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星のこども/12

<レスタルム>

さぁ、おいで。
白い豪華な椅子に座らされ、まるで人形の髪をとかすかのように櫛を入れるアーデンにされるがままの名前。この男が一体何を考えてこんなことをしているのか、全く理解ができずにいる。どうしてこの男は、自分をこんなにも構いたがるのだろうか。汗がうっすらと滲む手のひらをぎゅっと握りしめ、この時間を耐える事しか今の名前にはできない。

「案外、細いんだね」
「…」

コチ、コチと時計の針の音と、髪に櫛を入れる音が部屋に響く。時々、アーデンが何か独り言をぶつぶつと言っている時があったが、とても静かな午後だった。あれから1日が過ぎたが、時々部屋に現れるアーデンは何かと名前をを構いたがる。名前としては正直とても迷惑ではあったが、他にやることも無く、話し相手もいないので(ここのメイドたちは名前に視線すら合わせない)仕方なくそれに付き合っていた。

「君のお母さん、今どこにいるんだろうねえ」
「…さぁ、お母さんは忙しいハンターだから」
「ふうん、お母さんの事、好き?」
「えぇもちろんよ」
「じゃあさ、お父さんは?」
「お父さんはいないもの」
「へぇそうなんだ」
「……貴方は、どうなの」
「初めて質問されたなぁ、俺の両親か…」

そんな昔の事、忘れちゃったなぁ。そう笑う男の声から、微かに怒りのようなものを感じ名前はまずい質問をしてしまったと、後悔した。
それからしばらく沈黙が続き、名前の髪を弄り満足したようで男は部屋から出て行った。男がいなくなった部屋で、名前は深いため息を吐く。一体、あの男は自分をどうしたいのだろうか。人質であることは間違いないだろうが、人質にしては随分と待遇がいいような気もする。ノクト達は、今どこにいるのだろうか。今回かなり迷惑をかけてしまったので無事合流できたらまずみんなに謝罪をしなくては。せめて、この部屋から抜け出してレガリアを探すタイミングさえできれば。窓のない白い部屋の中、名前は考えを巡らす。

「……寂しい」

母に会いたい。ぽろ、ぽろと冷たい雫が零れ落ちる。
寂しさに押しつぶされそうになる自分をぎゅっと抱きしめ、名前は眠った。その夜、外の騒がしさで名前は目覚めた。窓が無いので外の様子を確認することができない。外で何かが爆発をしたような音が聞こえてきたかと思いきや、建物が不気味な音を立てて軋んだ。廊下から警報が鳴り響き、いくつもの足音が聞こえる。これは、もしかしてノクト達が来たのではないだろうか。爆発音が遠くなった頃、重たい扉からアーデンが現れた。基地が何者かによって襲われているというのに、男は名前が眠っていたベッドに腰を下ろし、赤い髪を一束掴み、それをさらさらと指先で流しながら随分悠長な口ぶりで話し出す。

「やぁ、目覚めた頃かなと思ってね」
「そりゃ目覚めますよ…」
「迎えに来たみたいだよ」
「―――!」
「だから、送ってあげようと思って、ね」
「……本当、なの」
「ああ、嘘はつかないよ……」
「なら、どうしてここに閉じ込めていたの」
「君は軍に身柄を拘束されていたんだから、当然だよね…何しろ、レガリアの中で眠っていたんだ、俺としても、君を連れて行くほかなかったんだよねぇ」
「……そう、だったの」

いいやつ、なのかもしれない。と一瞬考えたがいい奴が突然頬にキスをしてくるはずがない。だが、逃がしてくれるのならばそれに越したことはない。差し伸べられた手を渋々取り、名前は部屋を後にした。
時は真夜中。何かが燃えたようなひどい匂いを感じながら名前はアーデンに連れられ、表に出る。移動中、ずっと手を握られていたが、この男の手のひらはひんやりとしていて汗一つかいていない様子だ。新陳代謝が相当悪いのだろう。そんなことを考えながら道を進むと、突然アーデンの足が止まる。

「はい、そこまでにしとこう―――おお、大丈夫?」

レイヴスとノクト達の一触即発状態を、アーデンが静める。彼が現れるなり、レイヴスは視線をノクト達から外した。突然現れたアーデンにピリピリした様子でノクトが声を上げる。

「何が」
「ふふ、助けにきたよ」
「何を言っている」

タイタンとの戦いの後、ノクト達は彼が帝国の宰相アーデン・イズニアであることを知らされている。敵国の宰相が助けに来た、などとそんな裏のありそうな話はない。

「それと、お姫様も連れてきてあげたよ」
「みんな…!」
「名前!無事でよかった…!」

ようやく解放される、と思いきやアーデンは名前の腕を離す様子でもなく、ぐいと再び腕を引っ張られ、アーデンの胸元に寄りかかるような姿勢を取らされる。

「てめぇふざけてんのか?」
「いつもまじめだよ?俺は…じゃあね、名前、楽しかったよ」

と、キスをするかのような仕草で耳元で囁くアーデンに名前はひぃ、と小さく悲鳴を上げた。

「ちょっと、何してるのこのおじさん!?」

信じられない光景に、プロンプトは声をあげ、グラディオは大急ぎで名前を自分の背中に隠す。しかし、当の本人は悪気のない様子で次に会うのは海の向こう?とノクトに話しかけた。

「うちもあそこの水神様に用事があってさ―――ね?」

男の言う、海の向こうとはオルティシエの事だ。何か企みがあるのか、問いかけるかのようにレイヴスに声をかけるアーデン。そして、指先でしっしとレイヴスを退却させると、アーデンはよい旅を、王様。などと意味深な言葉を残して去っていった。

「知り合い…だったの?」
「レイヴス様…レイヴスは、ルナフレーナ様の兄上だ」

彼らがどういうやり取りをしていたのかはわからない。しかし、ノクトとあの男が知り合いであることはなんとなくわかった。イグニスがレイヴスがルナフレーナ様の兄であることを教えてくれたが、だとすれば、あの兄は妹の命を狙っているという事だろうか。しかし、どうも気になる点がある。

「とりあえず、レスタルムに戻ろう」
「イリス達も心配してるだろうしね」

無事、レガリアと仲間の奪還に成功した一行は、ひとまず基地を後にし、レスタルムへ戻る事となった。車内で名前は久しぶりの仲間たちに緊張の糸が切れたのか、ぷつりと意識を手放してしまった。

Published in星のこども