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星のこども/48

<悪夢>

悪夢に魘され、真夜中に目が覚める。最近はこんな日ばかりで寝つきも悪く体調はとても良いとは言えなかった。しかし、弱音を吐けない理由がある。それは、最近アーデンの体調が頗る悪く、患者の治療を終えた後はまともに歩くことすらできず、半日は安静な状態でいなければ翌日起きる事すらできなくなってしまった。そんな状態でも、彼の元にはうわさを聞きつけ多くの人たちがやってくる。

「…仕方ないよね、治療できるの、アーデンだけだもんね…」

どうして他に治療方法が無いのだろうか。ベッドで眠るアーデンの前髪をそっと払ってやりながら、名前は考える。
すうすうと規則正しい寝息を立てているアーデンは、未だに起きる気配がない。こうして観察していると、彼の顔は年齢の割に少し老けて見えるような気もした。それだけ、この力を使う事に関してはエネルギーを消耗するのだろう。
日も落ちた頃、未だに目覚める事のないアーデンを不安に思い、熱を測ってみると夕方よりも熱が上がっており、名前は慌ててホテルを飛び出した。解熱薬を早急に手に入れなくては。焦る心で街の市場へ出向いたが、残念なことに解熱薬に必要な薬草が足らず、足りない分はこの街の近くにある山で手に入れる必要があるようだ。しかし、幸運なことにその山はこの街のすぐ近くにあるので、急いで向えはすぐに手に入れる事は出来そうだ。店主から薬草のある場所を教えて貰い、名前は薬草を手に入れるべく走った。

「―――もう最悪」

ある程度予測はしていたが、このタイミングで彼らと戦うことになろうとは。此方に来てある程度魔法を使えるようになった(と言うより、使えなくては此方が死ぬので)名前は、ルシス家の方々と魔法の死闘を繰り返してきたが、どの戦いもぎりぎりの所で決着が着くか、逃げられるかの2パターンなので、正直、1人での戦いはとても不安だった。そして何よりも、宿でアーデンが高熱を出して倒れている事が気が気ではなくて、中々戦いに集中することができずにいる。
頭を切り替えなくては、そう分かってはいてもグルグルと悪い方向ばかりへと考えが向かってしまい、魔法の発動にも影響が現れた。

「あの男の姿が無いが―――」
「…あなたたちに教える訳がないでしょう」

ここで知られてはいけない。知られてしまえば、彼は殺される。青い瞳を細め、名前は魔法を唱える。
あの人が何をしたというのだろうか、何故こんな目に。沸々とこみ上げてくる怒りと、どうにもならない現実。ああ、平和が恋しい。旅を始める前は、日々の退屈さに飽き飽きしていたというのに。

彼を、失いたくない。
今、名前を突き動かすのは、この感情だった。

その夜、名前はルシスの男と激闘の末、無事逃げ切ることに成功し、薬草もなんとか手に入れられたので良かったが、これから1週間をこの状態で乗り切る自信が名前には無かった。悪夢の事も気になるし、アーデンの最近の体調も気になる。一体どれから手を付けていいものか。ベッドで眠り続けるアーデンの寝息を聞きながら、声にならないため息を漏らした。
このままでは、失ってしまうのではないだろうか、この人を。それだけが恐ろしくて名前は顔を俯かせる。
この人と、ずっと一緒に居られたら。アーデンの頬にそっと触れ、名前は儚げに微笑む。困っている人の為、命がけで治療を続けるアーデンは、この時代で最も優しい人間だろう。この時代、この人以上にここに住む人々の苦しみを理解している人間はいるのだろうか。彼が最近寝込むようになったのは、間違いなく治療の影響だろう。

「早く、良くなってね…」

早く元気になった、貴方の声が聴きたい。
彼の眠るベッドに腰を下ろし、名前はかつて母がそうしてくれたように彼の額に自分の額を重ね、小さく祈る。

「―――名前」

と、その時。掠れた声が聞こえ、はっとする。薄目で此方を見つめるアーデンに名前は慌ててぱっと離れ、気まずそうに視線をきょろきょろと忙しなく動かした。

「……!起きたの、大丈夫?」
「お蔭様で…迷惑をかけてすまない」
「迷惑だなんて思ってないよ」
「そっか―――」

ふと、アーデンは名前の腕に巻かれた新しい包帯を見つめ、彼らがやってきたことを察し、表情を曇らせる。彼女一人に負担をかけてしまっただけではなく、二度も命の危機に晒してしまったとは。自分への不甲斐なさとあの人たちへの憤りを感じ、奥歯をぎり、と噛んだ。

「―――ッ!」
「危ないッ」

ベッドから立ち上がろうとするが、思うように身体が動かず、ベッドに転げ落ち、アーデンは苦しそうに息を漏らす。自由の利かない身体ではどうすることもできない。敵が今襲ってきたら、確実に死ぬだろう。駆け寄ってきた名前の頬にそっと手を当て、青い瞳をまっすぐ見つめ、囁く。

「―――もしもの事があれば、俺を置いて逃げるんだ」
「…できないよ、そんな事…!」
「お前には、生きていてほしい」

真剣なそのまなざしに、目を逸らすことなく名前は答える。

「―――私は、貴方に生きていてほしい、だからそのお願いは聞けないッ」
「名前…ッ、どうしてわかってくれないんだッ」

もう、目の前で大切な人がいなくなるのは嫌だった。だから、名前は彼の願いを聞くことはできない。熱で震えるアーデンの手のひらをぎゅっと包み込み、名前は微笑む。

「それは、貴方の事が、とても大切だから」
「―――」

それは、俺も同じで―――と、言いかけた言葉が空を彷徨い、消える。再び寝息を立てるアーデンに布団をかけてやり、邪魔そうな前髪を払い汗を拭く。苦しそうに眉間にしわを寄せるアーデンに、名前は苦笑する。

「無理して起きなくてもよかったのに…」

突然目覚めたかと思いきや、突然意識を失い眠るアーデンの横顔はとても草臥れて見えた。彼が、心安らかな時を過ごせますように。疲れ果て眠るアーデンの額に、そっとキスを落とした。

Published in星のこども