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星のこども/41

<雨と優しさと>

ざあざあと大地を打ち付ける雨を眺めながら、2人は静かにその嵐が過ぎ去るのを待っていた。このあたりの雨は突然降っては止んでを繰り返すらしく、1時間は雨宿りをする必要があるという事で、名前とアーデンは遺跡で雨宿りをしている。

「寒いでしょ」
「―――あ、ありがとう」

突然の雨だったので濡れてしまったのは仕方のない事だったが、それをわかってか、アーデンは自身が着ていたジャケットを名前の肩にかけてくれた。ほんのりと甘く、優しい香りに包まれて少しドキドキしながらも、彼に礼を述べる。

「でも、本当にいいの?」
「うん、私にできる事なら手伝わせて!」
「有難いけど…」

俺が治療をしているのって、例の伝染病の患者だよ。と念押しされるが、例え断られ様とも名前は彼の旅に同行するつもりでいた。1人よりも2人でいたほうが心細くないし、この時代、1人で旅をする自信が名前には無かったとも言える。病人を治療する為に各地を転々としているなんて、こんな立派な人を支えずにしてこの時代で何をするというのだ。力強い眼差しでアーデンを見上げるが、彼は少し困ったように笑う。

「わかった、じゃあ、よろしくね、名前」
「よろしくね!」

パン、とハイタッチを交わし、この日より2人の旅が始まりを告げた。名前は雨宿りをしている間、アーデンに地図を見せてもらい次の目的地の相談をしていたが、ふと、ある事に気が付く。

「ねえ、アーデン、そう言えば…魔法を使える人って他にもいるのよね、今どこにいるの?」
「今頃どこかで戦争でもしてるんじゃないかな」
「戦争…?」
「そう、戦争…国を興そうとしているらしいんだけど」

俺は、人殺しに嫌気がさして家から逃げてきたのさ。暗い表情でそう呟くアーデンに、名前ははっとする。聞かれたくなかった事を聞いてしまった、と後悔するがその後もアーデンの口からはぽつり、ぽつりと一族の話題がこぼれる。

「強気者が生き残る時代だからね…弱い領主は殺され、土地を奪われる…その土地にいる人たちも一緒にね…」

そういえば、10歳の頃から戦争に駆り出されてたんだ。年の割には魔法の扱いが上手だったからね、と吐き捨てるように呟くアーデンを名前はじっと見つめた。

「でも、ある日この力に気が付いた…親父たちに反発をして、俺は人を救うようになった」

だが、それが気に食わないようなんだよね。そう呟くアーデンの視線は空を向いたままだ。

「だから、名前、俺と一緒に居たら狙われるかもしれない」
「…狙われる?」
「お前も同じ一族の出だろう?だから、無理やり家に連れ戻されるって意味」
「あぁ…大丈夫よ、きっと…!」
「どこにそんな根拠があるんだい、あの人たち、隙あらば魔法を使って追跡してくるからね…」

何しろ、魔法を使える者は貴重な戦力だから。アーデンにそう言われ、名前は考え込む。確かに、ルシスでは魔法を使って帝国と対峙していた…それだけ強力な力を一つでも逃すはずがないのだろう。名前はそっとアーデンの手を取り、微笑む。

「大丈夫よ、何とかなるわ」
「―――そう、だといいね」

名前の手の暖かさに、アーデンははにかんだ様に笑う。不思議と、心の靄が晴れていくような気がしてその心地よい声をアーデンは優しく受け止める。その後、手を握ったことの恥ずかしさに突然顔を赤くさせたりと慌ただしい2人だったが、隣町でさらに恥ずかしさを味わう事となる。

治療の必要な患者が明日この街を訪れる、という話を耳にしたアーデンと名前はその時間まで暫く街を散策することにした。街をぶらりと歩いていると突如老婆に呼び止められ、彼女が宿を探しているならいい場所があるよ、と手ごろな価格の宿を教えてくれた。

「観光客だと思われたのかな?」
「そうだろうね」

まあ、目的なんてぺらぺらと話せるものではないし、と苦笑を漏らすアーデンに名前は頷く。この時代、あの病にかかった人は隔離されるか、殺されるかの二択しかない。その病人たちを唯一救えるアーデンは、そんな彼らの運命を救うべく旅をしている。そして、彼の一族はそんな彼をなぜか快く思っていないようで現在は指名手配状態。なるべく内密で事を進めないと、後々厄介なことになるからだ。

「―――えッ、ダブル!?」
「…すみませんお客様、今部屋がそこしか空いて無くて…」

他のホテルは今日明日とカーニバルがあるからどこも満室なんだよ、とオーナーに説明され二人は顔を見合わせる。

「大丈夫、俺がソファに寝るから」
「でも…」
「いいから、じゃあ、その部屋貸してください」
「すまないねえ…じゃ、部屋のカギを渡しておくよ」

500Gで宿泊できるのだから安いものだ。この価格なので、勿論食事はついていない。窓の外から見える活気あふれる街並みに名前は頬を緩める。

「何か面白そうなの見つけた?」
「カーニバルかあ…楽しみだなぁ、と思って」

勿論、観光に来た訳じゃないのは分かってるからね、と慌てたように言う名前の表情はまるでお祭りが楽しみな子供のようで、アーデンは苦笑する。

「すぐ顔に出るよね、名前って」
「えっ!?うそッ、あ、じゃなくて―――」
「カーニバルも楽しもう、その前に先にシャワー浴びておいでよ」

雨で足元泥だらけだろう。そういわれ、自分が泥だらけな事にようやく気が付いた名前はそそくさとシャワーを浴びに向かった。泥だらけのまま街をうろうろしていたのか…と今更ながらに恥ずかしさを感じ、名前はため息を漏らす。
シャワーを浴び終え、バスタオルで髪を拭いていると部屋から静かな寝息が聞こえてくることに気が付いた。部屋を眺めると、ソファでアーデンが安らかな表情で眠っている姿が目に入る。

「疲れていたのね…」

布団をかけてやろう、と彼に近寄るが、その時足元のスリッパに足をひっかけ、その衝撃で彼がすうすうと寝息を立てるところへ転がってしまった。

「きゃッ!」

起こしてしまってはまずい、と離れようとするが眠るアーデンが突然腕を伸ばし、ぐるりと名前を抱きしめた為、驚きの悲鳴が漏れる。心臓が張り裂けんばかりにバクバクと脈打ち、この状況で目の前にある整った顔がいまだにすうすうと安らかな寝息を立てている事が信じられず、目をぱちくりとさせた。

「ちょ…ちょっと…ッ」

ああ、駄目だ、正真正銘爆睡している。がっちりと腰に回された腕、そして包み込まれるようにして彼の腕の中にいる名前は身動きが取れず、彼の顔を直視できず胸元に顔を埋める体勢となる。トクン、トクンと落ち着いたリズムで脈打つアーデンの心音を聞きながら、あまりの恥ずかしさに名前の口からうまく言葉が出てこない。

「―――怖い、助けて」
「―――え」

それはあまりにも小さな呟きだったが、確かに、名前の耳にはそう聞こえた。初めて聞くアーデンの悲鳴のような呟きに胸がぎゅうと苦しむ。悪夢を見ているのだろうか。ああ、そういえば、と名前は幼いころ、悪夢を見た日の事を思い出す。悪夢を見た夜、あまりの恐ろしさに別室で眠る母のベッドにもぐりこんだ事があったっけ。

「……母さん、ごめん」
「―――」

せめて彼が悪夢で苦しんでいる間は、こうして一緒にいよう。名前は静かに瞼を閉じた。

Published in星のこども