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星のこども/01

<旅立ち>

15歳の誕生日に、少女は旅に出た。これは、偶然ではない。必然だったのだと近い将来、この旅の意味を少女は知る。
ハンターである彼女の母は今日も忙しく世界を駆け回っている。旅に出る数日前、冷静沈着の母ヴィクトリアにしては珍しく慌てた様子で家を飛び出して行ったので、少し気になってはいた。ハンターなので、突然呼ばれ家を空けることが多かった母ではあるが、それでも、あそこまで慌てた様子の母を見たのは生まれて初めての事だった。ポーションや万能薬を持てるだけ鞄に詰め込み、二人暮らしの小さなログハウスを出る。自分が何になりたいのかはまだ答えが出せていないが、母のような強い女性になりたいとは考えている。少女は、夕焼けを映したかのような長い赤毛を風になびかせながら、最初の目的地であるハンマーヘッドへ向かう為山道を下り、乾いた大地を力いっぱい蹴った。
ハンマーヘッドで情報収集をした後、ちょこっと魔物退治をしながら小遣い稼ぎをして、いい感じにお金が溜まったら人生初の王都インソムニア旅行をする予定だ。ちなみに、年頃の女の子らしく王都で流行しているファッション雑誌もばっちり鞄に入れている。希望に満ちた旅に心を躍らせながら、少女は毛先をくるくると遊ばせた。
しかし、この時彼女はこれから王都インソムニアで起こる悲劇を知る由もなかった。
魔物を倒しながら荒野を駆け、空が少女の髪と同じ色合いになった頃、近くの標で朝まで休むことにした。標へ近寄ると、焚火の炎がちらりと見えた。如何やら先客のハンターが食事を作っているようだ。おいしそうな香りに思わずお腹がぎゅうと音を立てる。

「あの、すみません、今夜、ご一緒してもいいですか?」

標の先客に声をかけると、眼鏡をかけた青年が鍋を回しながら視線を少女に向ける。

「―――別に構わないが…」
「どうしたイグニス」

イグニスと呼ばれた青年は、何かを言いたそうな表情で少女に視線を向け、声をかけてきた大柄の青年に視線を向けた。

「いや…何でもない。グラディオ、ノクト、プロンプト、お客さんが増えたぞ」
「何だ、ハンターか?ん?おい、よく見たらまだガキじゃねぇか」
「イリスと同い年ぐらいなんじゃねぇの?」
「へぇ、女の子なのにすごいねぇ」

ハンターにしてはどこか小奇麗な服装のイグニスという青年に、ハンターというよりは旅行に来たかのような服装のプロンプト、ノクトという青年に、この中で唯一ハンターらしい風貌のグラディオという青年の4人でチームを組んでいるハンターなのだろう。ハンターの殆どは気の合う仲間でチームを組み、連携技を駆使して魔物を退治しているが、中には少女の母ヴィクトリアのように基本は単独で行動し、依頼があればチームに加わるハンターも存在する。

「初めまして、私名前と申します」
「よろしくね名前ちゃん、ねえねえ名前ちゃんは、一人でどうしてこんなところに?」

まず、声をかけてきてくれたのは人の良さそうな笑みが特徴の金髪の青年、プロンプト。

「15歳になったので、旅に出たんです…それで、明日ハンマーヘッドに向かう予定です」
「イリスと同い年か!その年で一人旅とはなぁ~…なんだかしっかりしてんなぁ」
「ハンマーヘッドって言えば、俺たちも明日ハンマーヘッドに用があるんだ、一緒に行こうよ!」

グラディオには、イリスという名前と同い年の妹がいるらしく、一人旅に出た名前に関心しつつプロンプトの意見に賛同した。

「い、いえ、これ以上ご迷惑をお掛けしてしまうのはやっぱり…」
「ガキが気にすることはねぇよ、な、ノクト構わねぇだろ」
「おう、別にいいけど」
「ねぇ、いいよねイグニス」
「ノクトがいいと言うのならば問題ないだろう、それに、目的地は同じなのだから」

