Skip to content

星のこども/34

<家族>

重たい機械の扉が不気味な音を立てて開く。名前はアーデンに連れて行かれるがままにその中へと入り、身体が勝手に目の前にいる相手に向かって跪くのを感じながら、隣に立つアーデンをちらりと見上げる。

「あなた様の長年の夢が今、ここに叶いましたよ」
「―――…か」

掠れた声で、何かを話しているがその声には力もなく、ぜえ、ぜえと短く息を吐いている様子からして、相手はかなり高齢で、あまり力も残っていないと見えた。

「さあ名前、君のおじい様にご挨拶をして」
「―――誰がッ」
「おじい様に向かって、ちょっと無礼じゃない?」

ぐぐ、と力を込めて正面を見上げると、そこには世界を恐怖に陥れた、ニフルハイム帝国の皇帝の姿が目に入った。新聞などでこの男の顔はよく見ていたので、間違える筈はないだろう。この機に及んで、この男が悪ふざけをしているとも思えない。だとすれば、これが真実。とんでもない事実に、名前は頭が真っ白になる。これが嘘なら、どれだけよかったか。

「……」

何も反応せず、ただ虚ろな瞳で名前を見下ろす老人が、とてもニフルハイム帝国の皇帝とは思えず。名前はアーデンの腕を払い、皇帝に近づいた。それに対してアーデンは止めもせず、ただこちらを面白そうに観察しているだけ。ただならぬ空気に、名前は再び皇帝を見上げた。

「……ガブリエラ、なのか」
「…え?」

あの皇帝の声が、ようやくはっきりと聞こえてきた。濁った瞳からは淀みが消え、真っ直ぐとこちらを見つめている。

「貴方は、本当に私のおじい様なの?」
「……ああガブリエラ、お帰り…お前に、ずっと…伝えなくてはならないことがあった……お前に…謝りたかった…愛する娘よ、どうか、父を許してほしい…」
「―――私、あなたの、娘なんかじゃ…」
「しかし、すべてを失った今…もう遅いかもしれぬ……わしはただ、お前をもっと大切にすべきだと思っておった……」

名前の手を握る彼は、名前の姿と誰かの姿を重ねている様子だ。

「…陛下、彼女は、名前、ガブリエラ様のご息女ですよ」
「―――なんと、ガブリエラに娘がいたとは……では、ガブリエラは…やはり…」

絶望するイドラに、名前はどうすることもできずただ彼の横顔を眺めていることしかできなかった。

「…しかし、ガブリエラに娘とは…父親は一体…まさか、グラウカか?」
「―――さて陛下、残念なことにもうお時間が来てしまいました」

男がパチンと指を鳴らすと、突然イドラの周りにシガイが現れた。突然の事に名前は悲鳴を上げ逃げようとしたところにアーデンが名前の腕を掴み、シガイから離れるよう移動させる。

「―――そなたは、名前と言うのか」
「……」
「そうか……わしは、この世で一人ぼっちだとおもっておった……だが、そなたがいるのであれば…」

イドラの両手足を掴むシガイはケタケタと不気味な笑みを浮かべている。アーデンが再び指を鳴らすと、イドラの瞳は濁り、虚ろな瞳でまともに言葉を発しなくなってしまった。

「…なにを、しようとしているの」
「なにって…この人の事、憎いでしょ?」
「―――憎い、って…」

憎くない、と言えば嘘になる。だが、あの優しそうな笑みをどうしても忘れる事が出来なかった。脳裏に焼き付いた、あの優しい笑みに、乾いた手のひらの感触。

「フフ、もしかして情が湧いちゃった?優しいんだねえ、名前は…あのフルーレ家の犬に育てられて、それはもう大切に大切に、育ったんだろうねえ……俺から見えなくしてしまう程に」

アーデンの言うフルーレ家の犬が誰なのかはすぐに考え付いた。

「姑息な手段だったよ…まさか命を張られるとは思ってもいなかったからさあ…」
「……命を、張る…って」
「君も見たでしょ?あの人の最後……ああ、最後と言えば、これから君のおじい様は新しい存在に生まれ変わるよ」
「―――生まれ変わる、って」

肉が裂けるかのような、嫌な音が響く。名前はあまりの恐怖に耳を塞ごうとするが、アーデンがそれを阻み、無理やりその光景を名前に見せつけた。

「―――嘘」
「シガイって、元々は人間だったんだよ、知らなかったでしょ?」
「…そんな…」

イドラ皇帝だった男は、その面影すら無く、恐ろしいシガイへと姿を変えていた。シガイとなった者に意識は無いようで、悲鳴のような声を上げた後、どこかへ消えてしまった。突然帝都に連れ去られたかと思いきや、祖父がイドラ皇帝で、母は皇女で―――そして、目の前で皇帝がシガイへと姿を変えた。あまりにも突然起こった出来事の衝撃が強すぎて、名前は力なくその場に座り込む。

「……嘘よ…そんな…」
「さあて、名前、ワルツでも踊ろうか」

実は、舞踏会の準備は出来ているんだ。と鼻歌を混じらせながら囁くアーデンを名前は静かに見上げる。

「ここに来てまだ何も楽しんでいないでしょ?折角本来いるべきお城に戻ってきたのだから」
「……お城に……」
「そう、君はお姫様なんだから!今や敵なしのニフルハイム帝国のね」
「……あ……私…どうしよう…ノクト達を…だましてたんだ…」
「ああそうだね、結果騙していたことにはなるけど、まあいいんじゃないかな、彼にはこの件伝えてあるし」

その言葉に、名前はびくりと肩を揺らす。そして、アーデンに掴みかかった。

「―――な、なんてことを…!」
「言わなくちゃダメでしょう?嘘はよくないしねえ…代わりに言っておいたよ」
「そ…そんな」
「ノクトがどんな顔をしていたか、説明をしようか?」
「―――いらない」
「なあんだ、残念」

アーデンの元を離れようとするが、ぐいと顎を掴まれ、アーデンに見下ろされる形となる。

「君は誰のものかわかってる?」
「―――私は、私だけのものよ」
「いいや違う、君は俺の物、だから君がこれからどうするべきなのかは俺がすべて決める、だからまずドレスに着替えよう、ああ大丈夫、エスコートは得意だから」

狂気の滲むアーデンの瞳に、名前は怯えた。この男は本気だ。男から深い口づけを受けながら、名前は心の中で悲鳴を上げる。

Published in星のこども