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星のこども/38

<時空を超えて>

一体、いつの時代なのだろうか。
見た事のない道具や機械に、名前は戸惑う。相変わらず続く妙な夢の世界で名前は宛も無く、夢から覚める為の手がかりも無く彷徨い続けている。

「…悪夢ってやつかしら」

まあ、もしかしたら現実よりはマシなのかもしれない。名前はあの男を、父であるアーデンが与えた恐怖を思い出し身体を震わせた。

「……どうしたらいいのかしら」
「お、嬢ちゃんどうした、体調でも悪いのか」
「いえ、別に…この辺で武器を買える場所はご存知ですか?」

公園のベンチに座っていると、住民らしき男が声をかけてきた。男は名前の質問に短く唸ったあと、武器屋は週に2週間に一度しかこの街に来ないよ、と重要な情報を教えてくれた。しかも、ついこの間来たばかりなのであと1週間と少しの間は来ないだろうという話だ。武器さえ手に入れれば野獣をハントしてそのお金で何とかやり過ごせない事もなかったが、それすらもできないなんて。魔法はまだコントロールが上手くできず、この夢の世界でどう効果が出てくるのかも不明なので出さないようにしておこうと決めている。

「ああ、どうしよう…」
「お嬢ちゃん、もしかして移民かい」
「…ま、まあ、そんなところです」
「そうかい…お金に困っているのなら、ここの領主様に頼んでみるといい」
「領主、様?」
「ああ、領主様は移民に対して施しをしてくださる」

良い事を聞いた。名前は早速、男に礼を述べ、その領主様がいるという屋敷に向かう事にした。領主様の屋敷の前にはごまんと人がいて、皆、施しを受けるべく身を寄せ合い並んでいる姿が目に入る。そこで、名前は移民たちから衝撃的な話を聞かされた。

「旧ソルハイムの土地はそれぞれの領主が納めてるけど、国がいくつか出来つつある、俺たちはその戦争に巻き込まれてここに逃げ込んだって訳さ」
「……ソルハイムって…」

古代文明、ソルハイム。子供の時から読み聞かされる神話伝説に記された名を知らない者はいないだろう。彼の言葉から、名前の頭の中にはとある答えが導き出されていた。
それは、ここが過去のイオスであること。何らかの意味がありここに飛ばされたのかもしれない。だとすれば、星の意に沿えば何らかの現象が起き、元の世界に帰れるのかもしれない。状況が状況なので帰りたくない気持ちも勿論あったが、星のこどもとして使命がある以上、名前に逃げる事は許されないだろう。

「あ、あの、魔法を使えたりする人たちって、どこにいるか知っていますか?」
「魔法?ああ、不思議な力を使う人たちの事だね、噂では聞いているけれども…場所までは分からないなあ」
「そうですか……その人たちって、ルシスの王様ですよね?なんとかルシス・チェラムって名前じゃないですか?」
「ルシス?なんだいその国は」

ルシス王国を知らない、という事実に名前は思わず声を荒げる。

「え、御存じないんですか!?ルシス王国ですよ!?」
「ははは、そんな王国見た事も聞いたこともねえや、今、各地で力ある豪族たちが国王を名乗り建国宣言している時代だから、その中にルシス王国ってのがあるのかもしれねえけど、俺たちにゃわからん話だよ」

ルシスも無いなんて。とんでもない大昔の世界に迷い込んでしまったのかもしれない。名前は頭を抱える。

「不思議な力を使える奴らは、多分探せば会えると思うよ、噂ではどっかの領主じゃなかったっけな…」
「…ありがとうございます、色々と教えてくださって」
「はは、困ったときはお互い様さ、嬢ちゃんも、挫けず頑張るんだよ」

強気者だけが生き残れる世の中なんだから、という男の言葉には、不思議な重みがあった。ここで何をしなくてはならないのかまだ答えは見つけ出せてはいないが、ともかく強く生きて行こう、と決心する。心に光を感じたのは、もう何年振りだろうか。数年ぶりの明るい気持ちに名前の心にかかっていた薄暗い靄が晴れていくのを感じ、自然と笑顔になった。
領主から施しを受け、武器を手に入れた名前はひとまず生きていくためのお金を稼ぐため荒野に出た。今までの旅での経験がここで大発揮され、日が暮れる頃にはそこそこのアイテムを手に入れる事が出来た。一応、テント的なものは領主様から有難く頂戴したので標さえあればなんとか夜を過ごすことは出来そうだ。
名前はテントを片手に標へたどり着く。すると、先客がいる事に気が付きそっと声をかける。

