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星のこども/32

<囚われの身>

目覚めた時、名前はそこが見知らぬ場所であることに気が付いた。この、嫌なデジャヴに頭を抱える。

「…嫌な予感がする…」

ともかく、ここを脱出しなくては。ノクト達と合流してなくては。名前は重たいワンピースの裾を持ち上げベッドから起き上がる。

「何処よここ…」

08と数字の描かれた扉を見上げ、名前は落胆する。どうやら、ここはカードキーなるものが必要でそれが無ければ扉を開く事が出来ないようだ。

「最悪ね…はあ」

小奇麗な部屋は白を基調とした家具が置かれ、ベッドのすぐ近くにはシンプルながらも高級感あふれるドレッサーがあった。

「…誰、かな、この人」

ドレッサーの隣にある白い棚には、いくつかの写真が立てかけられており、赤毛の女性が無表情で此方を見ていた。

「…なんか、怖いな…」

じっと見つめられているような気がして、名前は写真立てをぱたりと伏せた。しかし、不思議と懐かしいような、悲しいような。あの青い瞳を、名前は暫く思い出していた。
白い長いワンピースには、不思議な紋章が刺繍されていたがまさかこの国の紋章だとは知らず、名前はぼんやりと裾を眺めながらどうやってここを脱出するのか考えを巡らせる。

と、その時。不気味な機械音が響いたと思いきや、コツ、コツと近づく足音に名前は構える。武器召喚をしたくともできず、こうなれば魔法で応戦をするしかないだろう…と近づく男から距離をとった。

「ふふ、逃げても無駄だよ―――お帰り、名前、ずーっと君を待っていたんだ」
「…待っていた?無理やり連れてきた、の間違いでは?」
「どう?この部屋気に入った?」
「…」

相変わらず、まともに会話すらできない。いや、あえてそういう態度をとっているのか…。男に魔法を投げつけようとしたその時、ぐんと身体が勝手に動き、気が付けばアーデンの腕の中にいた…というより、身体が勝手にアーデンの腕に飛び込み、アーデンはワルツを踊るかのように彼女を受け止めた。
アーデンの冷たい手のひらを感じながら、名前は先ほど起きた不可思議な出来事に顔を歪ませる。クツクツと楽しげに笑みを浮かべるアーデンに嫌気がさしながらも、この男が自分の身体に何かを施したことは間違いないだろう、と確信する。

「私に、何をさせるつもりなの」
「君のおじい様に会わせてあげようかって思ってね」
「―――貴方は、私の何を知っているの」
「全てを―――」
「…」

例えこの男がそう言おうとも、名前はアーデンという人物を一切信用していなかった。この口から何を言われ様とも、心には何も響かない。この時は、そう信じていた。
先ほどのドレッサーの椅子に無理やり座らされ、櫛で名前の髪をいじり始めたアーデンに名前はため息を漏らす。

「そういえば、何で彼らに真実を伝えなかったの?」
「…何のことよ」
「君が、俺に、襲われたことを」

と、ぐいと顎を持ち上げられ、首筋に男の息がかかるのを感じた。耳元を犯すかのように囁く男の甘い声に、名前はぞくりと身を震わせる。

「ああでも、信じて貰えないだろうし…あの時、君は高熱で魘されていた…たとえそれが真実だったとしても、話したくはないよねえ」

「…貴方も、暇人なのね」
「へえ、言うようになったね…そうだね、ここまで来るのに、かなり時間があったし……俺にとって、時間なんて無限にあるものなんだよね、だから、君が暇人なんだと感じれば、俺は暇人なんだろうね」
「…何を言ってるの」
「さて、おじい様の所へ行こうか」

髪をいじり終え、満足したアーデンは名前を椅子から立ち上がらせ、彼女の首元にひんやりと冷たい何かを付けた。鏡を見ると、名前の首元には美しいルビーのネックレスが輝いていた。

「これは君のお母さんの遺品さ…これを付けている君を見たら、君のおじい様も一瞬目が覚めるかもね」
「…その、おじい様って一体誰なの」
「クク、それは会ってからのお楽しみ」

自由の利かない身体で、名前はアーデンに誘導されるかのように冷たい廊下を進む。男の冷たいごつごつした掌は常に名前の片手に添えられていて、まるで王族のような対応に名前は困惑する。

「何が目的なの」
「全ては君の為さ」
「…貴方の為、の間違いじゃない?」
「ククク、それも一理ある…さあ、君のおじい様は、この先だよ」

機械に囲まれた部屋にたどり着くと、名前は恐ろしい光景が広がっていることに気が付く。あたり一面にはあの魔導兵たちが立っており、赤い光を瞳に宿しながら無表情で此方を向いていたからだ。

「人間は、他にいないの」
「ああ、ここにはね」
「…」

殆どは、ここの地下にいて―――今頃はもう、人間じゃなくなっているかもしれないけどね。男はその言葉を飲み込み、クツクツを笑う。

Published in星のこども