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星のこども/24

<使命>

オルティシエを発つ前日、ノクトは夜風に1人当たっていた。誰とも会いたくない、そんな日々を過ごしていたが、そうこうしていられない現実がノクトの心を苛ませる。
現実を忘れていられたら、どれだけ幸せなことか。ゆらゆらと揺れる水面を眺めながら、彼女の名前を呟いた。

「ルーナ…」

今はもういない彼女。遠い世界へ行ってしまった彼女。ノクトの胸には、アンブラが運んできた彼女との最後の交換日記が大切にしまわれている。最後のページを開くと、彼女への想いがあふれ、悲しみで胸が張り裂けそうになるのでなるべく開かないようにしていた。
それでも、悲しいものは悲しい。こんな状態でも、前に進まなくてはならないのだから。瓦礫だらけの街で、ノクトは向こう側にとある人物がいる事に気が付いた。

「…名前…?」

旅を始めた頃よりも少し伸びた赤い髪。この辺ではとても珍しい髪色だったので、あれは間違いなく彼女だろう。名前はノクトと同じく虚ろな表情で夜空を見上げていた。今にも崩れ落ちそうな名前の横顔からは深い悲しみを感じる。

「名前、こんなところにいたのか…」
「…ノクトも動き回れるようになったんだね、良かった」
「あぁ……その…お前の、母さんには感謝してる…俺やルーナを最後まで守ってくれた、本当に、ありがとう」

そして、お前の母さん、助けてやれなくてすまなかった。悔しさに顔を歪めるノクトを見て、名前は儚げに微笑む。

「ううん…大丈夫、ノクトが気にすることじゃないよ…お母さんは、未来の為に死ねて幸せだって言ってたから…あのね、ノクト、私、ノクトを支えられるようにがんばるね」
「…支える、って」
「お母さんに言われたの、ねぇノクト、星のこどもってどういう意味か分かる?」
「んー、聞いた事ないな…ワリ…」
「そっか、ありがと。わからないよね、私だってわからないんだから」

ふと、ノクトは彼女と交わした言葉の中で、星のこどもという単語があったことを思い出す。夢の中で、彼女はノクトにこう言い残している。
『星のこどもはヴィクトリアがその身を犠牲にしたことによって目覚めました…あとは、彼女が星のこどもとしてその日が来るまで時を待つだけ―――どうかノクティス様、世界に、光を…そして、彼女の使命を、果せるようお導きください』
星のこども、とは恐らく名前の事。何故星のこどもと呼ばれているのかも、名前の存在を知っているのかもわからなかったが、彼女があの少女を託したことは間違いないだろう。星のこどもとして目覚めるためには、どういう訳かヴィクトリアが犠牲になる必要があった。考えれば考える程頭が痛くなる。彼女から託された言葉をそのまま名前に伝えるが、彼女はただ黙っているだけで暫く沈黙が続いた。

「…星のこどもって、何なのよ…私にどんな使命があるというの」
「名前…」
「ごめんね、ノクトに八つ当たりなんかして…ノクトだって、辛いよね、ルナフレーナ様が亡くなられて」
「そりゃ……はは、お互い、ダメダメだな」
「そだね…ダメダメだね…」

早く、立ち直らなくちゃ。名前は苦しそうに呟く。

「…名前、サンキューな、その…街を救ってくれた」
「…ああ、その話ね…私、あの時の事、あまり覚えていないの…だから、ノクトの力なんじゃないかな、って思ってるんだけど…違うの?」
「俺じゃねぇよ、ルーナでも…。ルーナはあの時、既に……だから、あれは名前の力なんだと思う、あれのお蔭で街が壊滅せずに済んだ。あれが無ければ、多くの人が命を失っていた……」
「……でも、お母さんは、助けられなかった…どうしてかな、一番助けたかった人は、助けられないなんて」

連日泣き続けて涙もとうに枯れたと思っていたが、同じ傷を負うノクトと会い、名前は我慢が出来ず嗚咽を漏らしながら涙した。ノクトはただ静かに名前に寄り添い、彼女をやさしく抱きしめる。兄の、ように。

翌朝、オルティシエを旅立つ日となり、一行は無言のまま船に乗り込む。道中、誰一人として言葉を発しようとはしなかった。そして、一行はスカープ地方を列車マグナ・フォルタに揺られながら走る。
列車からは乾いた大地が見え、砂埃が舞っているのがよくわかる。名前はふと、目の前に座るノクトの表情を覗き見る。彼は相変わらずどこかを見つめ、小さくため息を吐いている。

