<道化師と将軍>
ねえ姉さん、オレあの人苦手だな。
研究所に帰ってきたカイザーは愚痴をこぼす。どうして、と聞いても曖昧な返事しか答えないカイザー。
「分からないんだよね…ああいう人、初めてだから…」
「そっか…カイザーはアッサムとそんなに話した事がないからね。」
「姉さんは最初の遠征で知り合ったんでしょ?」
「うん…まぁね。アッサムは…確かに不思議よね、わたしも、アッサムみたいな人初めてだったよ。他の人とはなんか、違うよね。」
「うん…」
未知なることとは恐怖だ。ベンに教育されたカイザーがその感情を抱いてもおかしくはない。名前は棚から常用している赤い液体の入った瓶を取り出すと、カイザーに差し出す。
「…またこれの時間か…」
「おとうさまがね、もっとたくさん飲みなさいだって。体が成長してきたから、もっと薬を増やしても大丈夫なんだって。」
この赤い液体はベンの研究によって生み出された魔導の力を抽出した液体。これの元になった存在は今も尚、研究所の奥深くで眠っている。どうして腐らないのかがいつも不思議でならない。
「あれ…姉さん、本数増えた?」
「うん、わたしはカイザーよりもたくさん飲まなくちゃいけないんだって…」
「へぇ~姉さんは大変だなぁ…たくさん飲んだら、眠れなくなるんじゃないの?」
この液体は副作用も強く、確実に姉弟の体と精神を蝕んでいる。長年その環境下にいたせいもあって、2人は感覚が麻痺しているのだ。
「―――でも、我慢しなくちゃ…おとうさまの命令だから。」
「そうだよね、おとうさまが言うんだから、従わなくちゃね。」
2人はぐびりと液体を飲み干す。これを飲んでからが正念場だ。カイザーが予想していた通り、名前はその晩あまりの苦しみで眠ることができなかった。だが、翌朝起きると不思議と力がみなぎってくる。それが数週間続き、名前の隈が酷くなってきた時にベンはある実験を開始した。人間の死体を利用したゾンビ兵に向けて、魔法を思いっきりぶつけろとベンは言う。ゾンビ兵は名前を敵だと認識し、遅いかかってくるが名前のほうが行動が早かった。
「――――素晴らしい!」
「…っはぁ…おとうさま…わたし…頑張った?」
「あぁ、名前は頑張ったね。さて、本番はこれからだ…カイザー、こっちにおいで。」
「はい、おとうさま。」
ベンは姉弟に冷酷な命令を下す。
―――姉弟同士、本気でぶつかりあえと。いつもの訓練じゃない、相手を殺すつもりでかかれと言い放つベンに、流石の名前達は動揺を隠せずにいる。
「…おとうさま…でも…それじゃ……」
「そうです…いくらなんでも…姉さんは…」
「へぇ、君たちは父であるこの僕の命令が聞けないのかい?」
「そ…それは…」
「父さん悲しいな…そんな子に、育てたつもりはないんだけれどもな…」
悲しむ父親の姿はみたくなかった。けれども、これから戦う相手は実の姉弟。失いたくない…かけがえのない存在。
「…はい、わかりました。」
「うん、それでいいんだよ。」
けれども、おとうさまもかけがえのない存在。おとうさまの命令は絶対―――
姉弟は例えどんなに残酷な命令だとしても、父であるベンの言うことには絶対服従だ。恐怖で足がすくむが、スイッチさえ入ってしまえばあとはどうにでもなる。気がつけば赤い液体が足元に広がっている、いつもそんな感じだ。
「―――うーん、やっぱりもうちょっと、カイザーには薬の量を増やす必要があるかな?」
今、自分は何をしたのだろうか。足元に転がる弟を見て、名前は腰が退けた。恐怖で立つことができない。
「カ…イザー……ッね、死んで…ないよね?」
「うーん、そうだね、なんとか死んでないけれども…それよりも名前、君右目は大丈夫?折角奇麗な目だったのにねぇ?流石はカイザーだね、やっぱり男の子には力で負けちゃうみたいだね。」
名前の右目はカイザーの攻撃によって潰れてしまっていた。肉体的な痛みは耐えられるが、今までに感じたことのない胸の痛みに名前は震える。
「おとうさまっ…カイザーは…大丈夫ッ!?助かる!?」
「そうだね、この子も貴重な作品だからね。それに名前の右目を潰せるだけ強いんだから今無くすには惜しいよね。大丈夫、助けてあげるさ…おい01号、名前を医療カプセルに連れていけ。」
01号から10号の名を持つ彼らはクラウン家の秘術で作り上げられた生命体。彼らはクラウン家当主の命令だけを聞き、食事睡眠は一切取らない。魔物でもなければ人間でもない、ただの番号を与えられたクラウン家の従僕に過ぎない。黒い覆面の彼らは常に研究所を見張り、侵入者が現れれば味方兵士であろうとも殺す。そういうふうにベンが命令しているからだ。
