＜星の意思と＞
歌声が聞こえる。この星の神に祈る、少女の透き通った声は、まるで小川のせせらぎのような心地よさがあった。近年流行している病が、星の病であることを知っているのは、神によって選ばれた一族の者達だけ。美しい歌を紡ぐ少女もまた、選ばれし血族の者で、後に神凪と呼ばれるようになる存在。少女は星の声を聞きながら、星の未来を愁いていた。
「スピカ…星は、なんと」
スピカと呼ばれた少女は歌を止め、声の主がいる方向へ振り向いた。愁いの色を滲ませた瞳で、宮殿を訪れた青年を見上げる。
「―――貴方たちが光を齎しても、再び闇の時代が訪れる…そう、星は言っているわ」
「だが、やるしかない」
「…それが、例え非道な行いだとしても？」
「全ては星の為、神の為」
「…」
この星に住む生き物は、星という居場所があるからこそ生きている。この星にはこの星を作った創生の神がおり、かの者が何故眠りにつき、そしてどこで眠っているのか。それを知る選ばれし血族の者こそ、彼らだった。神の揺り籠を守護する彼らには使命がある。それは、人々が正しい道へと歩むための導として、王となること。シリウス・ルシス・チェラムは窓の外から見える美しい空を見上げながら、重たい扉で厳重に保管をされている砂時計にちらりと視線を送る。すると、彼の視線に気が付き、スピカは表情を一瞬曇らせた。
「あいつの猶予も、あと僅かだな…」
「殺すのね」
「殺すさ…そして―――」
彼は、憎悪の青い炎を燃え上がらせ、ぐしゃりと床に落ちた花びらを踏みつけた。
「闇を屠り、光を取り戻す…ルシスの誇りにかけて」
「たとえ、それで大地を焼き焦がしたとしても？」
「何度も言わせるな、スピカ、準備をしておけ…間もなくその時がやってくる」
マントをたなびかせ、去っていく青年の背を見送りながら、スピカは窓辺の椅子に腰を下ろし、小さくため息を漏らした。
従兄であるアーデンが殺されるまでの時間は、あの砂時計の砂がすべて落ち切るまでと父から言われているが、猶予を与えたのは、一応血の繋がりがあるからだろうとは思うが、それにしても彼の運命は随分と残酷なものだとスピカは悲しみのため息を再び漏らす。
神から授けられた力をもって、星を導く王となることがルシス家に与えられた使命だが、その使命には多くの犠牲を払う事となるだろう。しかし、未来を詠むことのできる彼女がそれを語る事は許されない。
彼もまた、星によって運命を定められた一人の人間であるという事を、彼は知っているのだろうか。重たい戸の向こう側で厳重に保管された、淡い光を放つ瓶を見つめ、スピカは静かに瞳を閉じる。あれが来てからというもの、星は活性化したが、争いが絶えなくなった。宇宙のエネルギーを求め、神に選ばれし力を持つ者達が争うようになり、お蔭で多くの血が流れた。かつては幾つも魔法を使える一族が存在し、覇権を争ったものだが、今となっては片手で数えられる程しか残っていない。
小瓶の中で淡い光を放つ物質、それは太古の時代にこの星にやってきた巨大な隕石【メテオ】の一部であり、戦争の原因の一つだ。あれのお蔭でイオスは栄えたが、あれの中に眠っていた脅威を、この星の人たちは知らない。じっくり、ゆっくりと時間をかけて目覚めたそれは、人間に寄生をし、最終的には肉体を乗っ取ってしまう別の星の生き物。しかし、この時代ではどうすることもできない事をスピカは知っていた。
だから、その生き物を殺すために感染した人間は全員殺す必要がある。それが、星が導き出した答えだった。
これこそが、この星の隠された真の歴史。その歴史に、彼は立ち向かおうとしていただけだった。しかし、時間はもう残っていない。治療を続け、彼の肉体は蝕まれ、間もなくその時が訪れようとしていた。
額に滲む汗をタオルで拭きとりながら、熱に苦しむ彼を名前は不安げに見つめる。
「今日で、２日目…」
彼が目覚め、そして再び眠りについて２日目が過ぎた。治療を受けに来た人たちには事情を説明し、帰ってはもらえたが…。自分も彼のように人を治療できる力があれば、と強く実感し、悔しさで奥歯をギリリとかみしめる。
「…こんな時、仲間がいたら…」
ふと、懐かしい仲間たちの姿が脳裏に浮かび、名前は部屋の片隅で膝を抱きかかえた。彼らは今、どうしているのだろうか。みんな、無事だといいけれども。
「―――アーデン、か…」
あの時代のアーデンは、この時代のアーデンの先祖なのだろうが、どうしてこうも違うのか。いや、待てよ…と名前は熱に魘される彼に視線を向ける。
もし、この時代のアーデンとあの時代のアーデンが同一人物だったら。その可能性は、絶対にありえないと今まで考えてはいたが、先祖がこんなにも瓜二つ、なんてことはあるのだろうか。声も、話し方も、好みの香りも似ていて、同じく魔法を使うことができる。
「…何千年も経てば、瓜二つの人が生まれてもおかしくはない、のかな…」
少なくとも、元いた時代よりここは数千年も昔。小さく唸り、少ない脳みそで答えを導きだそうと考えるが、答えは結局出てこなかった。
「あなたと私、どうして出会ったんだろう…」
どうしてこの時代に来たのかも、未だに答えを見つけ出せていない。そして、何故彼と出会ったのか。
「……どうして、出会ってしまったんだろう」
元の時代に帰る日は間もなくやってくる、そんな予感がする。いつかは自分の正体を教えなくては。立ち上がり、アーデンの額にぬれタオルを宛て、再び汗を拭きとる。
「星の…こどもなのよね、私」
星が望む未来の為に生まれた存在。ここに来てしまったのも、きっと星の気まぐれか、何らかの意味があるからなのか。
「……私、もしかして、歴史を変えるために、来たのかな…」
この、アーデンを助けるために。
しかし、あの影の男が言っていた言葉を思い出し、名前は表情を曇らせる。
”星に仇名す者は、星によっているべき場所へ戻される”
”あの男はいずれ消される運命”
”――間もなく、貴様は元の世界に戻される、貴様がどう足掻こうとも、歴史は変わらない”
自らを、人を導く者だと語っていたあの影の存在が何であるのかも結局わかっていない。でも、不思議と懐かしい何かをあの影から感じたのは間違いない。あれを、過去に見た事がある…と言うよりは、気配を感じた事があると言ったほうが正しいだろう。
「……誰なのかしらね」
吐息が聞こえる程静かな部屋で、名前は独り言つ。