<イリス>
あの男と会ったら、殴ってやらなければ気が済まない。はじめはそう考えていたが、あの時、自分があの男に敵わない事を悟った名前は、今後の旅であの男と遭遇したらまずグラディオの背中に隠れることに決めた。
その夜、一行はイリス、そしてグラディオの家であるアミティシア家に仕えているジャレッドとタルコットとも無事合流することができた。
帝都の様子を教えて貰い、しんみりしたところでイリスはある事に気が付く。
「ねぇ兄さん、この子は?」
「あぁ、コル将軍に頼まれてな、王子の旅に同行する仲間だ」
と、名前を指さしながら言う。
「こんなに小さい子を旅に連れて行くんなら、私も連れて行ってほしいなぁ」
「イリス、名前はお前と同い年だぞ」
「え、うそ!ごめんね!!」
どうやら、イリスは自分よりも年下だと勘違いしていたようで、少し複雑そうな表情を浮かべながら名前は彼女の手を取る。
「はじめまして、名前だよ、イリスちゃん、グラディオの妹さんなんだよね?」
「よろしくね、私イリス!兄さんたちがお世話になってるわ」
「いや、どっちかっていうと世話してんのはこっちだな」
グラディオの言葉に、うん、うんと頷く一同に名前は小さくむくれる。
「ムキーっ、そうやって子ども扱いする!!」
「あはは、名前って面白いね!いい友達になれそう!!」
「よろしくねイリスちゃん!!私ね、同い年の友達が一人もいないかったからうれしい!」
しんみりしていた空気が、いつの間にかに軽くなりグラディオは内心ほっとしていた。妹も妹で辛い思いをしてここまでたどり着いて、暗い話ばかりではさらに追い込んでしまうだろう。名前は盛り上げ役を買って出てこの旅に同行をしているが、彼女がいてよかったとこの時グラディオは改めて感じた。しかし、グラディオには気がかりなことが1点ある。彼女が、名前が何故あの妙な男に目を付けられているか、だ。あの記念コインを持っているという事は、帝国関係者で間違いはないだろう。もしかすると、一番隙のありそうな名前を単に狙って虚を突くつもりでいるのかもしれない。突然いなくなった名前が何時間かして戻ってきたとき、あの男と遭遇し、連れまわされたことを知らされた時は驚いたものだ。ノクトとプロンプトは、単に名前があの男の好みだったのではないか、と推測しているがイグニスとグラディオは何か嫌な予感を感じていた。
「それでね、私のお母さん、凄腕ハンターで、まさか王都の人たちと知り合いだと思ってもいなくて…それで、ノクト達の旅に同行することとなったの」
「へぇ!不思議な縁もあるんだねぇ、あ、そうだ、明日午後、一緒に市場回らない!?」
「駄目だ、イリス」
「え、どうして兄さん!」
話によれば、名前が市場で昼食を食べていた時にあの男に捕まったと聞いている。念には念を、という意味でグラディオはイリスのお願いを却下した。
「別にいいだろ、グラディオ」
「ノクト、お前は名前が戻ってきたとき、どんな様子だったか思い出せるか」
イグニスの言葉に、ノクトははっとする。
「……あ、まぁ、そうだな」
「ねぇ、一体どうしたの?」
「なんでもねぇイリス、それより、お前たちもそろそろ部屋に戻れ」
「…はぁい、あ、名前、王都から雑誌持ってきたんだ!一緒に読もう!」
「うん!!」
2人が部屋に戻り、男4人だけとなった部屋でグラディオははぁ、と大きくため息を吐く。
「妹が増えると大変だねぇ、グラディオ」
「あぁ、まったくだ…イグニス、あいつ、どう思う」
「―――それについて考えていたところだ」
「あいつって、あいつか?」
「あいつか……あいつって?」
とぼけた様子のプロンプトにイグニスは頭を抱える。
彼らのいうあいつとは、勿論あの男のこと。イグニスとグラディオは、これからの道中、あの男と再び遭遇する予感があった。お小遣いだ、とわざわざあのコインを投げつけてきて、そして―――。
「もしかすると、名前は何か秘密を知っているのかもしれない、コル将軍から彼女も旅に同行するよう頼む程だ…」
あの男が帝国関係者だとして、彼女に近づく理由として推測されるのは帝国が欲している情報を彼女が何かしら持っている、という事。しかし、憶測にすぎないので、ノクト達の言うように単にあの男の好みだった、という場合もある。
男性陣の部屋でそんな話がされているとは知らず、年頃の少女二人は帝都のファッション雑誌を眺めながら、オルティシエにあるファッションブランドの店、ヴィヴィアンに想いを馳せていた。
「私、ヴィヴィアンのお財布欲しいんだ!」
「いいなぁ!私もオルティシエに行きたかった~~~…でも遊びの旅じゃないからって、兄さんに怒られちゃったからなぁ…はぁ」
「そうだ、私、イリスちゃんの分も買ってくる!」
「え、いいの?!やったー!!これとこれとね、これとこれと~~~~」
雑誌に次々と付箋を付けていくイリスに名前は苦笑する。持ち帰る時、大変そう。そんなことを考えながらオルティシエが待ち遠しくてならない2人の夜は更けていった。