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星のこども/40

<紅蓮の炎>

燃え盛る炎はすべてを焼き尽くし、奪っていく。じりじりと大地を照らす太陽が、まるで悪魔のようにも感じられる。ああ、こうして奪われていくのか、すべてを。青年は、荒れ狂う犬のように叫んだ。まるで、世界を呪うかのように。

名前がたどり着いたそこには、夢にしてはかなりショッキングな光景が広がっていた。目を覆いたくなるほどのあまりの惨状に、息をするのも忘れ名前は立ち尽くす。目は見開き、心臓がバクバクと脈打ち、腹の内側から何かがせり出してくるような感覚に慌てて口を押える。

「―――何、これ」

足元に転がる、黒い人の形をした何かに躓き転げる。黒い何かに見つめられているような気がして、思わず腹の内側からせり出してきたものを吐き出してしまった。

「おねえちゃん、だいじょうぶ」
「……き、きみは……」

大地は赤く染まり、嫌な臭いが立ち込める。それは、間違いなく人間の焼けた臭いだった。なんとか立ちあがり、声がした方向を見上げると崩れたレンガの隙間に一人の少年がいる事に気が付いた。生気を感じないその声に名前は慌てて駆け寄る。すると、レンガの隙間にいた少年の身体がおかしな方向に曲がっていることに気が付き、悲痛な叫びをあげた。

「どうして―――ッこんなことに…」
「…おねえちゃん、ぼくは、もうすぐで、おとうさんたちの所へ行けるからいいんだ」
「そんな…ねえ、何が、あったの…」

治療薬も何もない今、少年にしてあげられることと言えば彼の話を聞いてあげること。助けを呼びに行ったところで、彼の命を救う事はできないだろう。名前は血の池で佇む少年の頬をそっと包み込む。

「ぼくたち…何にも悪くなかったんだよ…村で…病気の人が出て……」

それから―――。言葉を待ったが、その続きの言葉は二度と彼の口から紡がれることはなかった。
どうして、誰がこんな酷い事を。嫌でもわかってしまった。誰かが意図的にこの村を焼き払ったことを。それが、人間の手によるものであることを。この世界には苦しみも悲しみも無い、そう信じていたのに。見ず知らずの人だとしても、こんなに惨たらしい死に方をしている姿を見て、心が痛まない筈が無い。名前は血で汚れながらも、少年が見つめていた先にある黒い塊に彼を横たわらせる。きっと、ここにいるのは彼の両親なのだろう。どうか、安らかに。名前は膝をつき、この村人たちの冥福を祈った。

「何が起きているの、この時代では…」

村から離れ近くの森を進んでいると、ぽつんと佇む小さな泉にたどり着いた。血の匂いも汚れも色々と落としたかったので丁度いいだろう。血で汚れた服のまま名前は泉に入った。そんなに深くもなく丁度いい泉だ。美しい青に、ジワリと滲む赤をただ静かに見つめる。
ああ、そういえば、母が亡くなった時―――名前はあの時の光景を思い出し、呼吸が浅くなるのを感じた。ここで倒れては…とわかってはいても、遠のく意識。霞ゆく世界で、誰かの声を聞いたような気がした。

一体誰だろう、誰が泣いているのだろうか。それに不思議。名前は久方ぶりに温もりを感じて目が覚めた。
目覚めてみると、そこは小さな山小屋で住人の姿は無い。身体はキレイになっており、服は大きなシャツを誰かが着せてくれたようだ。何処か懐かしいような甘い香りのするシャツに名前は顔をうつむかせる。どこかで感じた事のある香りだけれども、思い出せない。不思議と優しさを感じたその香りに、名前は小さく微笑む。
山小屋の周辺をうろうろと歩いていると、ある事に気が付いた。それは、ここにいる住人が男であるということ。積み上げられた薪に、大きなブーツ。壁にはレザーで出来た大きな手袋がぶら下げられており、ここの家の持ち主の物であるのかが窺える。部屋は質素で必要最低限度の家具しか置かれておらず、まるで生活感のないその部屋には、キッチンというものが無かった。

