<ひととき>
夜になり、ノクト達は無事戻ってきた。しかし、肝心の敵は逃げてしまったようだ。一行はひとまず夕食を食べるためにクロウズ・ネストに入った。店内で食事を待っていると、ラジオからルナフレーナ様がアコルドで保護されているとニュースが流れ、そのニュースにノクトはひどく安心した様子だ。
それもそうだろう、何しろ、彼女はノクトのお嫁さんなのだから。それに、命がけでノクトの誓約の為に各地を回っていたのだから。ノクトも、いち早く彼女と合流したいに決まっている。
「あ、そうだ、どうやら、カエムの港までの道で、マルフレームの森っていう場所があるみたいなの、もしかしたら何かあるかも」
地元の人の話によると、珍しい植物やアイテムが手に入るらしく、奥には強い野獣が潜んでいるそうだ。そして、開かない扉のある不思議な遺跡があるらしく…それを聞き、名前はもしや、と思いノクト達にそれを知らせた。
「もしかして、王墓かもしれないな…」
「でしょ?勿論、行くよね?」
「行くに決まってんだろ」
ノクトの一声で、一行は噂のマルフレームの森へ向かう事となったが、夜も遅いので、ひとまず今夜は眠り、朝出発することとなり女性陣、男性陣はそれぞれの部屋へと入っていった。
近頃、ベッドに横になるだけですぐに意識を失うので、一体自分の身体はどうなってしまったのかと不安に思っている。とてつもなく肉体が疲れているだけなのだろう、とは思うが、それにしてもぷつりと突然意識を失うのでベッドに横になる前に必ず髪を乾かすようになった。
朝、案の定寝癖が酷い名前は髪をひとまとめにし、寝癖を誤魔化す作戦にでた。イリスのように短ければきっと楽なのだろうが、今まで一度も髪を短くしたことが無かったので、似合う似合わないがわからない状態での冒険はしないことにしている。
「前髪が随分と無造作ヘアーだな」
「うるさいグラディオ」
「そうよ兄さん、名前、朝から気にしてるんだから言わないでよ!」
「へいへい、悪うございました」
仲の良い2人の様子に、グラディオは小さく笑う。イリスは家柄が家柄だったので、年の近い友達が殆どいなかった。だから、名前のような同い年で同性の友達はとても貴重だろう。何となく、イリスにも笑顔が少し増えたような気がするので、2人が出会えたことはグラディオにとっても喜びである。
このぎゅうぎゅう詰めのレガリアでの思い出が、いつの日か、とても懐かしく、そして愛おしく感じるのだろう。
これからの旅先、どうなるかは分からない。水神との誓約後、王の務めを果たさなければならないノクトがどうなるのか。王の盾として王を支えてきたアミティシア家は、王の務めを知っていた。だからこそ、ノクトにはこれからとても辛い思いをしなければならないだろうと察していたので、グラディオは旅を明るく、賑やかにしてくれる存在がとても重要であることをわかっているつもりだ。ノクトにとって、プロンプトは友人。そして名前は小さな妹みたいなものだ。彼女みたいな存在がいるからこそ、気張っていられる時がある。この旅で、ノクトは随分と成長をした。それはイグニス、グラディオ、プロンプトも、そして名前も同じだ。仲間がいるからどんな時も頑張れる。例え、背後に闇が迫っていようとも。
がたがたと揺られながら山の中のパーキングにたどり着いた一行は、レガリアをそこに駐車し、森への道を進んでいった。道の途中、イリスがまだチョコボを乗ったことが無いという事だったので、チョコボを呼び出しマルフレームの森まで走った。初チョコボでテンションの高いイリスだが、危うくチョコボから振り落とされそうになりグラディオに叱られたのは言うまでもない。
「うう…さむ…」
「大丈夫名前?」
「うん、大丈夫、ありがとプロンプト…はぁ…ここ苦手だなぁ…」
