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星のこども/39

<隠された歴史>

偶然か必然か、あの男によく似た、あの男のご先祖様であろう男の名もアーデンと言い、その男と今、名前は共に過ごしていた。随分とくたびれた様子の男に、名前はのぞき込むように話しかける。

「そう、あなたは逃げてきたって言ったけど、何かしたの?」
「……この力が嫌になったのさ」
「そうなの…奇遇ね、私も自分の力が大嫌い」

自分が星のこどもなんかに生まれて来なければ、母は死ななくとも済んだ。二人も母を失った名前にとって、これは呪いのようなものだ。星空を見上げながら呟くと、少し驚いたような男の声が返ってきた。

「……そうか」
「あなたは、えーっと、いつから旅を始めたの?」
「…確か、3年前ぐらいだったと思う、15の時に家を出た」
「そうなの…え、じゃあ、私と同じね」
「…へえ」

同じ年に家を出て、こうして巡り合えたのも何かの縁だろう、と感じているアーデンは自身のテントの中から一冊の日記を取り出し、それをパラリと捲り挟まっていた何かを名前に手渡した。

「これは…」
「幸運のお守りらしい」

彼が手渡したのは、虹色の輝く美しい羽だった。今まで見た事もない美しさに名前は思わず見惚れていたが、その横顔があまりにも幼く見えたのでアーデンは苦笑した。純粋な子供のような表情でアーデンを見つめ返し、名前ははにかんだ様に笑う。

「らしい、って…誰からもらったの?」
「…いや、旅をしていたら人からもらったんだ、お前にやる」
「…あり、がとう…え、でもいいの?」
「別に構わないさ」

まさか、こんなに大喜びされるとは思いもしなかった。アーデンは、名前が早速自身のつけているペンダントの飾りにその羽を加えている様子を見て、再び苦笑を漏らす。

「お前、何歳なんだ?まだ小さいだろ」
「まあ失礼ね、こう見えても―――…おかしいわね、何歳なのかしら私…」

そういえば、あれから…何年が過ぎていたのだろうか。自分の年齢が分からなくなり言葉を詰まらせていると、ぷっと彼が吹き出す。まるで老人みたいだ、と笑うアーデンの笑顔に一瞬名前はどきりとする。あの男のご先祖様は、こんなにもやさしい笑顔を見せるのか、と。年頃の青年らしくすらりと伸びた手足に、うっすらとではあるがあごひげを生やし、癖の強い赤毛はぴょんぴょんと彼方此方にはねている。彼が笑うたびに、ぴょん、ぴょんと動くので名前の頭の中ではとある生物が思い浮かんでいた。大きな足に、大きな翼、そして愛くるしい瞳のあの生き物と言えば、もうわかるだろう。

「…久しぶりに笑ったよ、ありがとう」
「こちらこそありがとう、私も久しぶりに笑ったと思う…」

あの男に捕まってからは、長い事笑っていなかった。というより、笑える状況でもなかったと言った方が正しいだろう。例え夢でも、名前はこの夢の事が好きになってきていた。

「もう眠ったほうがいい、じゃないと、背が伸びないよ」
「うるさいわね、もう何年も伸びてないわッ」

2人で話し込んでいたら、いつの間にかに夜中になっていたようで時計を確認したアーデンは名前のつま先から頭をじーっと眺め小さく笑う。

「ふふ、そうなんだ、可哀相だね」
「あ、なんか言葉に棘があるわね…」
「こういう性格なんだ」
「素敵な性格ね」
「ありがとう」
「どういたしまして」

それから、2人はそれぞれのテントの中に入り、眠りについた。夢から覚めなければいい、と感じる程名前は数年ぶりに安らかな時を過ごした。ここは現実ではないと感じているからこその安堵でもあるが。
朝になり、次の街に急な用事があるからと一足お先に標を出て行くアーデンを見送りながら、名前は首元に輝く虹色の羽を指先で遊び、微笑む。素敵な時間だったと思う。人とああして話をしたのは何年ぶりだったのだろうか。そして、あのアーデンという男…本当にあの男のご先祖様なのだろうか、と思うほどにいい人間だった。昨夜の彼の話によると、彼は医者ではないが、病に苦しむ人の手助けをするために旅をしているそうだ。彼が今朝急いで標を出たのも、次の街に彼を待つ病人がいるから。この羽根も、その患者から貰ったようでそれなりに大切にしていたはずなのに、名前に何故くれたのか。彼女は気が付いていないが、最初に名前に冷たい当たり方をしてしまったアーデンなりの謝罪でもあった。

「広い空なんて久しぶりだなあ…」

やっぱり、太陽って素晴らしい。荒野を歩きながら、名前は光に満ちた世界で空気をいっぱい吸い込み、満足げに笑う。いつまでここに居られるのか。いつ現実という地獄に引き戻されるかわからない日々をこれから過ごすことになるのかと思うと、気持ちが沈んでいくが今は嫌な事を考えないようにしよう。

「どうしよう、次はどこへ行こう…」

もう、いっそのことこの時代のイオスを旅するのもいいかもしれない。治療のできない流行り病があると噂では聞いているので、健康には気を付けなくては。しかし、そもそもここの世界で自分は病気になったりするのだろうか…。この世界の定義が分からない以上、気を付けようもないか。名前の胸元でふわりと羽が踊る。

「ふふ、なんだか、いい気分」

今の名前にとって、この世界は苦しみも悲しみも無い、言わばフィクションの世界。この先も苦しむことなんてないのだろう、ここにいる限りは。この時、名前はそう信じていた。

そういえば、あの人は次の街へ用があるから、と朝早く出かけていったが、どこの街にいるのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら荒野を進んでいると、突如つんとした臭いが鼻を突きあげる。

「何なのこの酷い臭い…」

まるで、何か生き物を焼いたかのような強烈な臭いに、名前は顔を顰める。この臭いはあの巨大な岩の向こう側から漂ってきたが、向こうで一体何を焼いているのだろうか。ひとまず、様子を確認しよう、と名前は乾いた大地を蹴る。

そして、この時代をまだ知らない名前は、伝記に語られることの無かった世界の真実を知る事となる。

Published in星のこども