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星のこども/31

<ジールの花>

星がどうとか、と言われてもイマイチ実感が湧かない。アラネアの部下、ビックスとウェッジが運転をする列車に揺られながら、名前はマリアに言われた言葉を考えていた。

「…どう思う?」
「ルシスには伝わっていなかった、としか…」
「そだよね…」

4人にはマリアに言われたことをそのまま伝えたが、彼らもイマイチよくわかっていない様子だ。王族のノクトですら知らないのだから、イグニスとグラディオが理解できなくても仕方のない事だった。マリアが教えてくれたことは、名前が星のこどもと呼ばれるもので、それが星の望む未来の為に生まれた存在、という事だけ。

「そもそも、星の望む未来って何?」
「…推測に過ぎないが、真の王となるノクトを支える存在、という意味ではないだろうか」
「そんな感じかあ~…でも、それはどっちかっていうとルナフレーナ様じゃない?」

一体何なのかしらねえ。何度目かのため息を零したその時、突然列車が止まった。帝都が近づいている証拠だが、正直、今外には出たくない。しかし、この間高熱で倒れ、戦闘に参加ができず申し訳なく思っていたので、今度こそ役に立たねば、と重たい腰を持ち上げる。

「雪かき、初めてだ!」
「雪かきくらいで済みゃいいが」
「そうだな」

暑い暑いと騒いでいたレスタルムの街が懐かしい。今、こんなにもレスタルムの街の暑さを欲している。強烈な寒さが一行を襲う中、氷神の亡骸が目に入る。聞いた話では、氷神は帝国との戦いに敗れ、ここで死んだそうだ。なんとも痛々しい亡骸にグラディオは憐れみの言葉を呟く。

「―――よかったな名前、雪かきが出来て」
「グラディオ、これ雪かきじゃないよ、ただの戦闘だよ…」

やはり、奴らは現れた。極寒の中でのシガイとの戦いは視界が悪かったのもあり、ノクトが魔法を間違えた場所にぶつけてしまったり、グラディオの背中に名前の放った矢が風であおられて当たりそうになったりと危険な戦闘だった。

「おい、中の様子がおかしい、行くぞイグニス」
「ああ…」

戦いが終わり、中の様子がおかしいと言い残し去っていったグラディオ達を、突然慌てたように追いかけて行こうとするノクトに名前は声をかける。

「どうしたのノクト?」
「アーデンがいた!」
「え!?」

その名を聞いて、ぶわり、と嫌な汗のようなものが滲むのを感じた。名前は走るノクトを追いかけるが、吹雪に襲われノクトと離れ離れになってしまう。そして、吹雪の中、名前の頭の中で誰かの声が響いてくるのを感じた。

『星のこども…名前、あなたは、これから先、成し遂げなくてはならない事があります』
「…この声……だ、誰ですか!?」
『ノクティスと共に進みなさい、そして、星の望む未来への導になるのです―――』
「あなたは…誰ですか!?私、何をしなくちゃいけないんですか!?」

と、その時。張り裂けそうな痛みに名前は膝をつく。身体が、燃えるように熱い。世界は暗転し、足場が消え、赤い世界へと落下していく。
ああ、この世界を、私は以前も見た事がある。名前は先ほどから続く気の遠くなるような痛みにもがきながら、深い、深い場所まで落下していく。内側からまるで何かが暴れていて、外側に出ようとしているかのようだ。そして、赤い結晶に囲まれた世界で、名前は誰かに抱き留められた。その瞬間、続いていた痛みが嘘のようにすぅっと引き、涙でぼやけていた世界と名前を抱き留めている存在の姿が鮮明に映る。

『星のこども、星によって作られた、哀れな存在』
「―――…だ、誰…」

上半身裸の、巨大な男の手のひらにいた。男の頭からは大きな角が二本あり、足元からはメラメラと赤い炎が上がっている。よく見れば、この空間全体に赤い炎が立ち込めており、それからは不思議と熱を感じなかった。

『哀れな子供よ、ノクティスが真の王となった暁には、貴様は否が応にもその務めを果たさなければならなくなるだろう」
「―――どう、いう事…」
『人で在りたければ、クリスタルの力ごと王の力を屠る道しか残されていない』
「…ノクトを…殺す、って事…!?」
『星の敷いた道から抗えるとは思えぬがな…』

