<命、夢、そして希望>
帝国での生活は快適だった。クルトの地位は賓客としてマティウスの王子として受け入れられ、名前はマティウスの大将軍兼帝国でのケフカ補佐官という立場になった。マティウスの民はクルトの声を聞くと安心したのか、帝国内だとしてもそこをマティウスにいるときと変わらぬよう過ごした。マティウスの民は、自分たちを命がけで助けてくれたクルト王子に感謝の意をこめてマティウスだけしか咲くことのないアクアブロッサムを象った王冠を贈った。これは、民がすでにクルトを王として認めているということだ。クルトの民からの支持は既に揺らぎないものとなっていた。
名前はケフカの補佐官でもあるので、必然と彼といる時間が増えて行った。帝国としてはベン・クラウンの秘密を掴めず悔しい思いをしただろうが、その生き残りである名前・クラウンを手に入れられ満足していた。
毎日ケフカは使えない兵に怒鳴り散らし、散々罵倒して部屋から追い出す。自分と少し似ていて嫌になる…同族嫌悪というやつだ。
「名前、腰が凝った、揉め。」
「…わたしはケフカの小間使いじゃないのよ。」
「さっさとしろ!」
「面倒ね…実に。」
「一応お前の上官なんだけど?」
「一応、ね。」
名前は渋々、ベッドに寝転がるケフカの腰をマッサージし始める。マティウスで過ごした日々が泡のように消えて行く。ここに来て、カイザーの死や父の死からもだいぶ吹っ切れたようなきがする。まあ、この男がたくさんわたしに仕事を押し付けてそれどころじゃないっていうのが真相なんだけどね。
「ちょっと、突然起きないでくれる?」
突然起き上がられた為に名前はベッドに倒れてしまう。気がつけば立場が逆転し、ケフカが名前の上にまたがると言う状況になっていた。
「わたしのマッサージは結構よ。」
「いや、違う……」
「―――な、何!?」
突然上着を脱がされる。上半身裸となった名前はこの男が突然なにをしたのか、理解できずにいた。ケフカは名前の肌に刻まれた術式や傷跡を無表情で見下ろす。
「…これが女の体か?」
「悪かったわね……小さい頃から、散々実験をしていたからね…」
「いつ頃からだ」
「さぁ…気がついたら体のあちこちに傷があったわ。あの装置から出られたのは6歳の頃よ…カイザーはまだ装置の中で眠っていたけれども。」
「…装置?」
「えぇ…わたしたち姉弟は、生まれてからすぐ装置に閉じ込められたの。だから、おかあさまの顔も覚えていないの…それに、あの実験を繰り返すにつれ思い出が薄れて行くの……だから、どんなことでも耐えられたわ…ふふ、皮肉よね…あのゾンビ兵達と大して変わらないんだから…わたしの存在なんて……所詮、おとうさまの人形に過ぎなかった…。」
自嘲気味に笑う名前はケフカと視線をそらした。
「ねぇケフカ…わたし、何がしたいんだろう。よくわからなくなった…国も、家族も無くなった…残っているのは大嫌いなクルトとほんの少しの民だけ。地位があったとしても、わたしには何にも残らない…。」
ケフカは黙って名前の話を聞く。化粧をしているため、表情がよくわからなかったが。
「もう、何もいらない…何も無くなってしまえば、楽になれる…カイザーのところへ…行けるもの…」
「…」
「ねぇケフカ―――命、夢、希望…どこから来て、どこへ行くのかしら…」
「ックックック…」
突然笑い出すケフカに名前は嫌悪の表情を浮かべる。こっちは真剣に話していると言うのに。
「…馬鹿馬鹿しい、実にくだらん!つまらん!だが、やっぱりお前は俺と同じだ…周りの世界が下らないと感じるか?」
「下らない」
「破壊したいとは思わないか?」
「それは結構よ。破壊したところで何になるというの…カイザーが戻ってくる訳でもないし。」
「あっそう、今ので白けた。でも、何も無くなっちゃえばいいって今さっき自分で言ったでしょ?」
そうかもしれない。でも、それは破壊と言うべきか?名前はそろそろこの状況をなんとかしたかった。国にいた時と同じく、突然部屋へやってきた兵士に変なうわさを流されてはたまったものじゃない。名前は隙を見て、ケフカの股間を思いっきりけり上げてやった。案の定、痛みで苦しむケフカはベッドの下に落下する。ふん、いい気味。
「っぐ…なにをっ…いたたたっ……ッ!」
