<オルティシエ>
入国の際、色々と問題があり余分に入国税を取られてしまった。文句を垂れるシドの肩を、まあまあと名前が宥める。シドはマーガという店にいる店主と会う為ノクト達とは別行動となった。ちなみに、その人物はシドと同じくレギスの供だった人だ。
「あ、みんな、ちょっとだけ別行動してもいい?」
「ああ、あの件か、別にいいぞ」
港を出る前、コル将軍に名前の母、ヴィクトリアがルナフレーナ様の護衛の為にオルティシエにいる事を教えてくれた。ルナフレーナ様がここにいるのだから、どこかに母がいるはず。その為、名前はノクト達に母と会う時間が欲しいとお願いをしていたのだ。勿論快く承諾してくれたので、この日はヴィクトリアと一緒に時間を過ごそうと決めている。
「ありがとノクト、じゃあ、落ち着いたらマーガで合流だね!」
「久しぶりなんだろ、ゆっくりしてくるといい」
「うん、そうする…!」
母との記憶をあまり覚えていないノクトではあるが、親と離れる寂しさは痛い程わかっている。会える時に会わないと絶対に後悔するだろう。いつまでも、一緒に居られる訳ではないのだから。
3人に見送られながら、名前は美しい水都を駈ける。潮風が心地よい。何となく、母がいそうな場所を手あたり次第探し回り、そして、ようやく彼女の姿を見つけることができたが、その頃には日も暮れ、空が紅に染まっていた。
「お母さん…!」
「名前―――なんだか、逞しくなったんじゃない?」
「えへへ…色々ありましたから」
「ふうん、そうなの…頑張ったわね」
「へへ…」
夕日に照らされたヴィクトリアのエメラルドの瞳を見つめ、ああ、やっぱりお母さんが大好きなんだな、と名前は母への深い愛を感じた。
ハンター故に少しごつごつした手のひらが、頭を撫でてくれるその瞬間が大好きだった。なんでも器用にこなす母ではなかったが、辛いとき、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、どんな時も一緒にいてくれた世界でたった一人の母。あまり似ていないね、と周りから揶揄されたが、自分自身の大雑把なところとか、野菜の切り方が下手くそなところとか、休日はごろごろしてしまうところなど結構母に似ている自信がある。その背中を、その手のひらを、その笑みを見て育ったのだから当然だ。
「お母さん」
「なあに」
「お母さん」
「なあに、どうしたの」
これまで、いろんなことがあった。我慢していたことも沢山あった。それが、はじけたかのように名前は子供に戻って泣いた。少しカサカサしたその手のひらのぬくもりを頬に感じながら、名前は泣く。母と離れ離れになる事が、こんなにも寂しい事だとは知らなかった。
「お母さん、あったかい」
「ふふ、当たり前じゃない、生きてるんだもの」
よく見れば、腕や足にケガが増えている。やはり、ルナフレーナ様との道中はとても危険だったのだろう。
「お母さん、痛くないの」
「これぐらい、どうってことないわよ」
「でも、痛そう…ちょっと待ってね…」
「―――名前」
鞄の中からノクトの魔力で変化したポーションを取り出し、それをヴィクトリアの傷口にかけた。すると見る見るうちに傷は薄くなり、その様子にヴィクトリアは驚き腕を何度も見つめる。
「すごいよね、魔法って」
「…これは、王子の力が込められているのね」
「うん、これを飲んだりかけたりすると、回復できるの」
だから道中これが欠かせないんだ、とすっかり旅慣れたように言う娘に母はおかしくてくすりと笑う。さっきは突然泣き出したり、かと思えば大人びて見せたりと変化に忙しい我が子だ、と。
「やっぱり、あんたは私の子ね…名前、よく王子をここまで守り抜いたわね…本当にすごい事よ、これは貴女にとっての誇りでもあるのだから、これからの人生、これがきっと自分の自信へとつながるわ」
「へへ…どちらかと言えば、守られてる方が多かったけどね」
「それでも、心の支えにはなれたでしょ」
「…なれたの、かな」
「なれたわよ、あの中で最年少はあなたなのだから…」
そういえば、とヴィクトリアは言葉を続ける。
「ノクティス王子は?」
「ノクト達は今オルティシエだけど、私が我儘を言って別行動してるだけ」
「あらそうだったの…なら、早く戻りなさい」
最近夜が長いし、この街にもシガイが現れるようになったから。と忠告するヴィクトリアに、名前は頷く。
「ルナフレーナ様はお元気?」
「…まぁ、お元気とは言えないわね、長旅で体力も消耗しているから…それに、そうね、まぁ、明日演説されるからその時ね」
「う、うん…」
それもそうか、ずっと逃げ続けていたのだから。ヴィクトリアの瞳が悲しみに揺れるのを感じた。きっと、他にも色々とあったのだろう。名前は心配そうに母を見上げた。
「さ、王子の所へ早く戻りなさい」
「はーい」
もう少し、母と一緒に居たかった。だが、ここへ遊びに来た訳ではない。目的はノクトがルナフレーナ様と会う事、そして水神との誓約をすることだ。気が付けば水都はやさしい明かりが灯り、街行く人々は夕飯の話をしていた。
「お母さんは、ルナフレーナ様の所に?」
「えぇそうよ、アコルドは帝国領だからね…今は彼女がルナフレーナ様をお守りしてくださっているけれども、流石にそろそろ戻らないとまずいわね」
「気を付けてね」
「…名前もね」
あなたに会えてうれしかったわ。そう優しく微笑むヴィクトリアに、名前はふにゃりと笑った。母の匂いを感じながら、名前はヴィクトリアに別れを告げる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
いつの間にかに少し逞しくなった娘の背中を、母はやさしく見守った。