「あの、すみません、今夜、ご一緒してもいいですか?」
「―――」

暗くてよく見えなかったが、焚火にあたっている人物は名前に気が付いていないのか、または機嫌が悪いのかこちらに振り返ることなく、嫌な沈黙が続く。実に気まずい…しかし、今日はこの標で一夜を明かさなければ命に関わる。この時代もシガイがいるようで、道中襲われそうになった。
先客には申し訳ないが、生きるためだ。名前は無視を決め込み、標へ足を踏み入れる。すると、こちらをまるで汚らわしい者でも見るような視線を向けてきた。

「―――貴様は、昼間の」
「…お会いしましたか?」

低く、唸るような声に名前はびくりと肩を揺らす。
ライトがあれば便利なのに、今ここにライトは無く、焚火の炎だけが頼りだ。と、名前は炎に浮かび上がる男の顔を見て息を飲む。

「あなた…」
「よう、泥棒女」
「…泥棒女って…」
「浮浪者、というべきか?」
「なっ、あなた、とても失礼よ!」
「お前、移民だろう…行く宛も無く、ここにたどり着いたか」

吐き捨てるように言う男に、名前は顔を歪める。ああ、最悪、どうしてこの男と一夜を過ごさなければならないのだろうか。名前は男の顔をこれ以上見ているのが不愉快だったので、男から離れたぎりぎりの場所にテントを張る事にした。

「―――嫌なやつ」

男が自分のテントに戻ったことを確認すると、男がわざわざ焚火の炎まで消してくれたことに気が付く。ああなんて親切な方なのかしら、と名前は薪に向かってため息を吐いた。

「…はぁ、駄目だわ…火が起きない」

火を起こさなければ、獣の肉は焼けない。肉を焼けなければ、食事をすることすらできない。原始的な方法で必死に火を起こそうとするが、立つのは砂ぼこりだけ。ああ、命に関わる問題だわ。ならば、と仕方なく名前は奥の手を使う事にした。

「―――ファイアッ」

炎を念じる。魔法は一応使えるが、下手くそなので狙いを定める事ができない。最悪、あの男のテントに火が移ったとしてもあの男がわざわざ炎を消してくれた親切心が産んだ結果なので気にせずともよいだろう。
しかし、こういう時に限って魔法は見事成功。ごう、ご燃え上がる赤い炎に安堵しつつも、何度目かのため息を吐いた。
と、その時、テントの中からあの男が姿を現した。もしかして明るくて眠れないのだろうか。なんとも繊細で面倒な男だ。

「―――貴様、その力…」
「…あら何よ、今の時代、魔法使える人なんて他にもいるんでしょ」
「……いいや、滅多にはいない」

ぐい、と突然腕を掴まれ、名前はトラウマがフラッシュバックし、ヒッと息を飲む。突如怯えた表情を浮かべる名前に男は慌ててぱっと手を放したが、男の触れた部分がまだ熱を持っていて痛みを感じる。心臓はバクバク音を立て、名前の胸を恐怖が締め付ける。

「―――すまない、お前もその…逃げてきたんだな」
「……な、なによ…」

謝られたことに対して驚く。この男からは謝罪の一言も出ないであろうと思っていただけに、返ってきた言葉の意外さに思わず先ほどの恐怖が消えうせる。

「いや、今まですまなかった、同族だとは思わなくて」
「…同族、って」
「同族って言っても、沢山親戚がいるからどれに属しているのかはあれだけど……お前も嫌になって家を出たんだろ」
「…」

この男は何か勘違いをしている様子だったが、突然大人しく、優しくなった男にとりあえず色々と聞きたい事があったので、大人しく彼の話を聞くことにした。

「…ねえ、貴方は、なんていう名前なの」
「……アーデン」

その名に、名前はぎょっとする。しかし、よく考えてみろ。あの男の年齢からして、この時代にいるはずが無い。あの男によく似ているので、彼はあの男のご先祖様なのだろう。という事は、この青年をなんとかすれば、あの男はこの世には誕生せずもしかすると世界は平和に導かれるのかもしれない。頭脳をありったけ回転させ、名前はなんとなくここでの目的を見出した。

Published in星のこども