだよね。どんどん、記憶が薄れていくんだよね。名前は不思議な化粧をした男を見上げる。
「…俺の名はケフカ・パラッツォ」
「ケフカって言うんだ。」
「お前の名はなんだ。」
何故この男が自己紹介を始めたのか、分からないが全てはこれがきっかけだったんだと思う。
「名前・クラウン…」
「そうか、ならば名前―――俺と戦え。」
「わかったわ…」
こんなやつ、魔法で消し去ってやる。そう思ったが突然相手も魔法を使い始めた。どうやら魔法をつかえるのはわたしだけじゃないみたいね。お互い似たような感じだし、ちょっと戦い辛いかも。ケフカと名前の2人だけの戦いは星空のもと、行われた。戦いづらい相手だったが、魔力の関係か此方の方が少々有利だった。が、ずっと戦い続けていたのもあって続きはまた後日、ということになった。
敵と戦い、殺せなかったのは生まれて初めてだ。
陣地に帰ってきた名前は王子に散々叱られたが、カイザーが無事だったので叱られたことなんてどうでもよくなった。カイザーは無傷で陣営のテントの中で名前の帰りを待っていたようで、名前の無事を確認したとたん泣き出してしまった。やっぱり、カイザーはまだ子供ね。
「カイザー、なんでそんなに泣いてるの?」
「え、俺泣いてた…?」
「うん。カイザーが泣いてる姿なんて初めて見たよ。」
「そっか…これが涙ってやつなんだ…どんなに傷つけられても泣いたことなかったのに…」
「どうして…なんだろうね?」
「―――わからない、ただ、姉さんの消息が不明だって聞いて…それで…」
「不安だったんだね、ごめんね。」
この姉弟は様々な感情が欠陥していた。これも、長年続く実験の副作用と言えるだろう。生まれて初めての空の下で、カイザーは生まれて初めて胸の痛みを知った。
少し落ち着いたカイザーに、名前は戦地で出会ったある男の話をしてやった。姉以外に魔法を使える人間の存在にカイザーも興味を示す。
「へぇ、姉さん以外にもいたんだ…」
「うん…わたしね――――」
生まれて初めて、戦いってこんなに楽しいものなんだなって思ったんだ。
血の赤に染まる大地で、姉弟は笑い合う。
穢れを知らない姉弟は、翌日も多くの命を奪っていた。戦争は1カ月続き、此方も随分と疲弊してきたために一時撤退することとなった。向こうの兵も既に撤退を始めている。撤退の間際、再びあの男と遭遇した。
「ケフカ…だっけ?結局決着つかなかったね。」
「あぁそうだな…次こそは俺が勝ってやるからな。」
「こっちだって負けないんだからね?」
敵同士なのに、それは異様な光景だった。お互い笑い合いながら背を向ける。
ケフカが魔法を使えるという情報はあっという間にマティウス軍に広まっていった。もちろん、王やベンの耳にもそれが入る。
王座でグスタフは書類を片手に小さくうなり声を上げる。
「ふ…あの兄があれの実験を始めたか…工場を今すぐにでもつぶしに行った方がいいんだろうが、つぶせばベンの機嫌が悪くなるからな…」
「父上、このままでは埒が明きません…すぐさま奴らの工場をつぶしにかかった方が…」
「それも一理あるな。だが、我々はベンの協力なしではこの戦争に出ることもできない…それに、あの男の考えは実に面白いものだ。我々が帝国を下せば周りの国も我々に頭を上げることはできなくなるだろう?だから、帝国をつぶすことこそが最優先。しかしベンの意見も取り入れなくてはならん…ベンは新たな兵を試行錯誤中だと聞く。」
これでは、ベンに王が従っているようではないか。クルトは内からこみ上げる感情をなんとか抑え、父の話を聞く。
「―――死んだ兵士たちの死体は有効活用しなくっちゃね?」
突然奥の部屋から現れたベンにクルトは驚く。この人は、今なんと言った?