男は金色の瞳を細め、冷たく名前を見下ろす。

「星の敷いた道…って」
『人など、所詮、星の前にはただの駒に過ぎない…お前たちは、星にとって特別な道を敷かれただけの少し特殊な駒、という訳だ』
「駒…」
『それは、我らとて同じこと…星の守護者として誕生したに過ぎん…星のこどもよ、貴様は、星の望む未来を知っているか』
「―――知らないわよ、そんなの…」

何も知らない赤子をあやすかのように、炎の守護者は名前に己の名を呟く。

『我の名は、イフリート、貴様に真実を知らせるため参った』
「イフリートって…神話の…!」

裏切者の神―――イフリート。名前はその名に、ヒッと息を漏らす。

『あの男は、貴様の事を愁いていた…何故、貴様が星のこどもとして生まれたのかを』
「あの…男って…」
『聖石にその身を拒まれ、人成らざる者と成り果てた男―――そして、星にすべてを奪われた男』

そして、その男は―――。
そこで名前は意識をぱったりと手放してしまった。霞みゆく赤い世界で、イフリートが何かを呟いたような気がした。

ノクトや名前達がオルティシエへ向かう前、残されたフルーレ家の2人は故郷テネブラエに来ていた。ジールの花が咲き乱れる美しいそこで、2人は声を上げる。

「ルナフレーナ、もう諦めろ」
「ノクティスは王にはなれない」

彼は、彼女の、妹のこれからの事を考えるとここで止めておかなくてはならないと感じていた。唯一の家族として、彼女の苦しみを理解しているのは彼だけなのだから。

「どうしてそんなことを言うのです、他に道などありません」
「これ以上はお前が命を落とすぞ!」
「わかっています!」

風が吹き荒れ、ざわざわとジールの花が揺れる。

「後悔は、ないんです」

ただ、すぐ近くで声を聞きたかった。風に紛れて、彼女の悲鳴にも似た心の叫びを耳にしたレイヴスは、苦しそうに顔を歪ませる。
―――昔みたいに笑って、その手に触れて…。小さく嗚咽を漏らす彼女の痛ましい姿に、レイヴスの心は押しつぶされそうになるのを感じた。
彼女が神凪の巫女となった時点で、彼女がこうなる事は逃れられようのない事だった。わかってはいた、彼女がこうなることを。レイヴスはそっと彼女の肩に手を触れる。

「…ヴィクトリアが、危険を承知で来てくれた」
「……彼女、が…?」
「ああ……」

そして、レイヴスは花畑の向こう側に合図を送ると、待機していたヴィクトリアが姿を現す。危険を承知でレイヴスに近づき、彼の手を借り、なんとかルナフレーナ様に近づく事が出来たヴィクトリアだが、ここまでの道のり、生半可なものではなかった。今までの人生をかけ、やり遂げなくてはならないという覚悟の元、彼女は神凪の巫女の前に姿を現したのだ。

「ルナフレーナ様…遅くなり、申し訳ございません…ですが、もう安心してください…その時が、間もなく訪れます」

全ての悲しみや、苦しみから解放されるその日が。ヴィクトリアは美しい髪を風になびかせながら、強く微笑む。

「貴女を一人では逝かせたりしません」
「ヴィクトリア…」
「…決めたのです、わたくしが、贄となります」
「―――ヴィクトリア、それでは、貴女は…」
「彼女は覚悟を決めた」
「…お兄様」
「お前の覚悟は…お前に言われなくともわかっていた……だから、ヴィクトリアをここへ呼んだ」

彼女にその時が訪れるまで、彼女の心が挫けないよう、支える存在が必要だった。彼女ならば、ヴィクトリアならばそれができる。そう考えたレイヴスは星のこどもの世話を終えた彼女をここへ呼び戻したという訳だ。
死でしか、この世界を救う事は出来ない。レイヴスはそんなカルマを背に、赤く染まった空を眺めた。
星の望む未来に、自分たちが存在していなかったとしても、彼らが立ち止まる事は許されない。
ジールの花が、寂しそうに揺れた。

Published in星のこども