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星のこども/23

<深い悲しみの中で>

どうして、こんなことに。
リヴァイアサンとの誓約は甚大なる被害をオルティシエに齎した。数日間眠り続けたノクトと名前はほぼ同時に目覚め、絶望を知る。ノクトの元にはイグニスが、そして名前の元にはグラディオが知らせてくれた。ルナフレーナ様とヴィクトリアが亡くなったこと。そして、誓約の時起こった不思議な出来事を。

「まだ立ち上がらないほうがいい」
「グラディオ…でも、ノクトの所へ行かなくちゃ…お母さんに、託されたの…」
「…ヴィクトリアさん、夢に現れでもしたのか」
「―――うん、王を、支えてあげなさいって…星の、為に…」
「…そうか、だが、今は大丈夫だ、イグニスがついてる」
「……でも、何にもできないなんて…」

腕に巻かれた包帯をむしり取り、名前は手のひらを腕に当て、唱える。すると見る見るうちに傷が塞がり、その様子を見ていたグラディオが目を見開き、驚いた様子で椅子から立ち上がった。

「―――おい、それって…」
「魔法、だよね」
「そりゃ、見りゃわかる…どうして使えるんだ」
「―――わからない、もしかしたら、こうしたら治るかもって思ったら治った…私、どうしちゃったんだろう…」
「…」

やはり、あの赤い光の根源は名前。何人かが目撃しており、赤い光の中に、少女がいると聞いた時は驚いたものだ。このイオスで、不思議な力を扱えるのはルナフレーナ様の家であるフルーレ家と、ノクトのルシス王家だけ。となると、名前はどちらかの家の出ということになる。

「とりあえず、寝てろ、立ち上がれねぇはずだ」
「……うん…どうしてわかったの?」
「お前がここを守ったんだよ、さっき話したろ、赤い光が海底から差し込んできて、津波が消えたって」
「…うん、どうして、それを私が?」
「何人かが、お前がその光の中にいたところを目撃してるんだ、だから、間違いねぇだろ」
「―――私が、そんな、事を」
「覚えていないのか」
「うん……私が覚えているのは…甘い匂いと……お母さんが………」

思い出すと、カタカタと身体が震えだす。

「いい!無理に思い出さなくていい!ともかく今は身体を休めるんだ、なんだかわからねぇがお前はとんでもない力を使ってここを守ったんだからよ」

あの時、何も動けなかった。ただ目の前で起こっていることを、見ているだけしかできなかった。

「私……」
「―――グラディオ、ノクトが目覚めた…」

言葉を続けようとしたとき、扉がノックされ、静かにイグニスが姿を現した。

「イグニス、丁度よかった、名前も今さっき目覚めた、だが、もう少し寝かせてやりたい」
「…無論だ、名前、身体に痛みなどはないか」
「…私は大丈夫…イグニス、どうしたの、目が…」

彼の目元を見ると、痛々しい傷があった。さらに、彼はその傷を隠すためかサングラスをかけている。両眼は閉じられ、もしかすると視力を失っているのかもしれない。ベッドから立ち上がろうとしたが、思うように力が入らず倒れそうになるのをグラディオに助けてもらった。

「イグニス、ここに座ってもらってもいい?」
「…あぁ、別に構わないが」

グラディオに手を借り、イグニスは名前のベッドに腰を下ろす。そして、名前は先ほどと同じく、手のひらを彼の目元に当て、唱える。

「…傷が…治らない…?」

自分の腕は治療をすることができたのに、イグニスの傷を癒すことはできず名前は悲しみで顔を歪ませる。

「―――名前、君は力をかなり消耗しているはずだ、気持ちは有難いが、もう大丈夫だ…目は、いずれ癒えるだろう、ありがとう名前」
「…でも」
「イグニスの言う通りだ、暫くすりゃ治るだろ…それよりも、名前、お前はゆっくり体を休めるんだ、暫くこの部屋から出るなよ、いいな?」
「―――うん」

2人の言う通り、全身気怠くて動くことができなかったので、お言葉に甘えて名前は再び深い眠りについた。扉の向こう側で、ノクトの様子を見に行っていたプロンプトと合流した3人は、長い沈黙の後、新鮮な空気を吸うべくホテルを後にする。
復旧作業中であるオルティシエの街並みはそこらかしこに瓦礫が散乱し、殆どの住民は現在も避難所での生活を強いられている。

「そういえば、あの光ってやっぱり名前だったの?」
「名前じゃなかったとしても、あいつが何らかの力を使えるのは間違いなさそうだ」

グラディオは、名前が自分の傷を魔法のような力で治癒したことを二人に説明をした。

「え、名前って王家の人だったの?」
「それか、フルーレ家の血を引いているか…どっちにしろ、名前を旅に同行させろっつってた、コル将軍の言葉の意味が今回理解できたな」
「…ああ、そうだな…という事は、コル将軍は真相を知っているということか」

連絡を取ってみよう、とイグニスは提案するがグラディオが首を横に振る。

「名前の口から聞かなきゃ意味がねぇ」
「でもさ、もし、名前が知らなかったら…?」

そもそも、名前がそんなことを黙っているはずが無い。プロンプトは素朴な疑問を投げかけるが、その疑問にグラディオが言葉を続けた。

「いずれ気付くだろ、自分でその答えを見つけるために、名前を旅に同行させた……すべてに意味があるんだよ、きっとな」
「へぇ」
「…ノクトは知っているのか」
「いいや、わからねぇ、けど、あん時、一番名前がノクトの傍にいたんだ、何かを見ているはずだ」
「そうか…」
「二人とも、また眠っちゃってるみたいだけど、大丈夫かな」
「大丈夫じゃなかったとしても、進まなくちゃならねぇ…とくにノクトはな…どんな犠牲を払ってでも、王は前に進まなくちゃならねぇんだ」
「…そうだな」

きっと、名前もそうなのだろう。仮に、ルシス王家の血を引いている者だとしたら、この戦いには欠かせない存在となる。もしもの時、ノクトを真の意味で助ける事が出来るのは彼女という事になるからだ。

「名前がお姫様だったなんて…」
「まだわからねぇ、それに、軽々しくその話を名前の前ではするなよ……その答えを出せるまで俺たちは出来る限り待つ」
「肝に銘じておくよ…うん」

海が、寂しそうに揺れた。

Published in星のこども