「…おとうさま…カイザーの傍に…いちゃだめ…?」
「言うことを聞かない子は嫌いだよ…さ、その子を医療カプセルに連れていけ。」
名前は01号に連れて行かれるがままに医療カプセルのある部屋にやってきた。ここは冷たくて、暗くて嫌いだ。
「いい、自分で入るから」
「―――」
この人達、嫌い。何を考えているのかわからないし、挨拶をしても無視をするし、表情も分からないから怖い。
カプセルの重たい扉を開き、名前はカプセルに入る。カプセルに人が入ると特殊な液体が管から流れ、カプセルを満たすまで流し続けられる。この液体の中は不思議と呼吸ができ、液体が満たされた頃になると眠りにつくようになっている。
名前は夢の中、カイザーの悲鳴を聞いた。今まで使ったことのない魔法をカイザーにぶつけた、普段ならカイザーに魔法をぶつけても効かないはずなのに、何故か魔法はカイザーを貫通した。気がつけば視界が悪くなっていて、足元には血まみれのカイザーがいて…
今まで感じたことのなかった、真の恐怖。
たった一人の弟を失うかもしれないという恐怖。
「…嫌だッ……!」
「名前将軍、いかがいたしましたか?」
「あ――…」
どうやら、長い事眠っていたようね。
もう何年前の話だったかしら。名前達は今、フィガロに向かっていた。帝国と同盟をするとかでごたごたしているようで、視察がてらそちらへ向かっているのだ。
「わたしの心地よい睡眠を邪魔したのはお前か。」
「いえっ…そのような事は…!」
「お前クビ。下級兵からやりなおせ。」
「そ…そんな…!」
この国で地位を得たければ、実力さえあればいい。ただ、実力と金は付き物で彼も名前の補佐官になるために多くの努力と金をつぎ込んできたはずだ。この発った一言で、彼の人生はどん底へ落ちたのは言うまでもない。彼女の補佐官になる者達は慎重に発言行動しなければならない。それはカイザーに対しても言えたことなのだが。
この姉弟たちは今や軍3トップのうちの一人。それも名門クラウン家の者だ。彼らの権限には絶大なる威力があり、今やあの王子と同等までと言われている。傲慢で、自分勝手で、気まぐれで。彼女らの評判は言うまでもないだろう。弟のカイザーに至っては血の気が多く、殴り殺された味方兵も少なくはない。その分直接手を上げない名前のほうが幾分マシということだ。
「感謝しなさい?この国からの追放じゃないんだから。」
それを決めるのは国王だ。クビ宣言をされた兵士は悔しそうにつぶやく。もちろん、心の奥底でだが。
使い捨ての駒なんて、いくらでもいる。ほら、代理がもう現れた。
「名前将軍、なんでもご命令ください。」
「うん、わかった。じゃぁそいつを馬車から放り出してちょうだい。」
「…っは」
上級兵が一気にヒラに逆戻りをした瞬間であった。ここで何かおかしな態度をとれば自分がどうなるかもわからない、この男のようになるかもしれない。新しい補佐官は内心すまん、と思いながらも言われた通り馬車から下級兵を投げ捨てる。
「フィガロ城はまだなの!?」
「もうすぐです…!」
すると、補佐官はこの馬車のエンジン室に通信で命令を下す。もっと早く進めと。
マティウスの馬車は機械仕掛けで、特殊な水を原料としている。どのような陸路も進む事が出来るこの馬車は他の国にはない技術とも言えるだろう。なんたって、マティウスの文化は他の国にはないものばかりだ。チョコボが水中で生きていられるはずもなく、マティウス市街では水の中も陸の上でも生きることができる水の魔物が移動手段の主流となっている。
馬車に揺られ2時間、予定時刻よりも早く到着した名前は兵にねぎらいの言葉をかけることもなくフィガロ城に足を運ぶ。
マティウスから間者が来た、とフィガロの兵士たちは名前達に道を開ける。このことは事前に伝えておいたので、侵略しに来たと勘違いされることはない。フィガロとは代々仲が悪かったが、帝国絡みとなれば話は別だ。
「おお、来てくださったか…!」
「おや、これは名前将軍、お久しぶりですね?」
「あなたは確かケフカ?そうね、久しぶりね…元気そうで、とても残念だわ。」
「あの時よりも随分と美しくなられましたね?」
「お世辞は結構。ところで本題に入るけれども、どうして敵である帝国がこの中にいるのかしら?」
