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星のこども/46

<このさき、何があろうとも>

焼き尽くされた家屋には赤子の叫び声。男は無慈悲にも赤い炎を赤ん坊に向けて放った。そして、そこに残るのは、黒い炭だけ。

「どうするつもり、シリウス」
「ミラ、君はどう考える」

赤ん坊を消し炭に変えた男の名は、シリウス。そして近くの村を制圧した女の名はミラ。2人はクリスタルに加護された由緒正しきルシス家の人間だ。ルシス家特有の黒髪は、由緒正しき血筋の者にのみ現れる特徴だった。故に、彼らはそれ以外の毛色を持つルシス家をルシス家として認めていない。クリスタルに選ばれる事のない、半端者達を始末するのも彼らの仕事だ。過去のルシス家がこのような行いをしていたとは、ノクトが知るはずもないだろう。何しろ、これらの真の歴史は後世に語り継がれる事のない、神々と当時のルシス家の人間だけが知る話なのだから。

「不安要素は消すべき」
「そうだろうと思った」

だからそうしている。と、男は無表情で炭を踏みつけ、進む。

「父上も面倒なことをしてくれたものだ」

今から十数年前、ルシス家の当主である彼らの父が、どこぞの女かもわからない女を抱き、その女が偶然子を孕んだことからこのいざこざは始まった。女は身寄りもなく、生まれた子をボロボロの布に包み、みすぼらしい姿で父の前に現れ、図々しくも衣食住を求めてきたと聞いている。それを知った彼らの母は、激怒し、女と赤子を屋敷から追い出したが、厄介なことにその子供はルシス家の力を受け継いでいたようで、渋々その女共々ルシスの屋敷で面倒を見る事となった。あれからもう十数年が経つが、その女は死に、その息子は命の恩人である父に反発しどこぞの村で病人たちを治療して回っているそうだ。なんと忌々しい事か。シリウスはあの男を思い出し、端正な顔を思いっきりしかめた。

「あの子は何者かしら」

まるで双子のように2人はよく似ているが、年が離れているような気もする。そう呟くのは冷たい瞳でじっと西の方角を睨みつけているミラ。

「父上は赤毛の女を他には抱いていないと仰っていた」
「では、分家か?」
「赤毛などいたか?」

金などは側女で何人かいるが、赤毛はあの女しかないだろう。だとしたら、あの女はルシス家には秘密で2人目を産んでいることとなるが、あれ以来彼らの父が彼女を抱くとは到底思えない。

「父上が嘘をついているのかもしれないわ」
「父上に対して失礼だ、ミラ」
「―――では、あの子は何者なの」
「それがわからないから困っている」

2人のいうあの子とは、勿論名前の事だ。ルシス家の半端者であるアーデンを殺す為各地を転々としている2人だが、数か月前から彼が同じ髪色の少女を連れていることに気が付いた。しかも、ただの少女ではない。ルシス家しか扱えない魔法を使うだけではなく、彼女からは異質な気配を感じる。

「殺せばいい、そうすればすべて解決」
「ああそうだな、あの2人を殺せば父上もお喜びになるだろう」

聖石が言ったのでしょう、あの2人は消さなくてはならない存在だって。美しい瞳を歪ませ笑うミラに、兄シリウスは感情の読めない瞳で問いかけた。

「ミラ、はしゃぎ過ぎないように」
「えぇわかっているわお兄様」

だって、来年はお兄様とわたしの、結婚式ですものね。どこか冷たい感じのする整った容貌に、無表情に近い笑みを浮かばせ、シリウスの手を取った。当時のルシス家は、近親婚が当たり前で、投手に選ばれる者の殆どが近親婚をした兄妹達だったという。これも、歴史の書には記される事の無かったイオスの闇の一つでもある。
その頃、アーデンと名前はクレイン地方にやってきていた。すっかりキャンプ生活が板についてきた名前は、今となってはごつごつした標の上で寝転がることも、何日も続けて外で寝泊まりすることに対して何の抵抗も無くなっていた。

「暑いね、ここ」
「火山、だからね」

今夜の夕食用の食材を集める為、2人はラバティオ火山に来ていた。ラバティオ火山は先の未来ではルシスの王墓が造られる場所だが、現時点で墓は無い。灼熱の地面を蹴り進んで行く2人に、次々とドラゴンが襲い掛かってくる。

「しつこいわねッ」
「どうする?」
「…体力温存しなくちゃ、だね」

奴ら、いつ襲ってくるかわからないからね。そう苦笑するアーデンに、名前も苦笑をする。
これまでで何度も死を覚悟したが、この先どうなるかはわからない。その為、野獣に体力を奪われるわけにはいかなかった。

「名前」
「何?」

煤がついているよ、と名前の頬についていた黒い煤を優しく手のひらで払うアーデン。剣を扱う人間らしく手のひらは少しごつごつしており、名前はこの感触を以前にも感じた事があるような気がしてならなかったが、どうしても思い出せない。

「―――あ、火傷、やっぱりしたのね」
「はは、ばれたか…」

道中、吹き付ける湯気に少しあたってしまい、その場は誤魔化したアーデンだが親指の甲が赤く腫れており、名前はそれを見逃さなかった。アーデンの手を優しく包み、特別な魔力を込めたポーションを垂らしていく。次第に薄れていく腫れに、アーデンはありがとうと礼を述べた。
名前の手の平の温もりに、アーデンは頬が熱くなるのを感じ、慌てて視線を逸らす。

「お、お腹空いたね!急ごうか!」
「―――えぇ、そうね!」

今日はシチューを作るから楽しみにしててね。2人は笑い合いながら、ラバティオ火山を進む。
その先に何があろうとも。

Published in星のこども