「何なのかしらここ」

一体誰が、ここに運んでくれたのだろうか。日が傾き始めた頃、名前は鞄の中から道中手に入れた野菜や調味料、そして領主様とやらに貰った料理道具を取り出し、山小屋の裏にある薪置き場へ向かった。薪置き場すぐ近くには小川が流れていて、リーン、リーンと美しい虫の音が響き渡っている。なんと穏やかな時間だろう。あの光景がまるで嘘のよう。

「…あの子は、もう、会えたのかな」

お父さんと、お母さんに。名前はあの少年を思い出し、顔を俯かせる。

「もう大丈夫なんだね、良かった」
「―――あの、ありがとうございました」

突然近くから優しい声が聞こえ、声のした方角へ振り向く。その声の主が自分をここまで運んでくれた人だろうとすぐに気が付き、名前は咄嗟に礼を述べるが、男の姿を見て驚きの声を上げる。

「―――あ!」
「驚いたよ、またお前と会うなんてさ」

まさか、また会うとは思ってもいなかった。男のあちこちに跳ねる赤毛が揺れ、夕日に照らされた瞳が優しく細められる。

「アーデン、貴方が助けてくれたの?」
「偶然こちらに来たら、そりゃあ驚いたよ…泉に血だらけの人が浮かんでいるんだから」
「ああ、あれは…」
「君の血じゃないだろうね、ケガはしていなかったようだし」
「あ……その…」

そういえば、服を着せてもらったという事は、そういう事だ。突然恥ずかしくなり顔を真っ赤にさせる名前。彼女が何を恥ずかしがっているのかに気が付いてしまったアーデンは、突然視線を泳がせた。夕方でよかった、とアーデンは赤くなった耳を隠しながら内心つぶやく。

「えーっとその、あ、もう日も暮れたから、泊っていくといいよ」
「ありがとう…えーっとその、あ、そうだ、お礼に夕飯を作るね!」

へえ、人の手料理なんて久しぶりだ。と無意識のうちに微笑む彼の横顔はどこか少年のようにも見えた。じっと見られていることに気が付き、アーデンは慌てたように足元にある薪を拾い上げ、火を起こしておくね、と名前に言い残し逃げるように去っていくアーデンに、名前は吹き出す。
その夜、名前は星空の下、彼の口からあの村で起きた悲劇を知らされた。パチ、パチと音を立てる炎を前に、悲しみや怒りともとれる声色で名前に語り始める。

「実は、あの近くの村で例の病気が流行していたんだ…その村はもう焼き払われてしまったから今はないけれども」

不治の伝染病が流行っている、と噂では聞いているが村を焼き払う程酷いとは。名前は、あの少年の顔を思い出し、胸がぎゅうと苦しくなるのを感じた。

「俺は別の街にいたから、その話を聞いたのもその街の人からだったんだけれども―――」

最近、不治の流行り病が蔓延しているせいか、病人が沢山出た村は焼き払われる事が多くなった。そう語るアーデンの声色はとても悲しげだ。

「酷い…」
「そうするしか、手段がないと考えているのさ、周りの人たちはね」

その病は人から人へと感染する為、感染した人間は隔離され…そしてそのまま死ぬか、殺されるかのどちらかだそうだ。アーデンはそんな彼らを救う為旅をしているらしく、日々慌ただしく各地を転々としている様子で、その為キャンプ生活が長いと教えてくれた。

「だからあの時も、標にいたのね」
「ああそうだよ」

そういえば、最初に出会ったあの屋敷…彼はあの時、ここは母と自分だけの場所だと言っていたが、ここでそれを質問してもいいだろうか。名前はちらりとアーデンの横顔を伺う。

「何?」
「ううん、なんでもない」

やはり、聞かれたくない事もあるだろうから、それは聞かないでおこう。名前は言葉をそっと胸の中にしまい、首を傾げるアーデンに小さく笑う。そうして、2人だけの夜は更けていった。

Published in星のこども