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星のこども/22

<崩れ落ちる世界の中で>

リヴァイアサンと戦うノクトの向こう側で、ただただ立ち尽くす名前。今、目の前で起きた事が事実なのか、夢なのかすらもわからない。ただ、そんな中はっきりと聞き取れた声があった。

『目覚めの時がきた』

母、ヴィクトリアの声で、確かにそう聞こえた。頭の周りで木霊するその声からは覚悟と、そして悲しみを感じた。
崩れ落ちる事も出来ず、まるで時が止まったかのように動かなくなった名前は目を見開き、この戦いを見守る事しかできなかった。その為、背後に近寄る気配にも気が付くはずもなく。

「辛い、でしょ……いや、状況が、わからないかな?」
「―――だれ…」

ふわりと、甘い香りがする。そして、微かに血のような匂いも混じっていた。

「忘れちゃった?」
「……わからない、何も、考えられない……声が、うるさいの…」
「―――へえ、声、ねぇ」

すると、アーデンは立ち尽くす名前の背後から、彼女をそっと抱きしめる。

「ずっと…声が聞こえる……唄なのかもしれない……唄がうるさいの、止まないの……お母さんの声が聞こえて……それから、ずっと…唄が止まないの」

その言葉に、アーデンは苦虫を潰した表情を浮かべる。ああ、卵から孵ってしまった、と。
ただの卵だった彼女が、ついに目覚めてしまった。だが、まだ卵から孵ったばかりの雛―――もしかすると、まだ改善の余地はあるのかもしれない。神凪も、王も、神も憎い。何より、一番憎いのはこの世界だ。自分自身が誕生し、殺されたこの世界が。自分から命までをも奪ったこの世界が、ようやく見つけた、自分だけの宝すら奪おうとしている。この世界を終わらせなくては―――。アーデンは震えるオリヴィアを強く抱きしめ、彼女から零れる涙を指先でやさしく拭う。

「行かなきゃ…」
「駄目だ、行っては―――」

今まで払えなかったアーデンの腕をいとも簡単に払い、その刹那、アーデンは目を見開く。彼女に施したはずのあれが、消えていたからだ。

「―――やっぱり、神様は憎いな…早く、消さなくちゃ」

全てを、奪われる前に。
アーデンは払われた腕に走る、ジンジンとした痛みにクツクツと笑いながら大地をにらみつける。
今まで動かなかった名前の身体が、まるで嘘のように滑らかに動く。今、名前の心は無だった。まるで手足に見えない糸が生えていて誰かが操っているかのようだ。
水神リヴァイアサンが最後の力を振り絞り、衝撃波を街に放つ。ノクトを守るため姿を現したタイタンがリヴァイアサンの前に立ちはだかるが、このままではこの街が海底深くへと沈んでいくだろう。人々を非難させているとはいえ、ここにはまだ多くの人がいる。多くの命が奪われる。
赤い模様のような光に包まれた名前の姿から、アーデンは目を逸らす事ができなかった。どうして、あの娘でなければならなかったのか。考えれば考える程、彼の心の中には怒りが募る。
次の瞬間、巨大な津波が街を襲ったかに見えた。しかし、海底から現れた赤い光が津波そのものを消した。海底の光が消えた頃、いつの間にかに水神も姿を消し―――そして、名前を包んでいた赤い光も消え、そのまま落下する。
そして、深い、深い闇の中に飲み込まれていく。
闇の中で、名前は声を聞いた。

『…おかえりなさい、でも、あなたにはまだ為すべきことが山のようにあるでしょう』
「……お母さん…?」
『…王と共に、進みなさい』
「お母さん…ねぇ…どうなっちゃったの…お母さん、どこにいるの―――」
『今までよりも、少し、離れた場所にいってしまっただけ』

闇の中、浮かび上がるヴィクトリアの姿に名前は安堵する。

「お母さん―――」
『今まで、隠していてごめんね、実は、あなたの本当のお母さんは、15年前、あなたを産んで亡くなっている』

今まで語られなかった真実を告げられ、名前は目を見開く。周りの人からも似ていない、と言われていたのもあるがなんとなく、ヴィクトリアとは血が繋がっていない、と感じていた。

「―――本当の、お母さん?」
『帝国から逃れてきた女性だったわ…酷く衰弱をしていてね…あなたを助けるので精いっぱいだった…』

それでも、彼女にとって、母はヴィクトリアだけ。例え、血が繋がらなかったとしても、ここまで育て、愛を注いてくれたのは彼女。闇に浮かぶ母を、名前はぎゅっと抱きしめる。

「でも…私にとってのお母さんは、お母さんだけだから…」

雫のようなものが、ぽたりと名前の頬を濡らす。濡れた頬を、その優しい手のひらで包み込み、ヴィクトリアは彼女の額にキスを落とした。

『あなたが、普通の女の子であれば、どれ程良かったか……』
「普通の…女の子…?」
『あなたは、星のこどもとして生を受け、覚醒した今、あなたが人として生きる事は許されない―――』

代われるものならば、かわってあげたい。しかし、それはできない、何故なら星のこどもは星が選ぶものだから。ヴィクトリアは暗闇の中、赤く光る名前の瞳を見つめ悲しそうに笑う。

「星の、こども…って?」
『その答えは…あなたが見つけなければならないの、王と共に行きなさい、そうすれば、自ずと答えは見つかる』
「……ノクト、と一緒にいれば、わかるの?」
『……えぇ、彼は、これから先、支えが必要―――星の宿命を背負った彼を、真の意味で支えられるのは、あなただけ』
「……ルナフレーナ様は…」
『あのお方は、きっと今頃、王の元に…お別れの言葉を伝えている頃でしょう』

お別れ、という言葉に名前の心臓はドクンと脈打つ。風が吹き、闇が晴れていく。すると、辺り一面、赤い結晶に包まれた場所に二人はいた。

「…それじゃ、ルナフレーナ様は……お母さんは―――ッ」
『未来を守る事が出来て、誇りに思うわ…これからの未来、ノクティス様が使命を果たしたその後の世界を導くのは――――』

突如周りの景色が歪み、ヴィクトリアの姿が離れてしまう。名前は必死になって歪む世界でヴィクトリアの手を取ろうともがくが、どんどん、彼女の姿は見えなくなっていく。涙でぐちゃぐちゃになった顔で、名前は彼女の名を叫び続ける。

『大好きよ、名前―――ごめんね』

彼女に届いたかはわからないが、ヴィクトリアは崩れ落ちる世界の中、愛娘の名を呟いた。

Published in星のこども