<記憶>
―――おとうさま、どうしてカイザーはお外にでれないの?
『名前、わかってくれ、まだカイザーの体は安定してないんだよ。』
―――そうして?
『魔導の力の抵抗が強くてね…』
―――魔導?
『そうだよ、お前の母さんも使っていた力…母さんは亡くなってしまったけれどもね。』
―――おかあさんのこと、よく覚えてない。
『そりゃそうだよ、カイザーを生んですぐ死んじゃったからね。名前は生まれてすぐ、この中にいたからお母さんの顔を見てないだろう?』
―――うん。
ベン・クラウンはいつもと同じ、白衣を着て研究資料を見つめている。まだ6歳程の少女は名前・クラウン、まだ両目があった頃の彼女だ。今のようにピアスは付けておらず、どこにでもいる子供の顔をしている。
『お前は素晴らしい作品だ、でも、他の兄弟たちは失敗だね…ほら見て御覧、魔導を注入するとこんなふうに細胞破壊が始まる…』
ガラスの容器には名前と相対して変わらない子供がいた。ベンがスイッチを押したとたん、その子供は原型も残さず体が蒸発していく。
―――どうして、名前とカイザーだけは生きてるの?
『それは、お前たちが生まれながらにして魔導の力を持っていたからだよ…でも、まだまだ力は弱いから、これからもっと強くなろうね?』
―――うん
『さぁ、兄弟達の命を飲むんだ。これが何よりの栄養だよ――――…』
ベンは赤く染まった水槽の中から液体を取り出し、名前に飲ませる。
―――まっずい…
『くふふ、そりゃそうだろうね、人間は不味いものさ…』
これ以上見ていられない。クルトは装置から頭をはずし、その場で嘔吐する。あれは、幼き日の名前・クラウンか…?父上が仰っていた通りだ…ベン・クラウンは、人の領域を逸脱している――――あれは、許されない行為だ。城の中で一時、ベン・クラウンが他国から孤児を集めているというのが噂で流れていたが、まさかアレのためだけに集めていたとは。名前・クラウンがベン・クラウンの正真正銘の娘であることは分かった。だが、アレは父親が娘に対してすることではない。先ほどの光景を思い出し、再び嘔吐する。胃の中が空っぽで、食堂が酸で焼けそうなくらいに痛い。
いいや、もっとこの先を確かめなくては。気になるのはこの先なのだから…たとえ、どんなに残酷な光景だったとしても、自分は受け入れなくてはいけない。クルトはふらふらする体で再び装置を頭につける。
『―――あ、アッサム将軍だ…!』
―――あ、ほんとだ!
『君たちは…ここで何をしているんだ。城の中を歩き回れるようになったとは言え、ここは城から随分外れた場所にあるんだぞ…ベン殿に叱られるぞ。』
生前のアッサムの姿だ。ここは歴代のマティウスを支えてきた英雄たちの墓場。
―――将軍、怪我のほうは大丈夫?
『あぁ…』
そういえば、アッサムはマティウスに来る前、娘を亡くしていたな。その娘も生きていたらこれくらいの年になっていただろう。
『王子様は怒っていた?オレ達、頑張ると何故か王子様に怒られるんだ…。』
―――うん…この国の為に、頑張ったつもりなんだけど…まだまだ頑張りが足りないのかな?
『…いいや、王子は君たちの働きに期待をしているよ…ただ、最近仕事が忙しくて、な。』
『…そっか、ならよかった…オレ、王子様に嫌われちゃったらどうしようかと思って。姉さんと離れ離れになるのは嫌だから…。』
―――この場所、奇麗でしょ?花の世話はわたしたちがしているんだよ?
『そうか…それは初耳だ…花の世話は好きなのか?』
『うん、オレ達奇麗なのは大好きだよ、研究室では色んな花を育ててるよ。』
―――っし、駄目でしょ、研究室の事を他の人に話したら。
『え、あ…そうだった…今のは忘れてください…』
『ははは…わかった、聞かなかったことにしよう。君たちと俺の間だけの秘密、だな。』
―――…うん!