「これさ、テネブラエにも寄るんだよね?」

痺れを切らしたのか、沈黙に耐えられずプロンプトが声を上げる。

「その前にカルタナティカの駅に降りる」

そう答えるイグニスに、プロンプトは彼の視力を按じ、本当に寄れるのか、と問いかけた。傷は落ち着いたが、結局視力は取り戻す事が出来なかった。名前が何度も魔法を試してみても、彼の世界は暗闇のままで。魔力のコントロールに慣れていない名前は、少しでも魔法を使えば息切れをしてしまう程疲れてしまう。その為、彼女に極力魔法を使わせないようにしていた。

「イグニス、ごめんね、治せなくて」
「名前が気に病むことではない」
「だって…イグニスの美味しい料理がもう…」
「え、ちょっと、心配は料理だけ!?」

あれからずっと空気が重たい。だから、少しでも場の空気を明るくしようと名前とプロンプトは奮闘するが、状況は変わらず。二人は視線を合わせ、苦笑する。辛い気持ちは分かる、名前だって気を緩めば悲しみに打ちひしがれてしまうだろう。だからこそ、悲しみを紛らわせるために笑う事が一番いい。

「お前、何様だよ」

と、その時周りを見回っていたグラディオが戻ってきた。彼は戻ってくるなり、顔をうつむかせるノクトに募った怒りをぶつける。

「あ?」
「テネブラエには寄らねえぞ―――いい加減、切り替えらんねえのか」

その言葉に、名前はびくりと肩を揺らす。ああ、グラディオがついにそのことを言ってしまった。どこかで爆発する気配はあった。しかし、ここで爆発させるなんて。

「切り替えたから乗ってんだろうが」
「切り替えたヤツが今一番第変なあいつに声のひとつもかけらんねえのか!」
「離せよ」
「指輪はどうした?大事に持って歩くだけか?」

ルナフレーナ様が命がけで守った光耀の指輪を、今はノクトが持っている。王にふさわしくない者がそれを身に付ければ、その身は聖なる炎に包まれ消えるとされている、恐ろしい代物でもある。ノクトは、今、それを付けられる自信がなかった。自身だけではない、それを持っているだけで、身体は気怠くなる一方。もしかしたら、この指輪は所持する者の生命力を奪っているのかもしれない。この事にノクトは薄々勘付いてはいたが、自分の苦しみなど誰も理解してくれないに決まっている。塞ぎ込んでしまった今のノクトが彼らにこの事を伝える筈もなく。

声を荒げる2人の隣で、名前はぎゅうと胸が痛むのを感じた。こんなに空気がピリピリした旅は、初めてだ。グラディオの言い分も勿論わかる、だが、ノクトの事も少しは考えてあげたらどうだろうか、と名前は感じていた。イグニスが傷を負ったのも、すべてはノクトの為。ルナフレーナ様が命を犠牲にしたのもノクトの為。だが、犠牲になった者たちは、彼らが争い、決裂する為に犠牲になった訳ではない。

「やめろグラディオ!」
「どこの世界にこんなだらしねえ王様がいる」
「―――てめぇ」
「やめてよ!グラディオのバカ!アホ!トンチンカン!」
「―――な」

グラディオに掴みかかるノクトをプロンプトは引きはがすが、怒りに我を忘れたノクトが何をしでかすかわからない。と、その時、名前が声を張り上げる。

「ここ、列車の中だよ?!何考えてるの?!喧嘩するなら外でしなさいよ脳筋!」
「な、んだとコラ、名前…!」
「―――グラディオ、名前の言う通りだ、ここはほかの乗客も乗っている…」
「ッチ…」
「―――すまない」
「おめえが謝ることはねえ、謝罪が必要なのは―――」
「グラディオ!いい加減にしないと叫ぶわよっ」
「お前が静かにしろっつったんだろうが、お前が叫んでどうする」
「私はいいのっ、あ~大きな声出したらお腹すいちゃった、ノクト、この脳筋は放っておいて、あっちでごはん食べよ!ごはん!」
「お、おい」

皆がピリピリする理由もわかる。こんな時だからこそ、自分にしかできないことはある。名前はノクトの腕を引っ張り、無理やりビュッフェの車両に連れて行った。

「あいつに気を使わせてどーすんだよ…ったく」
「でも、助かったよね…名前がいてよかった」
「ああ」

二人がいなくなった車両で、グラディオは席に腰を下ろし、はあ…と盛大にため息を漏らした。

Published in星のこども