<求婚>
クルト王子が名前に求婚したという話は国内であっという間に広がって行った。名前はこの国の奇跡とも言える魔導の力を復活させた体現者でもあったので、国民を湧きあがらせるには十分だった。この事実の真相を知る者は、クルト王子とベンと国王しか知らない。
他の兵たちはこの事を喜ばしいと感じつつも、何かしらの危機を感じていた。あの傲慢な女が王子の妃となれば、さらに傲慢になるのではと考える者や、従軍しなくなり突然リストラされる兵もいなくなるのではないかと考えは両極端だ。
全ては、自分が女だからだ。名前はそう解釈した。自分が男だったら、こんなことにはならずに済んだ。カイザーと共に殺されていたかもしれない。けれども、その方がよかった。中途半端に生かされて、飼い殺されるよりかはマシだ。
時も流れ、名前は大将軍となり父からも自由に外に出てもいいという許可を与えられているので、名前がこの国にいることは少なくなった。ある時はサウスフィガロへ、ある時はジドールへ。名前は各地を転々としていた。呼ばれれば国に戻ればいいだけの話だ。あの国は、もはや居心地の悪い場所でしかない。噂に沸き立つ民衆の声も聞きたくない。名前はカイザーが死んでから、カイザーと同じように左目に赤い化粧を施すようになった。カイザーと誓った、あの言葉を忘れない為にも。
「本日はどこへ行かれるので?」
「ジドール。」
「わかりました。」
軍から馬車も出すことはできるが、まるで自分があの王子に監視されているようで癪だったので現地の荷馬車を利用している。
ジドールまでの道中、名前は睡魔に襲われた。だが、何も夢を見ることもなく、気がつけばジドールについていた。いつからだろうか、昔が思い出せなくなったのは。人の顔とか名前とかは思い出せるのに、何があったのかまでは思い出せない。そう言えば、生前のカイザーも同じことを言っていたな。昔、アッサムと何かを話していたような気がしたんだけれども、何を話したんだっけな。
馬車を降りると賑やかなジドールの街が目に入る。ここは厳しい身分社会で、貴族たちがこの国を統治している。昔のマティウスのような感じだ。
「…ふうん、オペラハウスね…。」
ジドールで最も有名な場所、それはジドールのオペラハウスだ。マティウスにも存在するが、あそこのオペラはもう聞きあきたし、行けば民達に声をかけられるので行く気も起きない。オペラハウスに向かうと黒い服を着た男たちに呼び止められる。
「あなた様はマティウスの名前大将軍ですね?」
「…えぇそうよ」
「街の者から噂で聞きましたので…わざわざ将軍が此方へ来てくださっていると。国の重要関係者の方たちには特別な席をご用意しております、さぁ、どうぞ。」
なんて手回しのはやいこと。ということは、わたしがどこに行っているかなんてあのボンクラ王子の耳には既に入っているということ。もう少し考えて行動しなくちゃね…。
SPに案内された席はジドールオペラハウスの最上階で、席の数も少ない。どうやら先客がいたようで、名前はその男の隣に席を案内された。オペラハウスの席を王座のように座るこの男は、間違いなくあの男だ。こんなときにこいつと会うとは、わたしも運が無いな。
「…おや、誰かと思えばマティウスの姫君ではありませんか。」
「今ここで殺されたい?」
「平和協定を結んだばかりだというのに、それを台無しにするつもりですか?」
「…えぇ、そうね、それもいいかもしれない。そうすればわたしは処刑されるでしょうね。」
「――――そう言えば、いつも一緒にいるあの弟はどこに?」
「死んだわ。」
「そうでしたか…」
なんだ、この事を知らないのか、この男は。この男の耳にも入っていてもおかしくはない情報だというのに。ここで名前は異変を感じた。どうして、この情報が外に漏れていない?漏らすとやばいことだったのか?まさか…おとうさま…
「はぁ…最近考え事ばかりで頭割れそう…」
「ここで割れたらこまりますよ、血が服についてしまうじゃないですか。」
「…面白くない」
「別に面白さを求めて言った訳ではありませんからね」
前はあんなに嫌な奴だと感じていたのに、いざ戦いが終わると不思議だ。結局勝敗は未だについていないが、今の名前にとってそれはどうでもいいこと。もはや、何もかもがどうでもよくなりつつ名前はケフカの挑発も華麗にスルーしてゆく。
「以前のあなたなら言い返してきたはずなのに、父親となにかありましたか?」
「…」
「あの引きこもりの父親があなたになんて言ったんです?」
「――――感情が大分欠如しているのに…悲しみを感じるのか、って…」
「…ふん、くだらん!」
まさかの答えに名前はケフカを見つめる。
「何度も死線を乗り越えてきたあなたが、今さらそれを気にすることですか?」
確かに、それも一理ある。
「あなたも、私同様魔導の注入の副作用が出ているようですね…」
「…も?」
「えぇ…これはあなたにしか言ったことがありませんがね…魔導の力を得れば得るほど、周りから距離が生まれる。だが、この力は偉大だ…この私に新たな道を見出してくれた……聞きたいか?」
「いいえ、遠慮しておくわ…。」
そうか、ケフカもおんなじだったんだな。名前の中で、ケフカの像が変わって行くのが分かる。
「―――思い出なんて、何の意味もない…」
「そう…かもね。」
現に、カイザーとの思いですらぼやけて見える。けれども、わたしはカイザーの事は一生忘れないだろう。わたしに、かけがえのない存在としていてくれた、たった一人の弟のことを。
ジドールのオペラの感想は、一言でまとめると面白かった。実に下らなくて、面白い内容だ。愛?馬鹿らしい、そんなものに捕われるのはただの屑よ。
オペラハウスを出た2人は、カフェへ向かった。一緒に行こうと言った訳でもないのだが、何故だか2人してここに来ていた。席に座り、不思議な空気が漂う。
「…食べないんですか?」
「ねぇ、その敬語なんか小馬鹿にしてるみたいで嫌。」
「じゃぁどうしろと?」
「普段の言葉でいいわよ。」
「ふうん、なら遠慮なく。折角食事しているのにしけた面見せてんじゃねぇよ。」
「はぁ…それが素のお前か。」
「お前は変わらないな。」
「そう?結構あんたの前だと素出してるつもりなんだけど…疲れたのよね、色んなのに。国とか、おとうさまとか、なんだかどうでもよくなっちゃって。全部無くなれば、楽になるのかなって…」
「―――ふうん、じゃ、壊しちゃえば?」
「壊すって、簡単に言うけれどもさ…」
「そう、じゃ、俺が先に遠慮なく壊させていただくよ。」
「ちょっと待って、どういうこと?」
「これからわかるさ…でも、まだ時じゃない…」
この男がこの時何を考えていたか、わたしは分からなかった。けれども、この男が破壊してくれるのならば、いいかもしれない。なんとなくそう思った。きっとカイザーも報われるし、わたしも…
「丁度お前みたいな話相手がほしかったんだよね、帝国にいる奴らはどいつも使えないボンクラばかりで話をしてても耳がかゆくなるだけだし…。」
「そう、わたしも国の奴らは嫌いだから、あんたにこうして素をさらけ出せて助かってるわ。」
これは本音。あの国に、わたしの居場所なんてないのだから。
長い休暇が終わり、名前は国に召集命令をかけられた。