<アクアブロッサム>
随分城の外れまできてしまったが、誰も追いかけてくることはない。あの馬鹿王子が考慮しているのか?
「――――っきゃ」
「…ったく、何ぼさっと歩いてるのよ!」
「ご…ごめんなさい…」
自分とぶつかってきたのは17歳程の少女だ。瞳は虚ろで何を考えてるか分からない。
「…まさか、あんたが生まれながらにして魔導の力を持ってるっていう女の子?」
「…え?」
間違いない。ケフカに特徴を以前聞いていたが、全くその通りだった。不思議な色合いの髪をした少女の名はティナ・ブランフォード。この娘も哀れだ…自分が何故ここにいるのかもわからず、ただ利用されている……まるで、わたしのようだ。名前は再び自嘲気味に笑う。
「あんたも…厄介な力を持って生まれたわね…」
「…あなたは…?」
「わたしを知らない?結構有名なんだけど…名前・クラウンよ。」
「名前…」
「そ。で、あんたは此処で何をしてたの?」
「博士に呼ばれて……」
よく見れば、彼女の腕には多くの注射針の跡がある。この子も少なからず、自分と同じような目にあってきたのだろう。昔ははたいてやりたいとまでおもったが、実際会うとそんな気すら失われた。なんて憐れな子だろうか。他にも、わたしのような人がいるとはね。
「その博士ってシドのことね…」
シドにしろベンにしろ、名前にとって良いものではない。名前はそのままティナを城の中庭まで連れ出し、隣に座らせる。
「…花は美しいわ…」
「…美しい…?」
「えぇ、目で見ても痛くもないし、少し安心するでしょ?」
「…わからない……」
この子は、もしかしてわたしより重症なんじゃないか?
名前は近くに合った花を摘み、冠をつくってやりそれをティナの頭にかけてやる。
「…昔は、弟と一緒によく花で遊んでいたわ…わたしの住んでいた場所は、水の中だったから、こういう花は咲かなかったの……でも、とても美しかった…」
アクアブロッサム、水の中の奇跡、水の秘宝とまで呼ばれた神秘的な花。夜になれば幻想的な光を放つその花を、姉弟は好んでいた。城にあったアクアブロッサムは枯れないように改良されたもので、少し手入れをしていれば年中咲いていた。今なら思う、あれはわたしたちのようだったと。
永遠にその場に縛られ、主人の為だけに咲き乱れる。理由も知らず…永遠に。
「弟は…どうしたの?」
「死んだわ…」
「そうなんだ…」
その時、背後から突然声をかけられる。白い髭を蓄えたこの男はこの国の魔導研究の要――――
「シド・デル・ノルテ・マルケズ…」
生物研究者は嫌いだ。殺意をこめた視線をシドに向けると、シドは一瞬ひるむ。しかし2人の傍にやってきた。なんて命知らずな男なんだろうか。帝国に守られ安全だと思っているのか?それは大きな間違いだ。シドの頬に魔法がかすった。かすった頬からは一筋の赤が流れる。
「これは、名前将軍…ティナと何をお話していたので?」
男はひるむことなく名前に笑みを向けてくる。けれども不思議だ、この男の笑みは自分の知ってる笑みとは違う。
「わたしはお前達、研究者が大嫌いだ…魔導を蘇らせ、なにになる?この子もまた犠牲者…昔のわたしそっくりだ……感情のない、ただの兵器……シド・デル・ノルテ・マルケズ……お前の未来は暗黒だ。お前はろくな死に方をしないだろう……」
「―――それは、わかっておる…わしらがしてしまったことは、もう取り返しのつかないことじゃ…」
「今さら偽善者ぶるのか?偽善者は大嫌いだよ…」
花を踏みしめ、名前はその場を立ち去る。あの男と話をしていると耳が腐りそうだ。庭を出て、名前はどこへ行くかもわからずただ進んだ。もうすぐ日が暮れる。夕日なんて、マティウスじゃ見れるもんじゃないから…そういえば、生まれて初めて夕日を見たのはいつだっただろうか。
「―――ここにいたか、名前。」
「ケフカ…」
「聞きましたよ、クルト王子を消しかけたって。」
「っふ……それで、わたしは処刑か?」
「いいや、クルト王子が言ってましたよ、あれは自分の罪だと。」
偽善者は大嫌いだ、何を今さら――――
ふわりと香水の匂いが鼻をかすめる。そして、気がつけば目の前にケフカの胸があった。
「何を…しているの?」
「今下にはクルト王子がいるからな…奴に、弱みは見せたくないんだろ?」
「―――弱み?どういう…」
泣いているぞ、お前。
そこでようやく、自分が涙を流していることに気がついた。涙を流すことなんて、いつ振りだろうか。長年ため込んでいた涙はしばらく流れ続けた。確かに下からはクルトの声が聞こえてくる。この時ばかりは、ケフカに感謝した。
ありがとう…ケフカ。
「もう済みましたか?あーあ、折角の服が涙と鼻水でぐしょぐしょ…」
「失礼ね…別に胸を貸してくれと頼んだ覚えはないわ。あんたが勝手に」
「あーはいはい、面倒な女だねぇ、まったく。」
「なんですって…?聞き捨てならない言葉を今吐いたわね。」
「…クックック」
何がおかしいんだ、このピエロ野郎。アルトは殴りかかろうとしたが、所詮は女の力。ケフカによっておさえこまれてしまった。
「…いつものアルトに戻ったじゃないか。」
「―――いつもの…わたし…」
「っそ、お前はそうやって女らしくせず、鼻水で顔をぐしょぐしょにしていればいい。」
「許さん…!」
ケフカと名前の魔法のぶつかり合いは城の一部に甚大な被害をもたらした。流石の皇帝も名前達を咎めたが、特に罰は与えなかった。説教も終わった頃には色んなものがすっきり消えていて、今まで悩んでいたのが馬鹿らしく思えたほどだ。夜空を背に傷の手当てを受けたケフカと名前が肩を並べて座る。
「…マティウスには星空はなかったんでしょ?」
「えぇ…でも代わりに夜しか現れない魚たちが幻想的な空をつくっていたわ…」
「残念ですねぇ、もうそれが見れないなんて。」
「そうね…マティウスはどの国よりも美しい国だったわ…外見だけはね。」
マティウスの闇の結晶、それこそが自分だ。名前は夜風が頬を横切って行くのを感じた。
「知らなければよかったこともたくさんあったわ……けれども、この力は生まれたころからあった力…今までだって役に立ってきたし、これがあったからこそ、いろんなものを見れたのよ…。」
「やけにしおらしいですね、なんだか不気味、ッヒッヒ」
「不気味で結構……」
こんなに穏やかな夜空は、カイザーと見た時以来かもしれない。
「―――先ほどの質問だが、命・夢・希望がどこからくるか…答えてやろうか?」
「いえ…今はいいわ…また今度ね。流石のわたしでも寒いのよね…今の季節よく考えてよね。」
「つまらん。」
「つまらなくて結構…」
でも、いつしかその答えを聞かせてね。名前は小さくほほ笑み部屋に戻って行く。空に浮かぶ月が、優しく2人を見守っていた。