ケフカとは何度も戦争でぶつかりあったが、未だに勝敗がついたことはない。出会うタイミングが悪いのよね、お互い。
「此方から言わせていただければ、どうして代々仲の悪いフィガロにわざわざ名前将軍が足を運びに?」
「あら、嫌みな方ね。そちらこそ、こことは仲が悪くはなくて?わたしは王に命令されてきたのよ、ここの同盟がどうなるのか、見守れってね。一応フィガロとは仲が悪いけれども直接戦争はしたことはないわよ?取引だって何回かしているわ。」
「おお、それはそれは…で、早速来てくれてあれですが、もう決着はつきましたよ。あなたも見たでしょう、外の様子を。」
「えぇそうね、西方大陸制圧おめでとうと言ったところかしら?けれども、侵略戦争を続けて何になるのかしらね?マティウスに追いつこうとしているのかしら?」
「マティウスに?あんな水の中に閉じこもった国になんて見習うことなんてありませんよ。」
ケフカと名前は両者とも引かず、周りの兵やフィガロ国王ですら冷や汗をかき始める程。ここで戦いが勃発すれば、我々に命はないだろう。フィガロの兵士たちはこっそり国王に近寄り、様子を見守る。
「あらそう?魔導の力の事を知ったのは我が国と戦ったおかげじゃなくて?今さら隠すなんておかしなことを。素直に認めたらどうなの?」
「そう言えばそんなこともありましたねぇ…ですが、そのことについて、どちらが優勢かは今後の戦いに期待しましょう。」
「えぇそうね…今は無駄な体力を浪費する訳にはいかないからね。ともかく、わたしは二つの国の同盟がどうなるのかを知りたかっただけだし。」
この流れにようやくフィガロの者達は安堵の息をこぼす。
「別に国に閉じこもっていたって話は耳に入るでしょう?何故わざわざこんな遠い場所まで?」
「その話が嘘かもしれないでしょう?噂に踊らされるなんて愚か者がすることよ。」
「そうでしたか…それは失礼。てっきり、隙を見てフィガロを落とすんじゃないかと思いましたよ。」
「フィガロを?他国の領土を攻めてどうなるの?」
「おや…でも、あなた方は我が帝国を攻め落とさんと狙っているでしょうに、矛盾していませんか?」
「帝国が滅べば、みんな平和でいられるのよ、わからないの?」
「そうですか、でも残念ですね、帝国はそう簡単には滅びませんよ?」
「さぁどうかしらね?次の戦いでわかることよ…あなたたちが我が軍を真似て機械兵器を発明していることくらい、筒抜けなんだからね…魔導アーマーとかいうやつでしょう?このフィガロを落としたってのは。」
「そんなことまでも筒抜けでしたが…ですが、あなたたちが死者を利用して新たなゾンビ兵を作っていることくらい、我々も存じておりますよ?クックック」
なによこれ、お互いの国情報筒漏れじゃないの。名前は近くにいた兵士を小さく睨む。兵士はばらしたのは自分ではありません、と顔を青ざめながら見つめてくる。
「…おとうさまが知ったらなんというかしら。」
「あなたの父親ですか?確かマティウス一番の謎であり闇である…ベン・クラウンでしたか?戦地には一度も現れないというあの変わり者…」
「―――おとうさまの悪口は許さないわよ、ケフカ・パラッツォ…」
相変わらず食えない男だ。名前は珍しく怒りをあらわにする。
「あなたが怒った姿なんて…初めて見ましたよ、あなたでも怒ったりするんですね?」
表情のない、ただの人形だと思っていました。
ケフカがそう言い放った瞬間、黒い閃光がケフカの頬を横切る。閃光は城の壁にぶち当たり巨大な音を立てて壁を破壊した。
「―――っふ、この私に血を流れさせるのはあなたぐらいですよ…名前?」
「馴れ馴れしく呼ばないで頂戴。そうね、人形ってことは認めるわ…確かに、わたしはおとうさまの人形に過ぎない存在…けれども、わたしが戦功をあげれば上げるほど、おとうさまは喜んでくださる…。」
「憐れですね。」
「憐れんでくれてありがとう」
「名前将軍、どちらへ!?」
「用件は済んだわ。あのピエロ男を見ているとイライラするの…さっさと行くわよ。」
名前は近くにいたマティウス兵を蹴散らし、城を出て行った。ケフカは終始それを見つめ、小さく笑う。自分を人形だと認め、自らの弱点をさらした名前を見つめ。
「ベン・クラウンか……陛下に早速お話せねば。」
これから、再び大量に血の流れる戦争が始まる。フィガロとの戦いなんて、序章にすぎないのだから。ケフカは風を切り、帝都を目指す。