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滑降/05

<絶望と死>

今回の戦いの被害は甚大だった。新たに投入されたゾンビ兵は弱点さえ突かれなければ不死身だったし(そもそも死んでるし)ゾディアーク兵は改良されゾンビ兵と組んで行動するようになったのでさらに頼もしくなった。しかし、相手側の魔導アーマーの威力も相当で、流石はフィガロを数日で鎮圧しただけある。戦いが始まって1週間後、相変わらずの進展なしにカイザーも苛立ちを隠しきれないようで、3人もの味方兵を殴り殺した。名前は何度兵士たちに役立たずだの死ねだの罵倒の声を上げたか分からない。名前の怒りはそもそもケフカが原因でもあるのだが…

「姉さんオレ耐えらんねぇ!今から外出てあいつら皆殺しにしてやる!」

「はぁ、だからそれじゃ勝ち目がないって何度言えばわかるの?最近随分と体格が良くなったけど、頭まで筋肉になったの?」

「だってよ!オレ殺してェ!あいつら殺してェ!」

姉弟のいるこの物騒なテントの周りには兵が誰もいない。少し離れた場所に補佐官が警備しているだけ。それこそが彼らの身を守る最重要事項なのだから。新兵達はこの事を知らないので、何度犠牲になったか数えきれないほどだ。以前よりも力をつけたカイザーを抑えられるのは、この軍で最高指揮者である王子と実の姉である名前だけだ。

「ともかく頭を冷やしなさい、今どうこうしたって相手の思うツボよ。あんたは魔法が効かないからといっても、ある程度以上の力はちゃんとダメージ受けるんだからね、わかってるの?」

「わかってるよ!だからこうして薬の数を増やしてるんだろ!」

カイザーは袋から大量の瓶を取り出し、それを次々に飲み干していく。カイザーは育ち盛りで言われた量だと足りないなどと言う。今では名前以上にそれを飲んでいる。彼らはこの薬の副作用を分からず、何十年と飲み続けている為にこれがどれだけの劇薬か、気づいていないのだ。

「…ぶあっ…ったく、悔しいぜ…」

「悔しいわね、そりゃ。で…何を今日はイライラしてたの?」

「それがよ…あの変な機械がよ……」

カイザーの愚痴は深夜まで続いた。流石に眠らないと体力が持たないと弟を説得し、なんとか眠りについた。最近ではこの薬の副作用である激痛も感じなくなってきた。それほどまでに、感覚がマヒしてきてしまったということだ。

「―――おとうさま、カイザーは無事!?」

「あぁ、もう大丈夫だよ…そうだね、今回の事を受けて体をちょっといじくったんだけど、ちょーっと性格が凶暴になっちゃうかもだねぇ。名前も気をつけるんだよ?」

「?はい…」

名前は弟の眠る部屋に走るとそこには静かに寝息を立てるカイザーがいた。急に安心した為かその場に座り込み、名前はしばらく動けなかった。よかった、本当によかった。そこで気がつく、自分が泣いていたことに。名前にとって、生まれて初めての涙。

「―――カイザー…ごめんね、痛かったよね?」

「…姉さん…大丈夫だよ、オレ生きてるよ…ごめんな、姉さん…姉さんの右目…俺が…奇麗だったのに…」

カイザーはまだ力の入らぬ手で名前の無くなった右目に手を当てる。

「大丈夫、目の一つくらい…カイザーの命のほうが大切だよ…」

「姉さん…オレ達、まだ弱いのかな…?」

「弱いのかもしれない…2人で、強くなろう?もう実験しなくていいくらいに、強くなろう?」

そうすれば、もうこんなことにはならないから。名前はカイザーの頬に手を当てる。

「そうだね…オレ、姉さんがいれば…それだけで…」

突然の騒音に目が覚める。
慌ててテントを出ると、周りは既に炎に包まれていて味方兵が焼け死んでいた。まさか、奇襲だろうか。いやしかし、絶対に奇襲には合わない場所で眠っていたはずだ…一体…どういうことだ…。

