Skip to content

星のこども/42

<カーニバル>

あまりの恥ずかしさに先ほどから無言のアーデンに、気まずそうに地図を広げる名前。あの後、疲れ切っていた名前はアーデンに抱き付かれたまま眠ってしまい、ほぼ同時に目覚めた二人がどういう状況だったか。生まれて初めての出来事に、名前の思考回路がショートしたのは言うまでもない。ちなみに、アーデンは何故こんなことになっているのか、こんなことをしてしまっているのかがわからず、突然の出来事に勢いよくソファから転げ落ちた為、頭には立派なコブが出来ている。

「―――えーっと、次はセト村に行くのよね?」
「……あ、あぁ…そうだよ、そこには感染者が沢山いるって噂があるから」

そういえば、とお互いに言葉がかぶり、また妙な沈黙が続く。と、その時、外からバン、バンと賑やかな音が聞こえてきた。如何やら、カーニバルの開始を知らせる花火のようだ。ここへ来たのは、アーデンを手伝う為でありカーニバルを楽しむために来た訳ではない。しかし、生まれて初めてのお祭りに、名前の心が躍らない筈がなかった。今までの旅で、楽しい事も、悲しい事も知り、楽しめるときに楽しむことがとても大切なことも学んだ。思い起こせば、楽しむはずだったオルティシエも、大好きな母との最期の思い出の場所となってしまった。

「……」
「どうしたの」
「―――あ、うん、なんでもない」

今までの旅での出来事を思い出し、表情を暗くさせる名前にアーデンは無意識のうちに手を伸ばす。彼女の頬にそっと触れ、心配そうに彼女を見つめるアーデン。顔を俯かせていた名前だが、頬に温もりを感じ見上げると彼のアンバーの瞳に目を奪われる。

「―――あの、えっと」
「ごめん」
「あ、ううん、気にしないで」

と、我に返ったアーデンは慌てたようにぱっと手を離した。彼の触れた頬がまだ熱を持っているようで、名前は頬がカッと熱くなるのを感じ、目を瞑る。

「じゃあ、行こうか、カーニバル」
「―――いいの?」
「ああ、俺も気になっていたんだ」

本当はね、と茶目っ気溢れる笑顔を向けるアーデンに、名前も微笑む。彼は、名前に対してどこか懐かしさを感じていた。それは、名前の瞳が彼の母と同じ色をしている為でもあり、彼女から感じる魔力の音が心地よかったから。この出会いは偶然ではなく、必然だったのではないだろうか。アーデンはそう感じていた。
活気あふれる夜の街を眺めながら、名前もまたアーデンの事を考えていた。これがもし、夢ではなく現実だったら、と。しかし、自分には使命がある、それを忘れている訳ではない。星のこどもとして、星の望む未来へと導く存在として生まれた以上、成し遂げなくてはならないのだろう。ノクトだって、覚悟を決めているのだから。

「名前は小さいから、すぐに迷子になりそうだね」
「小さいは余計だってば…」
「じゃあ、行くよ」
「え―――」

この先、おいしそうな屋台があるんだ。そう言い、アーデンは名前の手を取り、賑やかな街を進む。彼の暖かい手に無意識のうちに頬が緩んでしまったようで、名前はへにゃりと笑う。
人々の元気な声が心地よい。そして何よりも、こうして誰かのぬくもりを感じながら楽しい時間を過ごせる事が何よりの幸せだった。屋台で夕食を済ませた2人はドン、ドンとカーニバルのフィナーレである美しく幻想的な花火を見上げながらそれぞれ思いを馳せる。
この時間がいつ終わってしまうのか、ただそれだけが恐ろしかった。いつまでも彼と一緒に居たい…そう感じてしまうのは、何故だろうか。生まれて初めての感情に、ぎゅうと胸が苦しくなるのを感じる。これが一体何なのかはわからないが、この時間が永遠だったら、と願ってしまうのは何故だろうか。使命なんて捨てて、この時代で生きて、死ねたら。

「…わかってる、それがダメな事ぐらい」
「…どうしたの」
「―――あ、」

つい言葉に出てしまったようだ。名前は笑ってごまかすが、頬を伝う雫は素直だった。ぽた、ぽたと地面を濡らす涙はこの先名前が歩む未来を予感させるかのようにとめどなく溢れ、吸い込まれていく。
ノクトや、プロンプト、イグニスもグラディオも、イリスも、じいじも、シドニーも、みんな大切で、みんな大好き。大切な人たちが笑顔で暮らせるように、標とならなければ。ああでも、その時、いないのだ―――。ノクトも、彼も。
隣を見上げれば、優しい瞳がこちらを見つめていた。

「おいで」

優しいその声に、すべてを包み込むかのようなその音に、名前は身を委ねる。
忘れていたわけではない…こちらに来て、考えようとしていなかっただけ。彼の胸の中、小さく嗚咽を漏らす。

大切な人たちを、天秤に乗せる事はできない。
それでも、この時間を失いたくなかった。どうしてこんなにも胸が苦しいのか、どうしてこんなにも悲しいのか、それは自分が星のこどもだからなのだろうか。それとも、彼と出会ってしまったからなのか。
出会わなければ、こんなに悲しい想いをせずに済んだのかもしれない。
と、その時、名前の中で不明確だった感情が何であるのかに気が付いた。ああ、彼と出会わなければ。未来の世界で、全てを奪っていったあの男に風貌がよく似ているこの男と出会わなければ。あの男と似ているようで、どこか違う彼に―――…ああそうか、私は、好きなんだ。
この人の事が。

その感情に、気付かなければよかったのに―――。
闇の中、誰かの悲しい声が聞こえたような気がした。

Published in星のこども