「寒いのよ、わからない?今冬よ?馬鹿じゃないの。」
部屋を颯爽と出、名前は自室に戻って行く。自室に戻るとまた嫌な奴と遭遇する。今日ってなんて厄日かしら。
「―――名前・クラウン、重要な話がある…」
「結婚の話?冗談は顔だけにして頂戴。」
「相変わらず口達者な女だ…ん、衣類が乱れているが、何かあったのか。」
「触らないで。穢れるでしょ…」
「…すまん」
やけに今日の王子はしおらしい。逆に不気味だ。
「で―――用件は?」
この気持ち悪い王子をさっさと部屋から追い出したく、早々に用件を済ませる為に話を進める。
「国の事だ…今後、マティウスの民が安心して暮らせるようにマティウスと帝国は一心同体となる。今の我々の力では、独立国を再び切り開くなど到底無理な話だ。」
「我々?ふざけないでよ、あんただけでしょ?魔法も使えないボンクラ王子が…。」
「魔法か…ふ、皮肉なことに私も使えるのだよ。」
今、なんと言った…?名前は目を見開く。
「最近分かったことなのだが…ここの研究所のシドに診断してもらった、すると、私の体にも魔導の力がそそぎこまれていたことに気がついたのだ……それも、ここ数年だ。カイザー・クラウンが死んでから間もなく頃だ。お前ほどの魔法は使えんが、ある程度なら使えるそうだ…。」
まさか、こいつにも魔導の力を注いでたって訳?おとうさまは何をお考えだったの?
「実に皮肉なことだ…あれだけ、魔導の力には頼らずと宣言していた私が…今、その力に蝕まれている。お前も私も、国の被害者なのだな…」
今さら被害者面?わたしと一緒だって?わたしのほうが、あんたの数億倍苦しみを味わった。名前は怒りのあまり魔力が体から暴れ出した。近くにあったグラスは音を立てて粉砕する。その中でも動じず、クルトは冷静に名前を見つめている。
「――――下らない、下らない、下らないのよ…わたしが被害者?悲劇のヒロインはあんただけよ、クルト王子…!わたしは、被害者なんかじゃない……これは、わたしが生まれた時から持っていた力よ…あんたと、比べられちゃ困るのよ……!」
「…知っている。お前は怒るだろうが、以前お前の頭の中をのぞかせてもらったときに、幼い頃のお前達姉弟とベン・クラウンを見た。お前は、人だったソレを父親に与えられ――――」
「黙れ黙れ黙れ!あの時は…おとうさまが全てだったのよ…あんたに、何がわかるの?」
「あぁ…わからない。人とはそう分かりあえる存在ではない…だが、理解しようとすることはできる。」
流石に兵士たちも異変を感じたのか、部屋にやってくる。周りの家具が音を立てて落下した。
「一体これは…!」
「いや、気にするな…ちょっとした話しをしているだけだ。」
その言葉で名前はさらに怒った。今度は窓ガラスが割れ、大勢の兵がこの部屋へ詰めかける。ガラスの破片で傷を負ったクルトは腕と頬から血を流している。ただ事ではないと察した兵士はクルトに駆けよろうとするが、クルトはそれを許さなかった。
「さがれ!これは我々の問題だ!」
「我々……?今さら仲間気どり…?ふざけないで……」
「聞いてくれ…これは全て真実、この命に賭けて、偽りがないと証明できる。」
クルトは父王から聞いた話をすべて名前にした。代々続くクラウン家と王家とのにらみ合い、ベン・クラウンは国の為ではなく己の欲望の為だけに研究を続けていたこと、クラウン家を危惧した父王がカイザー・クラウンの暗殺を謀ったこと、名前・クラウンを妃とし、最強の王家を作り上げようとしていたこと。
最後にクルトは武器を全て床に下し、両手を上げる。このままお前の魔法で私を焼き殺してもいい、私にできる償いはそれだけだ。お前の味わってきた苦しみが、それで報われるのならば。だが、そうなったとき、マティウスの民の事は任せたとクルトは呟く。この時、どの兵士も言葉を発することや動くことすらできずにいた。気がつけば魔力の暴走も収まり、静寂が部屋を包みこんでいた。
「――――あんたを殺しても…カイザーは戻ってこない…」
そう言い捨て、名前は部屋を飛び出す。途中追おうとした兵がいたが、クルトに制止の声をかけられる。
様々な真実がいっぺんに襲ってきたために、名前の頭はパンクしそうだ。もう、何も考えたくない。