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星のこども/21

<聖なる光>

リヴァイアサンとの誓約の中、負傷したノクトは勢いよく瓦礫にたたきつけられた。ノクトが殺される―――と、思った次の瞬間。嫌な音が聞こえてきた。

「…おか、あさん…ッ」

頭が真っ白になる。あまりのショックに、名前は意識が遠のくのを感じた。ノクトを守ったヴィクトリアの脇腹からは、リヴァイアサンの攻撃を直撃した為にできた深い傷が見え、大量の血がしたたり落ちている。

「―――ノクティス王子、ルナフレーナ様が、貴方に託した光、けして失わせない…」
「あ…んたは……名前の……」
「ルナフレーナ様……もうお体が……間もなく…死んでしまう…この、誓約が終わり……」
「な、ルーナが…!?それにあんたもこのままじゃ…ッ」
「いいの、わたしは…あの子が…これから生きていくためには………こうするしか、なかった」
「何を言って―――」

渾身の力で言葉を発するヴィクトリアに、ノクトはどうすることもできなかった。彼もまた、殆どの力を使い果たし肉体も限界を超えている。このまま出血し続ければ、間違いなくヴィクトリアの命はない。それでも、彼女は主の為、未来の為に走った。死を待つ、彼女の元へ。

「―――ルナフレーナ様」
「ああ…ヴィクトリア…今傷を治療―――」
「…いいえ、もう、よいのです…わたくしは、フルーレ家に最後までお仕えでき、とても幸せでした」

ごほ、と口から血を吐き出すヴィクトリアを、ルナフレーナ様はやさしく抱きしめる。

「ヴィクトリア…ずっと、わたしたちを守ってくれて、ありがとう…」
「…テネブラエが落ち…それから…わたくしは……無様にも逃げ延び…フルーレ家にお仕えしていた者として、恥ずべき行動を―――」
「何を言うのです、ヴィクトリア…あなたは、十分わたしたちを助けてくださいました……」

そして、貴女は運命的に、あの子と出会い、時が来るまで守ってくれました―――。と、ルナフレーナ様は瓦礫の向こう側で膝をつく紅を見つめ微笑む。

「―――やっぱり、そういう事だったんだ」

低い声が聞こえてくる。瀕死の重傷を負ったヴィクトリアとルナフレーナ様は彼が近づいていることに直前まで気が付けなかった。男の表情は、見なくともわかる。ヴィクトリアはゆっくりと背後にいる男、アーデンに視線を向ける。

「…アーデン……」

ルナフレーナ様を守るように立つヴィクトリアに、アーデンはくつくつと笑う。

「やぁ、名前のお母さん?はじめまして、じゃないよね」
「―――テネブラエを落とすよう指示したのはお前だったな……」
「久しぶりだねぇ、テネブラエの元将軍様―――」

ヴィクトリアは、よく覚えていた。あの日の悪夢を、あの日フルーレ家に仕える者として、テネブラエ軍の将軍として使命を果たせず、無様にも生き延びてしまったこと。そして、飛空艇の中から炎に包まれるテネブラエをこの男が笑みを浮かべながら見下ろしていたことを。

「覚えていてくれたんだ、嬉しいねぇ―――」

近づいてくるアーデンに短剣を向け、鋭い眼光で男の名を吐き捨てる。

「アーデン、お前は…お前だけは許さない…あの子は、必ず目覚める」
「―――はは、まさかすべて知っていて、今まで育ててた?」
「当たり前でしょう……ルナフレーナ様もご存知だ……すでに六神にはお伝えしている…もう遅いぞ、アーデン・イズニア―――」

ああこれで、復讐を果たせる、そして世界の為に、無力だった自分が生まれて初めて役に立てる、と喜びを感じた。しかし、これであの子とはもう二度と会う事ができない。あれが、あの子との最後の会話だった。思い出すと涙が零れ落ちそうになる。ヴィクトリアはぐっと涙を堪え、にぃと不敵な笑みをアーデンに向ける。
男の瞳に、怒りが滲む。アーデンはこの時気が付いてしまった。彼女が何をして、自分に復讐をしようとしているのかを。

「目覚めの時がきた……」

そう言い残し、ヴィクトリアは地を蹴り、水神リヴァイアサンへ向かっていった。彼女を止めるべく動こうとするが、水神が大暴れしアーデンでもその場を動くことができず。
そして、次の瞬間、鈍い音と共に彼女だった肉片が海の中へと消えていった。
男の内側からは底知れぬ怒りがこみ上げてくる。放たれる殺気で空気がビリビリとうねる。

「なんてことしてくれたんだ…」
「……すべては、世界の為、に…」

その言葉に、アーデンの眉間はぴくりと痙攣する。

「―――ずっと隠していたなんてひどいよね…ああそうだ…そろそろ指輪、出しなよ」

怒りの滲んだ男の声に、ルナフレーナ様は怯むことなく真っ直ぐ見つめ返す。

「―――じゃあいいや、君が渡しなさい、クリスタルも取り戻すよう言って?」

ダガーでルナフレーナ様の腹を勢いよく刺したアーデンは、それから向こう岸にいるノクトに、早く来いよノクティス様、と馬鹿にするかのように挑発し、冷たい笑みを浮かべる。
ルナフレーナ様は元々六神との誓約の準備で寿命を削っていた。その為彼女に残された時間はわずか。神凪である彼女は、己の使命をしっかりと理解している。

「指輪は、わたしが、王に届けます」

立ち上がろうとしたアーデンの腕に触れ、神凪の力である浄化の魔法を唱え、呟く。

「闇から遣わされた者達はようやく安らかに眠れますね」

一瞬ではあるが、腕の自由が奪われたアーデンは、汚れを払うかのようにその腕でルナフレーナ様を強く叩き、憎らしげにその腕をにらみつけた。
憐れみの色が滲んだ瞳でルナフレーナ様はアーデンを見上げる。そのまま飛空艇に乗り込んだアーデンは憎らし気に「貴方もどうか安らかに、ルナフレーナ様」とわざと恭しく礼をし、去っていく。
彼女は、男を憐れんだ。彼の歩んできた道、そして、神の用意したシナリオに。
しかし、もう止まってはいられない。すべては、世界の望むこと、星々の願い、そして宿命。残された最後の力で、ルナフレーナ様は神凪の逆鉾掲げ、祈りを込める。
全ては、人々が平和に暮らす事の出来る未来の為。その為には、星に選ばれたノクトが真の王となり、星の病を浄化し、そして―――。
神聖なる光が、ノクトを包み込み、ついに彼は覚醒した。

Published in星のこども