どうやら、無事同行の許可が下り、名前はほんの少し、ほっとした。生まれて初めての一人旅に興奮はしていたが、初めて訪れる場所への道順が不安だったので道を知っている人と一緒にいれば安心だからだ。イグニスのおいしい料理を頂戴し食べ終えた名前は、鞄から日記帳を取り出し今日の出来事を書き綴った。旅の記録を日記に付け、何冊書き続けられるか今からもう楽しみでならない。
今日の出来事、旅の初日は順調。仲良しのハンター4人組と出会いました。ハンマーヘッドまでは、あと少しみたい。いつの日か、母さんみたいに強くなれるといいな。
星空を眺めながら、名前は母から譲り受けた弓の手入れをしていると、ふと、誰かの視線を感じ、暗闇を見つめるとそこにはノクトがこちらをじっと見ていることに気が付いた。

「まだ起きていたんですね」
「それはこっちのセリフだっての…子供は早く寝ろよな」

じゃないと、背、伸びないぞ。と気怠そうに言うノクトに名前は小さくむくれる。

「…いつかは、お母さんのように、大きくなりますから、大丈夫ですっ」
「ふうん…お前の母さん、何してる人なんだ」
「ハンターです、ハンマーヘッドへ向かうのも、そこにいるシドさんって方が母さんと仲がいいのでそのご挨拶がてらに」
「あぁ、シドね、昨日会ったな…ふうん、ハンターねぇ……」
「ノクトさんのお母さんは?」
「あー、その、ノクトさんっての気持ちわりぃからノクトでいいよ…俺の母さんな、病弱だったからあんま一緒にいた記憶がねぇんだ」

なんだか、悪い事を聞いてしまったような。気まずくなり、話をどう切り返すか悩み結局名前はあの話をノクトに話すことにした。

「そうなんだ、私の場合は、お父さんの記憶が無いんだ。母さんは父さんの事について何も教えてくれないの、だから、なんとなーく死別したか離婚したかのどちらかだろうなって考えるようにしたの」
「へぇ…」

ノクトの父親について気にはなったが、なんとなく空気が重たくなってしまったので両親の話はここで切り上げることにした。二人とも、特に会話をすることも無くそれぞれの作業を続けていたが、名前とノクトはこの時、お互いに似たような何かを感じたのは、お互いに片方の親の思い出があまりないからなのだろう、とぼんやりと考えていた。
朝焼けの中、名前は紅の長い髪を一つにまとめ大きく伸びをする。道具の手入れも終えたあの後、すぐに眠りについた名前は誰よりも早く目が覚めたつもりでいたのだが、テントを出るなりそこにはイグニスが既に朝食の支度をしていた。その後姿が何となく母の後姿と重なって見え、今彼女が何をしているのだろうかと少し寂しさを感じた。

「おはようございます、イグニスさん」
「あぁおはよう、ちなみに、イグニスでかまわない、グラディオも、プロンプトもノクト同様、さんを付ける必要はないぞ」
「ありがとうございます…あれ、もしかして昨晩うるさかったですか?」

あの時、イグニスは既にテントの中にいたので睡眠の邪魔をしてしまったのかもしれない。小さく詫びを入れるが、イグニスはむしろ盗み聞ぎのようなことをしてすまないと小さく詫び返されてしまった。この人は、とても生真面目な人なんだろう。会って間もないが、なんとなくイグニスという青年がどういう人物であるのかを知った。

「朝食の支度、お手伝いします!」
「それは有難い、だが、もう煮込むだけなんだ…」
「そ、そうなんですね…一体何時から起きていたんです?」
「日が昇る前だろうから…4時には起きていたな」
「お母さんみたい」
「え」
「ップ」

すると、テントの中から誰かの吹き出す声が聞こえてきた。もぞもぞとテントから這い出てきたプロンプトとグラディオは名前の「お母さんみたい」発言がツボのようで朝食が終わっても暫くイグニスの事をお母さんと呼びちょっかいを出してふざけていた。
因みに、ノクトは朝が弱いようでハンマーヘッドに到着するまでぼーっとしていた。

Published in星のこども