「死んだ兵士も貴重な人材だ…惜しくも亡くなってしまったが、彼らの肉体は僕が既に実行しているある計画の被検体になっていただいてるよ……ゾディアーク兵はベースが魔物だからね、今度は人間でそれをやってみようと思うんだ。」
人が踏み入れてはならない領域に、この人はいるんだ。この時、クルトはベンがとても恐ろしい人物に見えた。いくらなんでも、死んだ兵士たちの体をも実験に利用するとは。人とは思えない行為だ。だが、こんなことを口にすればいくら王子といえども自分の命はないだろう。クルトは感情を表に出さぬよう、それは素晴らしい、と小さく答えた。
「あー、ところで僕の最高傑作どうだった?以前よりも強くなっていただろう?」
「彼らのことですね…はい、それはもう素晴らしい働きを見せてくれました。」
敵味方の兵の亡骸の上で、血に塗れながら笑みを浮かべる彼らの光景が蘇る。あれはもう、生まれながらにしての化け物だ。ゾディアーク兵と大して変わらない。化け物の父親もまた、化け物か。
「それはよかった、でも気をつけたほうがいいよ王子様、あの子たちがもっと力をつければ、君の地位をも奪われかねないだろうからね?」
どうしてそれをわざわざ自分に言うのだろうか。それは、特に功績を上げていない自分に対しての侮蔑の言葉だろうか。
「さて、そろそろ本題に入りたいんだ、邪魔者は消えてくれる?」
「…ということだ、クルト。」
「っは…失礼いたしました。」
父上がどんどん奴に穢されていく。クルトはそんな気がしてならなかった。廊下を歩いていると、丁度タイミング良く名前姉弟が横切る。何かの話に熱中しているため、王子である自分の存在にも気がついていないようだ。
「―――おい、上官であるこの私を素通りとはいい度胸だ…流石はクラウン家の者だな。」
あのベンの様子からして、彼らが本当にクラウン家か疑わしい。もしかしたら、死んだ兵士たちが実験台になっているように、彼らのどこからか連れ去られた子供たちなのかもしれない。
別に当たるつもりはなかったが、その日からクルトは彼らに対する態度が冷たくなった。
「―――あ、クルト王子様…すみません、俺、無視するつもりじゃ…」
「ごめんなさい、王子。」
ふん、態度も何もかもが気に入らない。こいつらが私の地位を脅かす?馬鹿馬鹿しい。
「―――行動には気をつけろよ、お前たちがどうなるか、上司であるこの私が握っているのだからな…ベン殿は戦地には赴かない、そのことをよく頭に入れておけ…。」
あんなガキ共に、この私が劣るとでも…?
魔導の力ってのは、そんなに素晴らしいものなのか?
―――私は、魔導の力なんぞに頼らず、己の手で勝利を収めて見せる。
クルトは2人を睨むと自室へと戻って行った。自室には既にアッサムが控えている。この男にも聞かねばならん、あの姉弟の脅威を。
「―――アッサム、お前だからこそ話しておきたいことがある…」
「はい、王子。今回はどのようなことで…」
この男は自分が幼い頃からずっと一緒にいた奴だ。この男以上に信用できる者はこの軍にはいない。数多くの功績も、この男がいたからこそだ。
「例の姉弟についてだ…あいつらは、私の地位を脅かすとベン殿が言っていた…」
「なんと、いくらクラウン家だとしても次期後継者であるクルト王子に…!」
先ほどの話を伝えると、流石のアッサムも頭に来たのか怒りで声が震えている。やはり、こいつに話しておいてよかった。
「あの姉弟は危険だ…今後、奴らの警戒は怠るな。もしかしたら、我々だって奴らに殺され兼ねない。あんな不気味な魔導とかいう力、何故父上は求めていらっしゃるのだ…?」
もうとっくの昔に滅んだ力だ。滅んだということは、それなりに理由があるからということ。何故負の歴史を呼び起こす必要があるのだ。
「…クラウン家はマティウス最大の謎であり、マティウスの闇です…我々が入る領域ではありません…。」
確かにそうかもしれない。だが、このままクラウン家を野放しにしていいのだろうか?この国の支配者は誰だ?ベン・クラウン?言いや違う、我が父上―――グスタフ王だ。この国の善政は誰が敷いた?我が父上だ。ベン・クラウンは国を守っているに過ぎない。この国の周りを徘徊しているあのクラーケンだって、いなくともなんとかなるはずだ。