「カイザー起きて!大変よ!」

「姉さん…一体どうし……死体の匂いッ!?」

「見ればわかるでしょ!奇襲よ!」

「やべっ…!」

カイザーは慌てて鎧に着替えるとテントを出る。名前は既に周りの消火活動に入っていた。水の魔法で火を消すが、広範囲過ぎて消しきれない。テントの中には焼け死んだ兵が数多くいたが、どの兵士たちも自分が焼け死んだ事に気がついていなかっただろう。
炎の世界からの脱出は容易ではなかった。2人が炎の中から抜け出せたのはそれから1時間してからのこと。もう少し遅ければ自分たちは死んでいたかもしれない。流石のカイザーも大やけどを負い、今傷薬をかけ応急処置を施したところだ。貴重な回復源であるポーションやハイポーションは炎から逃げる最中に全て落としてしまった。
自分が、回復魔法を使えればどれだけよかったことやら。名前は悔しそうに地面をける。この炎じゃ、自分たちの部隊は焼け死んだだろう。この事を早く上司の報告しなくては。名前は負傷した弟を安全な場所に隠し、あたりを窺う。やっぱり、生存者は無しか。

「カイザー…やっぱり、味方の姿はどこにもいなかったよ……カイザー?」

負傷したカイザーは確か、ここに隠したはずだ。でもカイザーの姿が見えない。名前は突然寒気を感じ、走りだす。あたりに広がる死臭で鼻が曲がりそうだったが、今はそれどころではない。

「―――ッ…嘘ッ……!」

少し離れた場所に湖畔があり、そこには二つの体が浮かんでいた。湖畔は血で赤く染まり、美しかったであろうその姿は跡形もなく無くなっていた。

「そんな…どうして…カイザーッ……!」

浮かんでいる体の一つはカイザーのものだった。既に息は無く、苦しそうな表情を浮かべ死んでいた。その時、名前の中の何かが壊れた音がした。

「誰が…こんなことを…」

恐る恐るもう一体の死体を確認し、名前は息をのむ。

「そんな…どうして…」

カイザーの心臓に刺さっているナイフ、このナイフは王子から直接あの男が受け取ったものだ。それを大切そうにしていたのを思い出す。

「――――どうして、どうして…」

間違いなく、この男がカイザーを殺した。信じていたのに、自分の兄のようだと思っていたのに。この人は、あの国にいる人達とは違うと思っていたのに。

「どうして…アッサム…あなたが…カイザーを殺したの…?」

アッサムの腹には大きな穴があいていた。そして、カイザーが付けていたピアスが服に引っかかっている。姉弟お揃いで付けていたピアス。二つのピアスを片耳に付けていた、あのピアス。

「―――う……ああああああああああ」

世界とは無情なものだ。生まれて初めて見た空のように、とても無慈悲だ。
その後、戦争は幕を閉じ帝国とマティウスは2国間平和協定を結び、全てが終結した。多くの犠牲を払ったが、結局帝国を鎮圧することはできなかった。この戦いは何のためにあったのだろうか、どうしてカイザーが死ななければならなかったのだろうか。それから名前は何もする気が起きず、ひたすら部屋に閉じこもっていた。父にアッサムを生き返らせてほしいと頼んだが、死んだ者は生き返らせることはできないと跳ねのけられてしまったのだ。
名前にのしかかる現実は残酷で、カイザーはアッサムを殺そうとして死んだということにされてしまったのだ。カイザーは確かにアッサムを殺したのかもしれない。でも、それは自分の身を守るためだったんでしょう?戦わなければ死ぬ、そう思ったから…普通の理で、アッサムを手にかけたんでしょう?アッサムが全ていけないんでしょう?
しかし、唯一頼りになる父は新たな研究に没頭し絶望する名前に目もくれない。いくら説明してもすぐに聞き流されてしまう。王からは昔から優秀だった部下を殺したとし、カイザーを罪人として扱った。軍ではクルト王子が最高権力者だ。いくら将軍にのし上がった名前といえども、クラウン家の名前だとしても王族には及ばないのが現実だった。名前はアッサムの亡骸から拾ったピアスをもう片方に付け、壁に横たわる。
涙すら、流れない。

「もう…分からない…わたし、なんで今まで頑張ってたんだっけ…?」

その日から、名前の薬の量は増えて行った。ベンは薬の量を増やしたいと言う名前に喜んで薬を手渡す。今度は今までのよりももっと強力なものだ。今回の戦いで、失った物は多かったが逆に得た物も多かった。名前は弟の罪を被ることもなく大将軍に出世し、軍の2番目となった。クルトはそれが気に入らないようでいたが、今さら王子の嫌がらせに屈する名前ではない。
帝国との平和条約は他国に衝撃を走らせるには十分だった。あのマティウスが、帝国と手を組んだ、この先どうすればいいのだろうか。他国の者たちは絶望したが、逆にマティウスの民たちの士気は上がって行った。あの帝国と何度も死闘を繰り返し、結果的に我々は勝利したのだと街では戦争の英雄をたたえる凱旋パレードが行われていた。本来ならば、ここにカイザーもいるはずだったのに。今、隣にいるのはクルト王子。

