<結ばれる者>
必ず帰ってきてください、王様。
タルコットの言葉を思い出し、名前は海の向こう側を見つめるノクトに視線を向ける。
「海だ、なんかこういう船で旅してみたかったんだよね」
「インソムニアにいたらなかなかこういう機会はねぇからな」
海での旅は、生まれて初めてだ。潮の香りを感じながら、名前は生まれ育った故郷を思い出す。気付いたら、こんなに遠くまで来ていた。1人だったら、絶対にたどり着けなかっただろう。
「何処まで行っても続く水平線、なんかすごいよね、神秘」
「オルティシエまではたっぷり時間があるから、好きなだけ感動したらいい」
「船が着いたらほかの国なんだよね」
他の国に行くなんて、これも生まれて初めての事。はじめは軽い気持ちで旅に同行していたが、ノクト達の覚悟を知り、名前も真剣にこの旅を考えるようになった。
「ああ、なんだか不思議な気分だ」
「やっと当初の目的地に着く訳だ」
「苦労したよな」
「だが、着いて終わりじゃない」
振り返ると、長いようで短い旅だったと思う。オルティシエに到着すれば、ひとまず彼らとの旅が終わる。ノクトはルナフレーナ様と王都に戻るのだから。旅が終わる、それはとても喜ばしい事なのだろう、けれども名前は寂しさを感じずにはいられなかった。出会ってそんなに長くはないが、この短い間で彼らをよく知ることができた。生まれて初めての仲間、そして兄のようにも感じている彼らと離れ離れになってしまうのだと考えると、胸が苦しくなる。
「今度は水神なんだっけ?」
「どんな性格の神様なんだろうな」
「神話では、気性が荒いとされているが」
ノクトが、真の王になる為には神様との誓約が必要だとか。その為には、まずルナフレーナ様が神様たちを目覚めさせ、誓約の申し入れをする。そして、ノクトが神様に直接会い誓約をするという流れになっている。
色々とタイミングの悪い名前はにまだ神様との誓約を直接その目で見れていない為、今回が初めての誓約となる。巨神の時は連れ去られていて、雷神の時も連れ去られていて。またも、あの男と遭遇したらどうしよう。名前は水神よりもあの男との遭遇が心配でならなかった。
「ルナフレーナ様との再会、楽しみでしょ」
「ルーナ?」
「うん」
「まあ無事かどうか確認しねーと」
「ああまずはそこからだな」
そもそも、神様との誓約の準備で各地を転々としていたルナフレーナ様だが、お体は大丈夫なのだろうか。神様を起こすなんて、想像もできない力だ。それを、その体一つで行ってしまうなんて、何か代償が無ければいいけれども。
「帝国領だってのはちと心配だ」
「心配って、ルナフレーナ様?」
「ルシス襲撃の目的の一つは指輪だ、相手はルナフレーナ様だとは言え、あの国がどんな手に出るかわからない」
そして、あの男が動くことは間違いないだろう。名前は男の顔を思い出し、げんなりする。
「指輪がなきゃ、クリスタルはただの石だからな」
「あそっか、でもなんで指輪をルナフレーナ様が?」
「状況から考えると、王都で陛下が託されたんだろうと思う」
「ずっと指輪を守りながらオルティシエに―――か」
「水神のほうも大事だけどな、まずは会って解放してやんねーと」
神様を起こしている中、指輪を守り続けていたなんて。とても一人で行うような内容ではない。
「そういえば、帝国のレイヴスだが彼の腕が義手だったのを覚えているか」
「ああ覚えてるぜ」
「王都襲撃の中で失ったそうだ、だが、同時に何か特異な力を手に入れたらしい」「だとしたら相当なもんだ、いきなりテネブラエ人が将軍に抜擢されてるんだからな」
そしてあくまでも噂だが、奴が今、陛下の剣を携えているらしい。イグニスの言葉に、ノクトは驚く。
レイヴスと言えば、あの基地で出会った男で、アーデンとは仲が悪そうな感じがした。イグニスが言うには、レギスの剣を使っている訳でもないそうだ。
「力を手にした割には宰相には頭が上がらねぇみたいだし、その陰で敵の形見を大事に持ち歩く?」
「うーん、どういうつもりなんだろ」
「さあな」
もしかすると、レイヴスは味方説があるが確証はない。名前は無限に広がる青空の下、瞳を瞑る。
今、母はどこにいて、何をしているのだろう。オルティシエに着いたら、まずルナフレーナ様と会って、それから、ノクト達と別れて、それで…。
海の向こう側で待つ悲劇、そして訪れる過酷な運命をまだ知る由もないノクト達は長閑な陽気の下で談笑しながら海を走る。
午後になった頃、ようやくオルティシエの入口が見えて来た。生まれて初めてのオルティシエはとても幻想的な町並みで、こんなに美しい街を今まで見た事の無かった名前は、感動で言葉を失う。
街が近づくと、ラジオの電波を受け取ったのかオルティシエで放送されているラジオが流れ始めた。どうやら、ルナフレーナ様が明日広間で演説を行うそうだ。
「ようやくお会いできるな」
「ああ」
2人にとって、念願の再会となる。調印式の襲撃事件で命さながら逃げ延び、命を狙われている中誓約の為に各地を回り、そして水神の所まで来てようやく2人は出会えるのだから。それを想うと、名前は胸が熱くなった。2人には幸せになってほしい。今後の2人の幸せを心から願うばかりだ。