帝国さえつぶしてしまえば、どの国も攻めてくるはずがない。父上は望んでいた、帝国をつぶすことを。兄ガストラの死を。
「―――アッサム、我々の手で…帝国をつぶすぞ。」
「勿論、そのつもりで。あの姉弟のことはいかがいたしますか?」
「ふん、勝手に泳がせておこうとは思っていたが…少し手を打たねばな。だが、この事が父上やベン殿にばれると少々厄介なことになる。何か良いアイディアが思い浮かび次第、報告しろ。」
「御意…」
アッサムは部屋を出た後、しばらく考えに耽った。あの姉弟をどうするか…確かに、このままいけば我が主人クルト王子の地位をも脅かしかねない。自分を拾い、再び騎士としての道を切り開いてくれたのはクルト王子だ。自分の人生はクルト王子の為にある。どうにか恩をお返しせねば。
アッサムはマティウス城にある、歴代兵士たちの墓場に来ていた。ここは水の中でしか花をさかせないアクアブロッサムという神秘的な花が咲き乱れる神聖な場所。この国を築き上げた英雄たちの英姿が語り継がれている場所。この場所の少しはずれにクラウン家の墓がある。しかし、まさかその場所に今彼らがいるとは知らず、アッサムはその地に足を踏み入れた。もしかしたら、クラウン家の秘密がわかるかもしれないと思って。
「―――あ、アッサム将軍だ…!」
「あ、ほんとだ!」
「君たちは…ここで何をしているんだ。城の中を歩き回れるようになったとは言え、ここは城から随分外れた場所にあるんだぞ…ベン殿に叱られるぞ。」
なんたって彼らはベン殿の最高傑作。
上司である王子からも邪険に扱われ、父であるベンからも作品扱い。この子たちも、この国の被害者なのか。先ほどまで沸き起こっていた感情が嘘のように消えて行く。自分は、今さっきまで恐ろしい考えをしていなかったか?
「将軍、怪我のほうは大丈夫?」
「あぁ…」
自分の娘も、生きていたらこれくらいの年になっていただろう。
「王子様は怒っていた?オレ達、頑張ると何故か王子様に怒られるんだ…。」
「うん…この国の為に、頑張ったつもりなんだけど…まだまだ頑張りが足りないのかな?」
この子たちは、本当に純粋無垢だ。できることならば、クラウン家の手の及ばない場所で2人で子供らしく生きていてほしい。けれどもそれはこの国で最も叶わぬ願い。どんな願いもマティウスに来れば叶うと民の間では語り継がれているが、これほど残酷な運命を背負った子供たちは他にいないだろう。
「…いいや、王子は君たちの働きに期待をしているよ…ただ、最近仕事が忙しくて、な。」
「…そっか、ならよかった…オレ、王子様に嫌われちゃったらどうしようかと思って。姉さんと離れ離れになるのは嫌だから…。」
普通の子供なのに、ベン殿はどうしてこうも彼らに重荷を背負わせたがるのだろうか。この子たちは、このまま大人になって…そして…
「この場所、奇麗でしょ?花の世話はわたしたちがしているんだよ?」
「そうか…それは初耳だ…花の世話は好きなのか?」
「うん、オレ達奇麗なのは大好きだよ、研究室では色んな花を育ててるよ。」
それは初耳だ。研究室にそんな場所があったなんて。
「っし、駄目でしょ、研究室の事を他の人に話したら。」
「え、あ…そうだった…今のは忘れてください…」
「ははは…わかった、聞かなかったことにしよう。君たちと俺の間だけの秘密、だな。」
「…うん!」
本当に、こんな普通の子供たちがあの戦争で功績を上げたというのか。多くの命を奪ったというのか。もし彼女らが自分の子供ならば、絶対にそんなことはさせない。
この国一の狂気は、ベン殿――――か。この感情を抱いてしまった以上、後戻りはできない。しかし、王子の為にもこの状況をなんとかしたい。
彼らがこの国から逃げられれば、いいのだろうか?
だが、もしその事がばれれば王子の身に何が起こってもおかしくはない。グスタフ王はベン殿に一番信頼を置かれている。どうしようも、ないというのか?
アッサムは姉弟から受け取ったアクアブロッサムの花束を自室の花瓶に大切そうに飾る。どうか、この花のように彼らも穢れぬままでありますように。