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星のこども/45

<願い事>

彼が誰かと共に時間を過ごす日々は、彼の母が亡くなって以来だ。アーデンは隣を歩く名前にちらりと視線を向ける。名前とは会って間もないが、妙な親近感を感じ、今では大切な旅の仲間だ。そして、患者の治療の為各地を転々としている2人だが、この生活も気が付けば数か月が過ぎようとしていた。この旅で分かったことはたくさんあるが、未だにわからないこともある。それは、過去のイオス何故突然やってきたのかという事。きっと、何らかの意味がありここに居る事は間違いなさそうだが…。星の意思なのか、または何らかの魔法が働いてこちらの世界に飛んできたのか…。

と、その時、空気がぐわんと微かに歪むのを感じ、2人は足を止める。
嫌な予感がする。傾く影を見つめながらそう呟く名前は、辺りを警戒するアーデンの服の裾をつついた。

「ねえ…」
「あぁ、わかっている、多分そうじゃないかな、と思っていた所さ」

こういう日は、必ずあの人たちがやってくる。魔法で天候を操っているのかはわからないが、彼らが現れる日は決まって不気味なほどに雲一つない晴天になり、夕日も血のように赤く、空気が不気味なほどに澄んでいる。
石―――クリスタルをすでに持っているルシス家がはたして本当に名前の知るルシスの王様の一族なのかはわからないが、今の2人にとっては脅威である事は間違いないだろう。如何やら、クリスタルに名前も嫌われているようでアーデンと同じく命を狙われるようになった。魔法を使える者同士の戦いはこれまでの戦いとは全く異なり、正直、いつ死んでもおかしくはないだろうと感じている。魔法や剣術の上手なアーデンですら逃げるのに必死な程、彼らの力は侮れない。彼らに何を言っても聞き入れてはもらえず、彼らは名前達を殺す事しか考えていないようだ。そして、汚物は消毒だと言わんばかりの虐殺行為は止まず、訪れる村や町で彼らの亡骸をいくつも見てきたことやら。虐殺を止める為、アーデンと名前も応戦はするが結局のところ自分たちの身を守るので精いっぱいで、現状、どうすることもできなかった。

それから間もなく、あの人たちはやってきた。名前とアーデンは命さながらなんとか窮地を脱する事ができたが、このままではいつ限界が来てもおかしくはないだろう。森にある標でテントを張りながら、名前はこれからの事を考えていた。このままもし、戻ることなくこの時代で過ごすとしたら、この人を支えるべくこの時代にやってきたのかもしれない、と。共に母を失う悲しみを知る者として、同じく魔法を使える者として。
星のこどもとしての使命からは、逃れられそうにないが、その時が来るまでこの人と一緒にいられたら。そう思うようになっていた。
火を起こす彼の横顔にちらりと視線を向けるが、ふと、目が合ってしまい誤魔化すかのように星空を眺める。

「…今日は、流石にまずかったね」
「…うん、死ぬかと思った」

何気ない毎日が、とても大切な時間であることを名前はノクト達との旅で学んでいるからこそ、彼とこうしていられるだけでも幸せであることを知っている。いつ死ぬかもわからない、いつ終わるかもわからないこの優しいひとときが、いつかは恋しく感じる日がやってくるだろう。
お前が無事でよかったよ、とはにかんだ様に笑うアーデンに名前も微笑む。この人が無事でよかった、と。はじめは、あの男の先祖であるこの男をなんとかすれば未来を変えられるのではないだろうか、と思い共に行動をするようになったが、いつの間にか、彼の行いを心から尊敬し、彼と一緒に時を過ごしたいと思うようになった。魔法でもかけられているのではないだろうか、と当時の名前ならそう感じるだろう。そして、アーデンもまた名前に不思議な感情を抱くようになった。それが何であるのか、彼自身が答えを見つけるのは遠いようで近い未来。

「名前」
「―――何?」

軽い夕食を食べ終え、眠る準備をしているとアーデンに呼ばれた。振り返ると、彼は何やらもぞもぞと自身のテントの中から何かを取り出していた。

「今日は俺が番をするから、お前はゆっくり眠るといい」
「…でも、アーデンだって」

クタクタのはずなのに、と続けようとするが投げられたブランケットで言葉が遮られる。投げられたブランケットからは、ふわりと甘い香りがした。

「今夜は冷えるから」
「―――でも」
「女の子なんだからね」

身体を冷やしたら駄目だよ、とアーデンは笑う。確かに今夜はかなり冷えるので、毛布一枚では正直寒さに耐えられるか。彼の言う通り、今夜は誰かが番をする必要がありそうだが、それをアーデンだけに押し付ける訳にはいかない。ならば、と名前はアーデンの隣に腰を下ろし、ふわりと毛布をアーデンと自身を覆うようにかぶせる。突然の事にアーデンは驚いたように目を見開き隣に腰を下ろす名前を見つめるが、にっと無邪気な子供のように笑う名前に少し困ったように笑った。

「敵わないなあ」
「ふふ、こうすれば、寒くないでしょう」

伝わってきた温もりが心地よく、アーデンは目を細める。ふと、名前の白く透き通った首筋が目に入り、慌てて目を逸らす。なんだかいけないものを見てしまった時のような気持ちになり、ドクドクと心臓が脈打つ。

「どうしたの?」
「た、食べ過ぎてお腹が痛いんだ」
「ふふ、何それ」

あまり量を食べていないのにおかしなことを言うアーデンに名前は笑った。パチ、パチと炎の音が心地よく、やわらかい香りと心地よい暖かさに包まれながら2人はきらりと流れる一筋の光を眺める。

「見て!流れ星!」
「―――あ、本当だ」
「ね!?見えたよね!?わあ~~~ッ」
「ふふ、何でそんなに嬉しそうなの」

偶然見えた流れ星に、名前のテンションが高まり、子供のようにはしゃぐ名前を、アーデンは優しく見つめた。

「嬉しいよ…だって、流れ星は願いを叶えてくれるんだよ」
「願い?」
「聞いたことがない?流れ星が流れている間に3回お願いごとをすると、その願いは叶うの!」

これは4歳の頃、母と2人で美しい流星群を見に行った時に母が教えてくれたことで、あの日は調子に乗って沢山お願いをしたものだ。今となってはどんな願いを込めたのか思い出せないので、はたしてそれが叶っているのかも定かではない。

「今の一瞬だったよ?」
「待っていたら、また見つかるかも!」
「―――そうだね」

どんな願いをするつもりなの、と問われ名前は首を横に振った。願い事は、誰かに言ってしまっては意味がない。名前は静かに微笑む。
星のこどもとして、星の望む未来の為に生まれた存在である名前が星に願いを込めるなんて、なんと皮肉なことだろうか。星の願いは叶えても、誰が名前の願いをかなえてくれるのか。それから暫く2人は星を待ったが、結局流れ星を見つける事は出来なかった。

Published in星のこども