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星のこども/11

<拉致>

起きると、何故か小奇麗なベッドにいた。おまけに、黒いフリフリのワンピースのようなものを着ていて。間違いなく、こんな趣味の服は持っていなかったので何者かに着替えさせられたことをすぐに理解した。

「―――え、夢…?」
「夢じゃないよ」
「―――!」

神出鬼没な男だ。隣からぬっと現れたアーデンに名前はぎょっとする。状況が分からずぽかんと口を開けていると、くつくつと笑いながらアーデンが近づいてきた。

「俺の本名、アーデン・イズニアっていうんだけど、この名前にピンとこない?」
「全然、微塵もぴんと来ません…」
「そっか、まぁ君は一般人だから知るはずもないか、俺こう見えてもニフルハイム帝国の宰相なんだよね」
「―――え?またまたご冗談を」
「まぁ何を信じるかは君の自由だよ、この中、自由に歩き回ってもいいけど気を付けてね」

魔導兵がうようよといるから。その言葉に名前は顔を青くさせる。

「…ノクト達は…!それに、私、レガリアの中にいたはずじゃ…!」
「大丈夫生きているよ、多分、どこかで君とレガリアを探しているだろうけれども」
「レガリアは!?」
「それも無事、安心した?」
「―――一体、何が目的なんですか」

ずい、ずいと距離を縮めてくるアーデンから逃れる事も出来ず、気が付けば壁まで追い詰められていた。ぐいと顎を掴まれ、無理やり正面を向かされる。男の瞳に、冷たい光が宿っているのを感じ、背筋から冷や汗が滲んだ。

「教えてあげない、さて、朝ごはんにしよう、何しろ君は丸一日眠っていたからね」
「丸一日…えっ」
「まだ足元ふらふらするでしょ?そりゃそうだよ、王様のお墓なんかに行くから」

どうしてこの男がこの事を知っているのだろう。やはり、後を付けられていたのだろうか。こんな時、グラディオがいれば、と思う。敵と話をするときは慎重にならなくては、とイグニスに教えられたので一言一言、慎重に言葉を頭の中で選ぶ。

「お墓にはもう行かないほうがいいよ」
「どういう、意味…」
「さぁ、それは君が答えを見つけ出さなくちゃいけないからね、まぁ、嫌でもわかる時が来るよ…うん、ヒントはここまで」

ちゅ、とリップ音を立てるアーデンに、名前は戦慄する。この男、頬にキスをした……。生まれて初めてのキスがこんなに嫌な人からされてしまうとは。名前は男の手から離れ、キスをされた頬をごしごしと拭った。頬がヒリヒリして痛かったが、痛みよりも大切な何かを今の一瞬で失ったような気がして、怒りすら覚える。

「後でメイドがここに食事を運んでくるから、大人しくしているんだよ」
「逃げてやるっ、こんなところっ」
「はは、逃げられるものなら逃げてごらんよ、まぁ、そういうところがお母さん似なのかもしれないね」
「何を、言って…」
「では、ごきげんよう」

ばたん、と音を立てて重たい扉が閉まる。ガチャリ、と何重にも鍵のかかった音がしたので、正面突破はまず無理だろう。部屋には窓という窓が無く、小奇麗な家具が少しあるだけのシンプルな部屋だった。白を基調とした部屋で、黒のワンピースはとても目立つ。

「そういえば、私の服どこ…!」

あれは、ハンター仕様の便利な服だが、予備を持っていない。大切に、大切に着ていたが、捨てられている可能性もある。そもそも何故着替えさせられているのだろうか。名前は着せられた黒のワンピースをちぎってやろうかと思ったが、これの他に服が無いので怒りを抑え、我慢することにした。
暫くすると、メイドが朝食を運びにやってきた。武器は無かったが、素手でもそれなりに戦おうと思えば戦える。この女性に罪はない。名前は並べられるパンやスープを見つめ、いつ逃げようかと考えを巡らせる。

「あの、お手洗いってどちらにありますか?」
「このお部屋にございます」
「……左様で」

メイドが指さす方向には、トイレのマークがうっすらと記されていた。もう、準備万端な訳?
この女性に罪は無いが、このままここにいればノクト達の迷惑となる。もしかしなくとも自身が人質として身柄を拘束されていることは分かっていたので、名前は女性の腕をひねり、その隙に部屋を飛び出した。
しかし、女性は追いかけてくることも無く、名前は順調に建物の出口付近までたどり着くことができた。しかし、世の中はそんなに甘いものではない。

「何処へ逃げるつもりだ、小娘」
「―――あ、あはは…」

そこには、銀髪の男が冷たい廊下で仁王立ちし、此方を冷酷さの滲む瞳で睨みつけていた。背筋が冷たくなるのを感じ、名前は慌てて逃げようとするが、慣れないワンピースのせいか裾をヒールで踏んずけてしまい盛大にこけてしまった。

「イタタ…」
「お前―――何者だ、何故あの男に匿われている」

帝国の人は過激な人間ばかりだと思う。無理やり立たされ腕を力強く捕まれ、名前は苦痛に顔を歪める。ここにいるという事は、この男も帝国の人間。何故ここに名前がいる理由を知らないのか。訳も分からず、名前は苦しそうに答える。

「いたっ…ノクト達と一緒に旅をしてるから…人質のつもりだと、思いますっ」
「人質にしては、随分な待遇の様だが」
「…知りませんよ」

男の腰には切られたら相当苦痛を味わいそうな剣が下げられており、ごくり、と名前は息をのむ。

「貴様、何を隠している」
「―――知らない、何にも知りません」
「おや、こんなところにいたんだ…もしかして逃げようとしてた?」

絶妙なタイミングで現れるアーデンに、白い軍服の男はピクリと眉間を動かしたがすぐさま無表情に戻った。

「どうもね、レイヴス将軍」
「―――」

見間違えだろうか。名前は二人の間で、ふたりの表情を伺いながら先ほど転んでぶつけた膝の痛みを感じていた。そして、アーデンは小さい子供を宥めるかのような声で囁く。

「メイドの腕をひねるなんてひどい事するね」
「―――そ、それは」

腕をグイと強く引っ張られ、名前は元の部屋へと連れて行かれる。悲鳴が漏れそうになったが、奥歯を噛んで何とか堪えた。
離れていく二人の背中を見つめながら、レイヴスは考えていた。あの男が突然連れてきた少女がただの一般人ではないだろうという事を。ノクティスの従者にしては、頼りなさすぎる。ノクティスと言えば、レガリアがこの基地に収容されているが、いずれ車も少女も取り戻しにこの基地にやってくるだろう。その時、あの男の反応を見て、あの少女が何者であるのかがわかるはずだ、と。

Published in星のこども