「ふん、喜ばしくないのか?」

「――――…いえ。」

「やけにしおらしくなったな、ん?」

突然顎に手をあてられ、ぐいと近くに寄せられる。抵抗すらする気も起きず、名前はされるがままだった。

「ふうん…近くで見ると思いのほか美人なのだな…いつもこうして黙っていればいいのに。」

「…」

「お前が大将軍に出世したのは、この私が父上に頼んだからだ…何故だか、わかるか?」

「―――…。」

お前を、妃とするためだ。
何も考えていなかった頭に、突然入ってきた言葉。名前は慌ててクルトの手から逃れると、悔しそうな表情を浮かべる。

「…全ては、あなたの陰謀だった…!あなたは恐れいていた…自分の地位を脅かすわたしたちに…!だから、弟を殺した…!」

「さぁ、それこそ言いがかりではないか?」

「あなたはいつも機会を見計らっていた…男であるカイザーが最も危険だと判断したから…だから、アッサムに殺させた!」

もはや、この声を聞いている者などいない。外は凱旋パレードで名前の声などすぐにかき消されてしまう。

「わたしが女だから…!女だから、妃にすれば…自分の手中になると…!恐れるべき存在ではなくなると…!」

「いや、それは違うぞ名前よ…私はお前のそういうところに惹かれたのだ。」

カイザーの死の次はこれだ。名前は突然、死にたくなった。死ねばカイザーの元へ行けるし、こいつの顔を見なくても済む。だがよく考えろ、今死ねば…こいつの思うとおりだ。カイザーを始末し、わたしを始末すればこいつは全てを達成したことになる。
こうなれば、死ぬこともできない。わたしは、死んだ弟の為にも生きなくては――――そして、いつかその恨みを晴らさなくては。最後に見た、弟の苦しそうな表情が蘇る。あんたを苦しませたこいつを、わたしは許さない――――

「妃になるなんて、まっぴらごめんよ。あなた、わたしのタイプじゃないもの。」

「ふうん、それが未来の夫に対するいい分か?」

「未来の夫…!?ふざけないで!」

名前は席を飛び降り、父のいる席に向かう。もちろん、振り向きざまにあいつに中指を立ててやった。

「おとうさま…!お願いします、わたしを今から男にしてください!」

「おいおい、どうしたんだい突然?君は今が美しいんだから、どうして男に劣化させないといけないんだい?」

「お願いします…!」

この席はクラウン家の召使しかいないので、どんな事を話そうとも外に漏れることはない。

「ははん…わかったぞ、王子にプロポーズをされたな?」

「どうしてそれを…!」

衝撃的な言葉が父の口から放たれる。

「知っていて当然だよ…直接彼から言われたんだからね、娘さんを妃としてもらえないかってね?」

「おとうさまは…それを承諾してしまったの…?」

「いいや、まだだよ?」

「よかった…おとうさま、わたし、あの人の妃になるなんて死んだ方がマシよ!あの人の妃になるのならば、わたしは自殺する!」

「おいおいそれは困るよ…もう名前しかいないんだから、ね?」

「おとうさま…本当は分かっているんでしょう?クルト王子がカイザーをアッサムに殺させるように仕向けたのを…どうして目をそらすの!?」

どうして分かってくださらないの、と名前は悲痛な叫び声を上げる。

「ふうん…君でも悲しいと感じる?感情が大分欠陥してきたのに?それはまだ感じるの?」

「――――おとうさま…」

「さ、ふざけた事は言ってないで、さっさと承諾してきちゃいなさいよ。王子と結婚すればお姫様だよ?そうすれば、外に出て人を殺さなくてもいいし…そうそう、魔導の力を持った子供が生まれるかもしれない!そうだろう?素晴らしくはないかい?王子と君との間に生まれた子供が、魔導の力を持ち生まれ…そうすれば、マティウスは未来永劫、栄え続ける…!」

おとうさまが、わたしにそんなことを言うはずがない。
名前は力なく床に座り込む。父から放たれた言葉が信じられずにいる。

「さて、パレードも十分見たし、帰ろうか。」

この時ばかりは、父に差し出された手を取ることができなかった。それを見かねたベンは黙って席を後にする。

「はは…なんて無情なんだろうか…おとうさまも、もうわたしの味方ではない…」

この先、わたしは、どうやって生きていけばいいのだろう。
死んだら、カイザーに会えるだろうか。

Published in滑降