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星のこども/27

<神様嫌いの男>

4人がビュッフェに行っている頃、名前は列車内にあるシャワーを浴び、あの臭い泥水とはキレイさっぱりおさらばした。旅を始めてからというもの、何日も風呂に入れない事は当然あったし、全員が汗臭かったので汚れる事には慣れた。が、きれいでいられるのであればそれに越した事は無い。

「~♪」

風呂に入れない事も多々なので、常日頃名前はよい香りでいられるよう好みの香りの石鹸類を持ち歩いている。ネットでシャコシャコと泡を泡立てながら、名前はご機嫌な様子でチョコボの歌を歌う。この星の人間ならば、子供の時必ず歌っている歌でもある。
じっくりと身体の汚れを落とした後、名前は個室へ向かう。濡れた髪をタオルで拭いていると、ふと、背後から嫌な寒気を感じた。この感覚は、前も経験したことがある寒気だ。暖かい首筋に、誰かの冷たい手が触れる。少しごつごつした掌で、ふろ上がりの彼女の首筋を撫で、遊ぶ。そして、名前の使った石鹸の匂いではない、仄かに甘い香りを感じた。

「…また貴方ですか」
「わかっちゃった?」
「モロバレです…」
「お風呂上りなの?いい匂いのシャンプー使ってるんだねぇ…」

くん、と男の息遣いを首筋に感じて、名前はたじろぐ。この男の前で、動揺してはだめだ。しかし、生ぬるい何かが首筋を這うのを感じ、思わず悲鳴が漏れる。それが何なのかは考えたくもない。顎に指を這わせられ、背後にいる男と密着した格好になる。今、背中から刺されたら間違いなく死ぬだろう。バク、バクと心臓が恐怖で脈打つ。

「離して」
「…そろそろ、お家へ戻ろうか、名前」
「何を言ってるの…」
「君の本当のお母さんは、ニフルハイム人…そうだよね」
「―――どうして、それを」
「君の事は、すべて知っているよ、君が何者であるのかもね……何故君の、偽物のお母さんが今まで教えてくれなかったのか、知りたくない?」
「お母さんは…私のお母さんはあの人だッもがっ」

いきなりベッドに倒されたかとおもいきや、馬乗りになってきたアーデンによって口を手のひらで抑え込まれた。すると、アーデンは妙な言葉をぶつぶつと呟き、名前の額に手のひらをあてる。声を発したくとも発せられず、男の身体をはねのけたくとも身体が思うように動かない名前は、その恐怖に涙を零す。
ああ、そういえば、こんな事、過去にも――――。思い出した頃には既に遅く、すべてを奪わんとする男の深い口づけに、頭がクラクラする。
男はその間にも名前のジャケットをまくり上げ、冷たい手のひらで彼女の肌をゆっくりと撫で上げた。足でこの男を蹴り上げたくとも、先ほどから一切体の自由が利かない。
アーデンは名前のしっとりとした若い肌を手のひらで楽しみつつ、ツツと脇腹からヘソ、そして今まで誰にも触られたことのないふくらみをぎゅう、と捕まれる。あまりの痛みに、生理的な涙が零れ落ちた。

「前は神様に邪魔されちゃったけど、もう手加減しないからね」

耳の中が犯されていく。耳元に男の熱を感じながら、名前は身体の内側から何かが這ってくるような感覚に体を震わせる。

「神様の魔法ってさ、実は万能じゃないんだよね……あの時、君に刻んだ印は水神に消されちゃったから、今度は手加減なしで刻んであげるよ」

物凄く痛くて、もしかしたらケガをするかもしれないから動けないようにさせてもらったんだ。と、クツクツと笑いながら言うアーデンに、名前はどうすることもできず。

「折角闇とつなげてあげたのにそれを断ち切っちゃうとか、神様って酷いよねぇ」

アーデンの手のひらから、炎の玉のようなものが現れる。

「君をシガイ化させられたらとても楽だったんだけどねぇ、その体質じゃ、シガイ化なんで出来ないだろうから、奥の手っていう事で」

君だけ特別大サービス。男は楽し気に笑いながら、炎の玉のようなものを名前のお腹に押し込むと、不思議な事に自然と中に入っていった。得体のしれない物を吸収してしまった名前は自分がどうなってしまうのか、恐怖で震えるばかり。がたがたと震える名前の身体を、今度は優しく、労わるかのように撫で、抱きしめるアーデン。

「君の言うお母さんって、本当に残酷な人だ…残酷な人と言えば、ルナフレーナ様、あの方はもっと残酷なお方だった…あの人は君がどんな宿命を背負わされるのかわかっていて王様に君の事を託したんだよ、あれこそ、人でなしだろうねえ…」

ああ、本当にあの時は腹が立ったよ。そう呟くアーデンは、怒りで唇の端を震わせた。身体の自由の利かない事をいいことに、アーデンは名前を自分の膝にまたぐよう座らせ、よし、よしとまるで幼い子供をあやすかのように背中を撫でる。

「普通、親は子供に地獄のような時を生きろ、なんて言わないよねえ」

君は、これから先、うんと長い時を生きることになる。でも大丈夫、それは俺も同じだから。君と俺は同じ―――君の痛みをわかってあげられるのは俺だけ、だから、早く帰っておいで、名前。
独り言のようにそう呟き、アーデンは名前の細い首筋に顔を埋め、優しくキスを落とした。

「世界は、俺たちの敵だ……王様たちはそれに気が付いていないんだよ…だから、君を危険な目に合わせようとする……それにしても、王様も、神凪も哀れだよねえ、神様の人形に過ぎないんだから」

名前の赤い髪をくるくると指先で遊びながら、アーデンはどこか冷めた表情で微笑む。

「神様って大嫌い、名前もそうだよね?」

何故、この男はこんなにも神の事を嫌っているのだろうか。しかし、変な術を使われ意識が朦朧としている名前に、それを考える事は出来なかった。

「名前、君を神様には渡さない、だから、安心して?」

男の冷たい唇を瞼に感じながら、名前は意識を手放す。腕の中で眠る、正しくは無理やり眠らせた名前を抱きかかえながらアーデンは満足げに笑う。

「もうすぐで、迎えに来るからね」

それまで大人しくしているんだよ、いいね。
アーデンは名前の頬に手をあて、柔らかなその感触を暫く楽しみ部屋を後にした。

Published in星のこども