「いつまで入口で突っ立ってやがる、さっさと行くぞ」
「ふ、ふあい…グラディオさん…」
霧の深い森には、毒を持った野獣が多く生息していた。道中、イグニスが混乱したり、プロンプトが毒を浴びたりと回復アイテムの使用が絶えない。標までたどり着いた頃には毒消しもストックが無くなりかけており、ぎょっとさせられる。
「慎重に使わなくてはならなくなったな」
「そだね…」
最悪の光景を想像し、ぶるりと身震いする。ただでさえ心霊現象に苛まれているというのに。名前は例のごとく、おじさんのような声がこの森に入ってからずっと聞こえていた。洞窟の時よりも途切れ途切れで何を言っているのかはわからないが、はっきり聞こえたらそれはそれで怖いのでこのまま聞こえなくなってくれないかな、と願うばかりだ。
森を進むと、地元の人がうわさをする鍵のついた遺跡と、木のような肌をしている凶暴な野獣と出くわした。やはり、お宝の前にはこういうやつがいるものだ。それを倒すのにそこそこ時間がかかってしまったが、間違いなく旅に出たばかりの頃よりは強くなったと思う。名前はケガをしたイリスの腕に包帯を巻きながら、遺跡の中に入っていくノクト達を見守る。名前が睨んだ通り、その遺跡は王墓でノクトが探していた力を手に入れる事ができた。
お墓に来るたびに苛まれるこの心霊現象はいつまで続くのだろうか。ぎゅうぎゅうのレガリアに揺られながら、名前は小さくため息を零した。
それから車で揺られる事30分。ようやくカエムの港にたどり着き、イリスとの旅が終わりを迎えた。楽しい旅だったが、大変なことも色々とあった。世界が平和になったら、今度はイリスと2人、女旅を楽しんでもいいかもしれない。潮風を背に受けながら、名前はイリスの手をぎゅっと握る。
「イリスちゃん…世界が平和になったら、今度はふたりで旅に出よう!世界をぐる~っと回ろうよ!」
「わぁ!素敵!絶対だよ!?約束だからね!!ね、いいでしょ兄さん!」
「…まぁ、平和になったら好きにすりゃいいさ」
「やった!!」
と、その時。
潮風に混じって、誰かの嘲笑う声が聞こえた。しかし、振り返るがやはりそこには誰もいない。時々聞こえるこの声は、誰の声なのだろうか。突然様子の変わった名前に、イリスは心配そうに声をかける。
「…名前、どうしたの?」
「……ううん、なんでもない…気のせいだったみたい」
耳元にね、何かいたような気がしたの。そうとは言えず、名前は虫が横切ったような気がした、と誤魔化し笑った。昨日の夜も、妙な夢をみた。暗闇の中誰かの手に引っ張られて走らされる夢。それは、何かから逃げているようにも感じる。そして、走り続けようやくたどり着いた場所に広がる一面の赤。覚えているのはいつもそこまでだが、いい夢ではない事は間違いないだろう。
何から逃げようとしているのかは分からない。ただ、夢の中では必死に逃げる事しかできなかった。その答えを見つけるのが恐ろしくて、名前は考える事をやめた。
「二人で旅をするまでに、私、運転免許とるね!」
「…おい名前、車だけはやめろ、チョコボで移動してくれ」
「ははん、成程ね、お兄さんは交通事故を心配しているみたいだ」
「な、失礼ね!運転下手とは限らないでしょ!」
「チョコボのほうが安全だろ、だからチョコボにしなさい」
「じゃぁ私が免許取る!」
「それはもっと駄目だイリス!頼むから大人しくチョコボで移動してくれ!」
謎の懇願をされ、不服そうな二人はそろってむくれる。
2人で旅をして、いろんなものを見て楽しんで―――そんな素敵な旅ができたら、なんと幸せなことだろう。その為にも、早く平和を取り戻さなくては。平和のカギはノクトなのだから。ノクトが平和をもたらす時、彼がどうなるのか、この時名前は知る由もなかった。
そして、この先自分に与えられる重たい使命も―――。