アッサムは、この時から気が付いていたのだ。彼らが国の一番の犠牲者であることを…この頃、私はアッサムになんと言っただろうか。彼らを化け物と嘲り、処分をどうするか悩んでいた。自分のちっぽけな地位を守る為に、と。
再び場面は変わり、将軍に昇格したころの名前が現れる。広く暗い地下室で、ベン・クラウンは冷酷な命を下す。
『さぁ、今から君たちは本気でぶつかりあうんだ、もちろん、殺すつもりでね?』
―――おとうさま…でも…それじゃ…
『僕の言うことが聞けない?父の頼みも聞けないのかい名前?』
『おとうさま…オレも…姉さんと戦うなんて…』
『こんな子に育てたつもりはないよ?今までの研究成果を…君たちの成長を見せてくれ、今…ここで!』
姉弟たちは戦場にいるときと変わらない表情になる。そして、無情な戦いがはじまった。名前から放たれた暗黒の炎がカイザーを包むが、カイザーに魔法は効かない。それを避け、カイザーは名前に一撃を食らわせる。何時間戦っただろうか、突然名前とカイザーの体に異変が起こる。お互いの体からは大量の血が流れ落ちる。カイザーは姉に渾身の力で襲いかかり、笑いながら姉の右目を握りつぶす。名前は次の瞬間、今まで使ったことのないような巨大な暗黒の魔法を使い、カイザーの体を切り刻んでいく。勝負は既についていた。カイザーは倒れ、名前はその場に座り込む。
意識が戻った名前は現在の状況に呆然とし、カイザーにすり寄る。そして、カイザーを助けてくれと悲痛な叫び声を上げる。
その時、ベンは満面の笑みを浮かべていた。
そして場面は変わり、名前がカイザーとアッサムの死体を発見した時の映像が流れる。名前の叫びが頭をこだまする…どうしてアッサムがカイザーを、兄のように思っていたのに、あの国の人たちとは違う人だと思っていたのに、どうして…
再び場面は変わり、今度は最近の名前の様子が流れ出した。弟を亡くし、何もかもがどうでもよくなり、周りの兵に頻繁に当たるようになった頃だろうか。馬車に揺られ、名前は呟く。
―――全ては、マティウスの為に…でも、本当にそうなの?わたしは今まで、何のために生きてきたの?何故生まれたの?どうしてカイザーが死ななくてはいけなかったの?カイザーが生きてくれれば、他は何もいらない…わたしのすべては…カイザーだった…
あの冷酷な名前・クラウンが涙を流している。クルトはしばらく言葉が発せられなかった。彼女…いや、彼らは国の犠牲者だ。長く続いたマティウスの闇、それこそが彼らだった。ベン・クラウンをもはや尊敬する要素など何一つない。父上も仰っていた、あれは自分の欲望の為だけに研究をしていると。ゾンビ兵やゾディアーク兵も、全て、自分の浴を満たす為に…国の為なんかじゃない…
あの男は、自分の研究さえ続けられれば、なんだっていいのだ。ベン・クラウンは恐らく死んだだろう、だが、それは当然の報い。地獄の炎で焼かれ、永久の闇を彷徨うがいい。
「…私は、彼らにとんでもないことを…。」
もっと早く気づくべきだった。もっと早く、父上にこの事を忠告していればよかった。そうすれば、こんなに犠牲者を出すこともなかった。名前・クラウンは国に深い恨みを持っているが、先ほどのアレをしたとは到底思えない。ベン・クラウンが全ての謎を掴んでいるに違いない。
「アッサム…私は、もう迷うのをやめた…父上に頼らず、自らの手で国を復興してみせる…」
新しい国を作ろう、魔導の力なんかに頼らず、人々の笑顔や活気にあふれた明るい国を。クルトはアッサムに手渡したナイフを抱き、1人涙をこぼす。