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星のこども/29

<犠牲>

がた、がたと揺れる列車の寝室の中、2人は久しぶりに穏やかな時を過ごしていた。
名前のわがままで、少しの間ここに居てくれることとなったプロンプトは名前の横たわるベッドの脇に腰を下ろしている。

「ノクト達、仲直りして本当によかったね」
「そうだね」
「……あのね、ちょっとずっと気になってた事があって…聞いてくれる?」
「うん、いいよ」
「ノクトは真の王様になる為に旅をしてるでしょ?真の王様って何なんだろ……時々ね、神様を恐ろしく感じることがあるの…」

巨神、雷神、そして水神と六神のうち3つは力を手に入れた。ルナフレーナ様が命を懸けて守った指輪も無事ノクトの手に。着実に真の王へ近づいているノクトではあるが、名前はそんな彼が心配だった。神の力を手に入れ、そしてあの嫌な力を感じる指輪が彼の手にある今、ノクトの身体に変な影響が出ていないとは言い切れない。神の力を手に入れる…なんて、よく考えれば恐ろしい事だと思う。名前はそんな不安をプロンプトに語る。

「―――神様が、怖いの?」
「うん、神様はね、ノクトのことを、真の王様にしたがってる…でも…そのあとは?」
「…その後?」
「うん、ノクトが真の王様になった後、ノクトはどうなっちゃうの?真の王様になるって、簡単な事じゃないんでしょう?簡単だったら、旅に出ないだろうし…お城で待っていればいいじゃない」

妙に確信をついている名前にプロンプトは短く唸る。

「中々鋭いね名前」
「…プロンプトは、知ってるの?」
「さぁ…」
「さぁって…なんだか知らないの、私だけみたいでいやだなあ、グラディオやイグニスは王都にいたし、ノクトの傍にずっといたから、多分知っているんだと思うの…でも、2人に言っても多分はぐらかされちゃうような気がする」
「どうして?」
「……残酷な、真実が待ってるのかもしれない」
「―――ノクト、それじゃかわいそうだよね」
「うん…でも、王様は何があっても立ち止まってはいけないって、イグニスが言ってたから…ノクトは、例えどんな未来が待っていようとも止まってはいけない、って言われているような気がして」

誰かの犠牲が必要な未来なんて、と名前は思う。ルナフレーナ様の犠牲、そして母ヴィクトリアの犠牲。すべての犠牲の積み重ねの先に、一体どんな未来が待ち受けているのだろうか。どんな未来を望んで、死んでいったのだろうか。

「未来って、何なんだろう…」
「そればかりは俺もわからないや」
「未来で、みんな一緒だったらいいよ?ノクトもいて、グラディオとイグニスもいて、プロンプトがいて……でも、この中の誰かが欠けちゃう、なんて事が起きたら…私、生きていける自信がない」

母ヴィクトリアの死すら、未だにその悲しみから抜け出せずにいる。最近見た夢だが、夢の中で名前はヴィクトリアと家の近くを歩いていて、ヴィクトリアが忘れ物を取りに自宅に戻り、そして彼女が中々帰ってこない事があった。名前は自宅に戻り母の様子を見に行くと、元気なヴィクトリアがリビングでコーヒーを飲んでいた、という妙な夢ではあったが、そんな夢でも今の名前にとっては、とても悲しい夢だった。
母が生きているのが当たり前だと信じていたあの日々。名前の心は、まだ彼女の死を受け入れられずにいた。失った者にしかわからない悲しみ。悲しみを忘れるためには、元気に振舞うしかない。
何が一番悲しいって、目覚めた時、それが夢だと気づかされる瞬間。
夢の中で母が死んだことを思い出すこともあった。優しく自分を抱きしめてくれるヴィクトリアに名前は泣きじゃくったが、目覚めてそれが夢だと知り、虚しさでいっぱいの朝を迎える。この苦しみが、いつまで続くのか。元気に振舞って見せても限界はある。だから名前は夜が恐ろしかった。

「…私ね、最近、すぐ眠っちゃうの…だから、よく夢を見るんだと思う」
「……お母さんの夢?」
「うん、お母さん、もう、いないんだなって、わかってはいるんだけど夢の中のお母さんはあったかくて――――」
「寂しい?」
「多分、そうなんだと思う」
「大丈夫、名前は1人じゃないよ」
「…ありがと……」

窓の外から見える重たい雪雲を眺めながら、名前は瞳を閉じる。
暫くして、すぅ、すぅと規則正しい寝息が聞こえてきたところで、プロンプトは布団を肩までかけてやり、個室を立ち去った。

「今、君の身体の中にもう1人いるから、2人って事になるのかな?」

時の止まった列車内で、1人闇で笑う。
もうすぐで、その時が来る。
長年待ち続けた、その時が。

「…さて、そろそろ向こうの様子でも見に行くか」

死んでなければいいけどね、お友達。男は愉快そうに笑った。
それにしても、この姿だと全く警戒されないんだなあ、まあわかってはいたけど…。男は少し不満げな表情を浮かべながら、寝室車両を後にした。

Published in星のこども